アルトゥーロの謀反
マリポーザの目の前で世界が焼け落ちていく。轟々と音を立てて。
炎が舞う。怒り狂い、全てを焼き尽くさんと踊る炎が。
大気が震える。世界が燃える。
マリポーザは地に這って、為す術無くその光景を見つめていた。口の中が乾くのを感じる。熱気で皮膚がちりちりするほど暑いのに、身体中の血という血が冷えてしまったかのように身体が冷たい。
赤。紅い。
世界が、変わる。
天空で星々のリズムに合わせてサラマンドラの赤いドレスが舞っていた。
帝都の宮殿の地下深く。薄闇に包まれた牢屋の片隅で、マリポーザは呆然と座り込んでいた。
あの日からどれぐらい経ったのか、マリポーザにはよくわからなかった。もう数週間も経ったような気もするし、二、三日しか経っていないような気もする。
山火事の事件で、アルトゥーロは命を落とした。炎を目の前に呆然としていたマリポーザは、フェリペらに助けられて命からがら逃げ出した。しかしアルトゥーロの姿はどこにもなかった。遺体も見つかっていない。だがフェリペらが、アルトゥーロが炎に巻かれたのを見たと証言したため、アルトゥーロは死亡したとされた。
(遺体がなかったんだもの。きっとマエストロはどこかで生きているわ。精霊術を使って逃げることが出来たのよ……)
マリポーザは懐に入れた精霊語の辞書をぎゅっと握りしめた。
精霊術の失敗で、山火事はますます燃え広がった。距離を置いて見物をしていた皇帝や護衛軍、アマドキント子爵らは軽傷で済んだ。だがフェリペら陸軍兵士の中からは死者がでた。付近の村の家屋や畑が燃え落ち、数名の住人や家畜らも犠牲となった。
事態を重く見た皇帝陛下は、精霊使いの弟子であるマリポーザを捕らえた。もちろん「主犯」は精霊使いであるアルトゥーロなのだが、彼が死亡してしまった今、責任の所在はマリポーザにかかっていた。
フェリペは険しい顔で会議室の扉を叩いた。
「入れ」
「失礼致します」
扉を開けると、部屋の中央に大きな机がある。そこに陸軍大佐ブルーノ・デ・アブスブルゴと水軍大佐シプリアノ・バルデスが並んで座っていた。二人とも五十歳を過ぎたころ、といったところだが、ブルーノのほうがやや若い。小柄だが締まった体格のブルーノは狼を思わせた。一方、体が大きく固太りしたシプリアノは熊に例えられることが多い。
「家柄で地位を手に入れた小僧が来たか。メッキが簡単に剥がれたな。精霊使いのお守りも満足に出来ないとは。これでは皇帝直属護衛軍に志願するなど夢のまた夢であろうよ」
分厚く大きな手を大仰に広げ、水軍大佐シプリアノはこれみよがしにため息をついた。
「返す言葉もございません。今回の失態はひとえに私の力不足にございます」
フェリペは深く頭を下げた。そこを陸軍大佐ブルーノが柔らかく取りなす。
「確かにアルトゥーロ・デ・ファルネシオ特別参謀の喪失は非常に大きい。さらに、我が陸軍中央部隊からも殉職者が出てしまった」
フェリペは包帯が巻かれた拳をきつく握りしめ、目を細めた。
「だが、かの件は予測不能であったとして皇帝は不問に処すとおっしゃっている」
そこでブルーノは言葉を切り、ひと呼吸をおいたあと一気に続けた。
「さらに皇帝は、今回の件はデ・ファルネシオ特別参謀が故意に起こしたのではないかと疑っておられる。つまり反逆罪の可能性があるということだ。そのため、特別参謀亡き今、その弟子のマリポーザ・プエンテを裁判にかけることが決定した」
「待ってください! 彼女は……」
顔を上げて抗議の声を上げるフェリペを、ブルーノは鋭い一瞥で黙らせる。
「これは決定したことだ。裁判の日時は追って知らせる。以上だ。下がれ」
フェリペは口を堅く結んで一礼し、部屋から退出した。その足で自分の執務室に戻ると、部下のジョルディ・デ・アランホエス軍曹とフェルナンド・デ・ヴィヤレアル軍曹が待ち構えていた。
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