興奮のち不安、そして憂鬱
「長旅ご苦労であった。予定よりずいぶん長く旅に出ていた上に、弟子まで連れて帰るとは。職務に実に忠実だな」
「恐れ入ります。村からの要望が思ったよりも多く、時間がかかってしまいました」
アルトゥーロが短く返答をすると、フェリペがそれを引き継ぐ。
「ですが、そのぶん帝国での精霊使いの評判は上がっております。皇帝陛下が僻地の村々にまでご厚情くださること、皆が感服しておりました」
「詳しい報告はあとで書簡でするがよい。それより、そこの女が弟子か? 名は何と言う?」
「マリポーザ・プエンテと申します。精霊使い様を村に使わしてくださってありがとうございます。ましてや、弟子にしていただけるなんて夢みたいです!」
マリポーザがぴょこんと頭を下げると、皇帝はふふっと声に出して笑った。
「お前がようやく弟子をとったかと思ったら、面白い人選だな、アルトゥーロ」
「彼女は私の操る精霊が見え、正確に言いあてました。素養はあると思います」
「そうか。厳しい寒さの我が国はとても貧しい。国力をつけるためお前達には働いてもらうぞ。デ・アラゴニア・エスティリア大尉も長旅ご苦労だった。しばらく休養をとらせる。部下にもそう伝えよ」
「ありがたきお言葉」
アルトゥーロとフェリペが頭を下げると、皇帝は立ち上がろうとし、思い直して座り直す。
「手紙で報告があった襲撃の件だが、犯人の目星はついておるのか?」
「残念ながら取り逃がしました。誠に申し訳ございません。ただ、かなり遠い距離から矢を放っておりましたので、訓練を積んだ者の仕業には間違いございません。放たれた矢を念のため何本か回収しましたので、後ほど軍で解析いたします」
「襲って来た輩と目的を解明せよ。ただし、内密にな。余計な動揺を与えないために、陸軍幹部以外には口外せぬように」
「仰せのままに」
「あぁ、ようやく一息つけるな」
謁見の間から出て来ると、アルトゥーロは大きく伸びをした。
「やっと柔らかいベッドでゆっくり眠れますね。しばらく羽を伸ばしたいな」
フェリペも伸びをする。
「ああ、そうだ。今夜は僕たちが帰って来たお祝いにディナーにお招きしたいと、フアナが言っています」
それを聞いてあからさまにアルトゥーロは顔をしかめる。アルトゥーロが何か言いかける前に、フェリペはたたみかける。
「うちのシェフが腕によりをかけたパイや焼き菓子も用意していますよ」
アルトゥーロは苦笑いをする。
「まあ、久々に美味い物を食うのも悪くないな」
「では、今夜お待ちしておりますね」
そう言うとフェリペは一礼をし、自宅へと帰っていった。
「じゃあ俺たちも帰るか。まずは宮殿を出て馬車に乗るぞ」
アルトゥーロはマリポーザを外へと促した。アルトゥーロは研究所として、宮殿の敷地内の一角にある小さな別邸を与えられていた。
宮殿の玄関正面に用意されていた馬車で庭園を進み、広場や太陽神を祀る聖堂、兵舎などを過ぎ去る。十数分ほど馬車で進むと、白い壁のこじんまりとした屋敷に着く。邸宅に入ると、二人の使用人が玄関ホールに立って待っており、出迎えてくれた。
「ここでの生活には秘密保持の意味もあって最低限の人間しかいない。お前はまだ俺の弟子というだけで、爵位も何もないからな。身の回りのことは自分でしてもらうぞ」
「はい、もちろんです。むしろそっちのほうが気が楽です!」
マリポーザは力強く言った。最初は帝都での初めての光景に興奮していた。しかし宮殿に入り、皇帝に謁見すると、だんだん不安になってきた。自分が分不相応な待遇を受けている気がして気が滅入って来ていたのだ。
ただの村娘が皇帝陛下に謁見をすることなど、普通だったら一生起こらない。本当に自分が精霊使いになれるのかしら? ここで暮らしていけるの? 自分の身に起こっている変化に、頭がついていけていない。
自室としてあてがわれた部屋には、マリポーザが小さい頃から憧れていた「お姫様の」天蓋付きのベッドがあった。しかし、そこに横たわっても、依然として憂鬱な気持ちは晴れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます