岩の老人

「ひ……っ」

 声にならない悲鳴をあげて、マリポーザは後ろへ後ずさった。


「Gfop oru iea zeymw furu?」

 大男が手を伸ばしてくる。マリポーザは走って逃げようと思ったが膝が笑って思うように動けない。


「Oru iea o fanom? Y fobum'p quum o fanom oreamz vuheru」

 なおも老人は何かを言うが、マリポーザには全く意味がわからなかった。


(いつの間にか外国に来てしまったのかしら……? 外国ってこんなに身長が大きな人がいるの?)

 混乱した頭を抱えて怯えた目で大男を見上げていると、その老人は困ったように頭をかいた。


 そして自分自身を指差して、ゆっくりと単語単語を区切って言う。

「Y on Wmenu」

『私はメヌ』

 頭の中に言葉がひらめき、マリポーザは雷に打たれたかのように硬直した。


 彼は精霊語を話している。


「Y on Mariposa」

 緊張で乾いた口を湿らせて、『私はマリポーザです』と恐る恐る告げた。するとメヌは心の底から嬉しそうに破顔した。言葉が通じて意思疎通ができたことに、マリポーザは感動を覚える。


「Iea kom qtuoc Ulunumpolyom! Pfop nocuq pfymwq uoqyur. Iea qfealz zret vi ni feaqu. Y gyll pocu koru eh iear ymxari」

 メヌは言葉が通じると安堵したのだろう。早口でまくしたてられて、マリポーザは困惑した。

(ごめん、そこまでは話せないんだ……)


 そんなマリポーザの様子に気づき、メヌは大きな口を閉じてしばし考える。

「Kenu」

 『来い』と一言短く言われて、マリポーザは考える前に足を踏み出した。


「痛……っ」

 足に激痛が走り、思わず座り込む。緊張が解けたのか、今頃になって自分の身体のあちこちが痛むことを思い出した。メヌが心配そうな顔をする。そして巨大な手を伸ばして、マリポーザの身体を掴んで自分の肩に乗せた。


 マリポーザは身をよじってメヌから降りようとしたが、その目を見て考えを変えた。

 今まで気がつかなかったが、大きな身体と顔に不釣り合いな小さな目は、とても優しい目をしていた。本気で心配をしてくれている、と言葉が通じずともわかった。


 マリポーザは肩に座ったまま大人しくメヌの髭につかまった。メヌはマリポーザを肩にのせたまま、赤い岩山を進んでいく。


 最初は何もいない荒れ地のように見えたが、進んでいくうちに違う表情が見えて来た。毛むくじゃらの野牛の群れが水辺で草を食み、巨大な砂ネズミのようなプレーリードッグの親子が巣穴から顔を出して周りを伺う。岩山の崖の急な斜面をものともせず、黒い山羊が自由自在に飛びはねている。


 マリポーザが今まで見たことがない景色にみとれているうちに、大きな岩山をぽっかりとくり抜いたような、洞窟が見えて来た。メヌはその中にずんずんと入っていく。


 洞窟の中はマリポーザの予想に反して、とても明るかった。


 洞窟の入り口から差す太陽光に加え、洞窟内には無数の光の球が空中に浮いていた。マリポーザが指でつつくと、光の球は粉になって霧散し、またしばらくすると球状に戻った。洞窟の中にはベッドや台所などがあり、まるで人間の一人暮らしの家のようだった。

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