HENSIN
如月新一
HENSIN
「ヒーローでも無防備なんだから、人間もそうなんじゃないかと思いました」
私は食パンをかじったまま、テレビに見入った。テレビ画面の中で、
「あっ、
ガスの元栓を閉め忘れてた、と気づくようなトーンで彼は突然カメラ目線になり、私の名前を呼んだ。どきりとし、その瞬間に、自分が社会人三年目のOLではなく、高校三年の女子高生に戻ったような感覚にとらわれた。
高三の秋、私と佐藤くんは部室にいた。
「祥子先輩は、卒業後どうするんですか?」
佐藤くんは、そう私に訊ねると、カメラのレンズに息を吹きかけた。
「大学行くわよ。推薦でもう決まったし」
「そうなんですか? 僕聞いてないですよ」
「今、言ったじゃない」
「最近決まったんですか?」
「二週間くらい前かなー」
「結構経ってるじゃないですか!」
佐藤くんが不貞腐れながら、レンズをきめの細かい布で拭く。私が叱ればしゅんとし、褒めてあげるとはにかむ様は、純朴な犬のようだ。
私はそれを見てにやにやしながら、机の上に置いてある台本を手に取る。
「撮影めんどくさいなあ」
「そんなこと言わないでくださいよ。今、先輩しか動けないんですから。あっ、それとも今から僕とデートしますか? デート」
彼の内面というか、才能は評価できるのだが、私は自分の容姿に自信があるからか、なんだか納得できないでいた。彼はよく私をデートに誘うのは、お約束のボケのようになっていた。私も、お決まりの返事をする。「年下はねぇ」と。
「じゃあ、今は頑張って映画撮りましょう」と佐藤くんがしゅんとする。
私たちは映画研究部という、映画を観るんだか研究するんだか、批評するんだかよくわからない部に所属し、映画を撮っていた。今頃、私以外の部員は受験勉強をしているので、動ける部員が私くらいしかいない。後輩部員を増やせなかったことが、少しだけ心残りだ。
「今回も変な話書いたね」
他の部員は恋愛感情のもつれであるとか、部活の青春物語だとか、モデルガンを使うスパイものを撮ろうとするのだが、佐藤くんは違う。
今回の話は、勉強のできる子が、「因数分解がなんの役に立つっていうの? 偉そうにするんじゃないわよ!」といじめられ、数年後にいじめっ子が銀行にいる時に「このテストで八十点以上とれた奴は解放してやる!」と銀行強盗として登場し、いじめっ子が「勉強しておけばよかった」と後悔する、という内容だ。
「ユニークだよねぇ。私、超ひどいやつだし」
「いじめられっ子といじめっ子、どっち演りたいですか?」
「銀行強盗役やりたかったなぁ」
「そう言えば、必勝法思いついたんですよ。銀行強盗の必勝法」
「なにそれ?」
「僕みたいな人間が銀行強盗するとしたら、きっと一世一代の冒険なんですよ。すごく準備するし、リハーサルもしますし、気合も入ります」
うなずき、「それで?」と促すと、佐藤くんは「で、ですね」と続けた。
「口上も、すごい練りに練って考えると思うんですよね。たぶん、銀行強盗の口上って、ヒーローの変身くらい重要だと思うんですよ。みんなも、こいつは何がしたいんだ? と思うし、きっと聞いてやらないとって思うはずなんですよ。この台本で言うところの、『今から出すこの問題が解けたやつは』と言い出すシーンですね。ヒーローって、変身する時は攻撃されないと思ってるじゃないですか?」
「銀行強盗は、口上を言ってる時は油断してるから、そのすきに攻撃しちゃえってこと?」
「そういうことです!」
顔を上気させ、興奮気味に佐藤くんはうなずいた。私はそれと対照的に呆れ、かぶりを振る。「佐藤くんが、テレビに出れるくらい有名になったらデートしてあげるわ」
あきらめなさい、と同義のつもりだったのだが、彼はテンションを上げた。
「じゃあ、頑張って映画撮りましょう!」
佐藤くんが三脚にカメラを載せた。
ムカムカともイライラともチクチクとも取れない、もやもやとした感情が、胸の奥から込み上げてくる。徹底的にいじめてやる、と思いながら私はいじめっ子を演じて佐藤くんを踏みつけた。「変なこと考えてないで、もうちょっと、しゃんとしなさいよ!!」
「セリフと違いますよぉ」
彼は、信じられないことに、銀行強盗を撃退した。放課後の妄言と同じ方法で、だ
佐藤君は、テレビカメラを気にすることなくポケットからスマートフォンを取り出すと、誰かに電話を始めた。と、同時に食卓の上に置かれた私のスマートフォンから着信音が鳴る。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、私の中の何かが崩れていく。くすぐったいような気持ちになりながら、まず、なんて言ってやろうか、謝らないといけない気もするし、無茶したことは叱らなければ、なんて考える。前みたいに、しゅんするのだろうか。
「あっ祥子先輩、約束、覚えてますか?」
HENSIN 如月新一 @02shinichi
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