上司と仕事のやり方が合わない

タウタ

上司と仕事のやり方が合わない

「上司と仕事のやり方が合わない」

 ジャングルの奥でちらっと動いた影を撃つ。なんの表示も出ないから、動物だったんだろう。ちぇっ、人間だと思ったのに。

暑いなあ。今夜熱帯夜ってテレビで言ってた。あ、アイスコーヒーもうないや。始まる前にもう一杯持ってきておくんだった。

『仕方ないよ。君と上司は違う個体なんだから」

 奴は灌木の間に身を隠しながらそう言った。腹ばいになってライフルを固定する。手招きされて、私も地面に膝をついた。

 ヘッドフォンの中では藪蚊がぶんぶん言っている。ちょっと動くと茂みががさがさ揺れる。リアルすぎて首の後ろがくすぐったい。枝の間から動くものが見えた気がして銃を構えたら、奴にしゃがめと怒られた。

「会社のシステムでさ、」

『うん』

「まあ、ある計算をしてるわけだけど」

『うん』

 奴の声もヘッドフォンから聞こえる。ライフルを構える奴のキャラクターの口は動かないけれど、充分にきれいなCGだ。ちょっと気になって後方を確認する。VRのコードが引っかかったから払いのける。大丈夫。誰もいない。

 参加者は全部で二十四人。ジャングルの奥地で殺し合うサバイバルゲーム。オンラインで、世界中からプレイヤーが集まる。砂漠で殺し合っているチームも、海の中で殺し合っているチームも、ドラキュラが住んでそうな古城で殺し合っているチームもある。私と奴はジャングルがお気に入りで、いつもここでプレイしている。

「ざっくり説明すると、月ごとに決められた計算をしてるのね。それで、期間を指定すると、半年とか一年とか特定の期間の計算結果を累計してくれる」

『うん』

 エントリーした二十四人から、毎回ランダムで一人だけ「鬼」が選ばれる。それが誰かは、鬼しか知らない。鬼は自分以外の二十三人を殺しつくしたら勝ち。他のプレイヤーは、鬼を殺したら勝ち。要するに、見つけた奴を片っ端から殺せばいい。ただし、弾薬やアイテムには限りがあるから、無駄には撃てない。できるだけみんなが殺し合ってくれた後に出ていくのがいいんだけど、ぐずぐずしていたら誰かが鬼を殺してしまうかもしれない。その塩梅がなかなか難しくて、面白い。

「そのシステムの初期設定が悪いらしくて、ある一定期間の計算が狂うことが今日わかった」

『どういうこと?』

「例えば二〇一六年全部がその一定期間だとすると、二〇一五年一一月と一二月の累積は正しいんだけど、二〇一五年一一月から二〇一六年一月までの累積は結果がおかしくなる」

『二〇一六年がちょっとでも入り込むと駄目ってことだね?』

「そう」

 キャラクターは肌の色から鼻の位置まで細かく作り込めるし、体型によってちょっとだけ能力も違う。武器は色々選べるけど、持てる数や種類が決まっている。私はいつもショットガンと、予備に小さめのピストルを持つ。大きいピストルは威力があっても反動がひどいし、それ自体が重いから弾があんまり持てない。

 奴はライフル愛好家。他にはサバイバルナイフしか持っていない。音の出るトラップを作って回って、近づいてきたプレイヤーを返り討ちにする。

 パン、と音がした。奴が小さく「よし」と言ったから、多分人間に当たったんだと思う。ゲーム終了の表示が出ないってことは、鬼じゃなかったんだ。

「システムがおかしくて計算結果が狂う場合の対処法は?」

『システムを改修する』

「ぶっぶー。正解は、これから使う計算結果を都度人力で再計算して結果を照らし合わせる、でした」

 遠くで爆発の音がした。鳥がぎゃあぎゃあ飛び立っていく。煙が……あ、見えた。ここからじゃいまいち距離がわからないけど、音が近くないから放っておいていいかな。誰か死んだかな? 今何人残ってるんだろう? とりあえず、鬼はまだ生きてるみたい。

「そんなの該当する一定期間の計算結果だけ確認すればいいのに、全部の結果チェックするんだって。馬鹿じゃないかと思う」

 私は物音を立てないようにその場でそっと身体の向きを変えた。奴とは隣り合わせ。見ている方向は反対。完璧な布陣。

「人間が計算するよりシステムでやった方が速くて正確だから、システムを使ってるわけでしょ?」

 さっきの爆発が気になるけど、わざと人を集めておいて手榴弾で一網打尽って戦法もあるから迂闊に見に行くのは危ない。好奇心に負けず、奴の傍でじっとしている方が安全だ。

「それを狂ってないとこまで全部再計算するなんて、本末転倒。完全に無駄。全然納得できない」

『納得できないんだ』

 奴はちょっと笑ったみたいだった。

「納得できない。だから、しない」

 上司に悪意がないことはわかってる。そうやってチェックを重ねて慎重に仕事するのがあの人の流儀なんだろう。でも、無駄な時間を使っていることには気づかない。システムを改修するまでの数か月間はチェックしよう、みたいに期限を区切ったりもしない。暇なんだなって思った。仕事が好きなのかもしれない。だから、そんなことに時間を使っても平気なんだ。

 私は違う。仕事はそんなに好きじゃないし、さっさと終わらせてさっさと帰って奴とネットでサバゲがしたい。効率化とか時短術とか大好き。やらなくていいことはしたくない。

「仕事のやり方が合わない」

『しょうがないよ。君と上司は違う個体なんだから』

 話が戻った。かちゃかちゃ音がしてる。かすかに空気が動いて、奴が体勢を変えるのがわかった。何か見つけたのかな。それとも移動?

『それで、再計算はしないの?』

「間違ってることがわかってるところはするよ。でもそれ以外は間違ってないんだから無駄。やらない」

『そっかあ』

 よく漫画でチュインッて擬音語があるけど、まさにそれが聞こえた。目の前が真っ暗になって、GAME OVERの文字。

「……何? 鬼だったの?」

『うん。初めてなった』

 ゴーグルを取って、コントローラーといっしょにテーブルに置く。パソコンはリザルト画面に切り替わっていた。まあ、そこそこ生き残った方。でも一人も殺してないからランクは低い。悔しいけど、終わっちゃったものはしょうがない。しょうがない。悔しいけど。

私はマグカップを持って立ち上がった。

「どこ行くの? コーヒー? 僕も欲しい」

 ゴーグルをしたまま、向かいの席から奴が言う。ヘッドフォンを通さない奴の声は少し高い。仕方がないから奴のマグカップも持った。

「僕が鬼かどうかは確認した方がいいと思うけど、どう?」

「納得したから、今度からする」

「仕事の方は?」

「納得できないからしない」

 奴は椅子に座ったまま、身体を揺するようにして笑っていた。何が面白いのかわからない。納得できない。




Fin.

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