7「最後の晩餐」

第157話

 詩織が涙ぐむ……。


 夥しいフラッシュの閃光が詩織に向かい、堪え忍ぶ姿にレンズの焦点と人間のいやらしさが合わさってゆく……。


 記者席側から見て、中央に詩織が、その右側に葵、雪、モカ、モコ……左側にキャロルアン、アリス、流花が、重苦しい表情で座る。




 ヴィーナスタワー内にて、ヴィーラヴ本人達による緊急記者会見は行われた……。


 詩織が1枚の紙を高らかに記者達にかざした。




 万希子・アルテライネン……急性虫垂炎の為、緊急入院。


 詩織がかざした紙は、その診断書である……。


 勿論、偽造した診断書……愛人形達には何も言っていない。皆、本当に万希子さんが虫垂炎で入院していると信じている。


 礼子さん、ミネルヴァ、私しかこの「嘘」を知らない。


 愛人形達に、万希子さんが入院した……と伝えた瞬間の彼女達の悲痛な表情が、今も瞳に焼きついている……最も仲の良い詩織は、しゃがみ込み泣き崩れ、他のメンバーが介抱しながらも、それぞれに涙を流していた……。


「はぁ……」


 全くもって、可愛らしい……。


 自らが人間である……あろうとしている事に何の疑問も持たず、人間としての喜怒哀楽を全身で表現し、私達をも超越しようとさえしている愛人形達の無垢な反応が可愛らしいのだ……。


 悲しみながらも、メディアの質問に、懸命に語るべき言葉を探し、選択して真摯に受け答えしている姿を傍らから見ていると、不謹慎と思いつつも、躰が疼く……。


 何故、こんな「茶番」を演出してまでメディア、世間の関心をヴィーラヴに集中させなければならないのか……。




 シフォンの息の根を完全に止める為に必要な舞台だった。


 橋本 明子と彼女を愛したマネージャーはもう、この世界に戻る事はないだろう……だが、彼女を使い、甘い果実を吸い続けた偽人達は、その実を簡単に失う訳にはいかなかった。


 とりあえず、無期限の休養を宣言し、頃合いを見計らい派手な復帰をもくろみ、遂行しようとさえしていた……。




 そうはさせない……。


 彼女に今必要なのは、輝くスポットライトでも、歌姫なる女王としての地位や名声、歓声ではない。


 静かで、穏やかな時の流れ……。


 ただの、女と男の濃密な「日常」の営みなのだ……他に何もいらない……。




 私達は事前に、シフォン陣営が緊急記者会見を行うとの情報を得ていた……恐らくは偽人達はこう語るのだろう……。


「皆様に生きる勇気と希望を、美しい詞とメロディーと歌声で送り届けてまいりましたシフォンは、より皆様に共感して頂く為に、今一度自らを見つめ直し、己を磨き上げる為、ここに長期の休養を宣言致します……復帰した暁には、更に美しい歌声とシフォンの世界観で皆様を魅了してまいりたいと本人も申しております……既に自己研鑽に入っているシフォンに代わり、ここに発表致します……」


 しかし、彼らにその様な言葉を紡ぐ資格など、ない。

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