第147話

「私……助かるの……?」


「ええ、助かるわ……さぁ、鏡に映る自分をよく見て……」




「はぁぁぁぁぁぁっ……!」


 私が紅を引き、こめかみにまで唇が裂けた獣の顔をはっきりと認識し、明子は驚いた……。


「これが、明子さんを乗っ取っているシフォンの本当の姿……」


 頬にあてがっていた両手を解き、明子の両肩に移動させ、シフォンの霊体を体外に搾り出す様にゆっくりと揉みしだく……。


「さぁ、シフォンを追い出すのよ……食い尽くされる前に。築いた地位や歌姫の称号も捨て去るの……そうしなければ、あなたの魂はいつまでも救われないわ……」


「全てを……捨てる……」


「ここはシフォンが創り出した世界……あなたの居場所じゃないわ……」


「私……ここにいてはいけないの……」


「明子さんの住むべき世界は別に存在する……もう頂点を嘘で維持し続ける必要のない、静かで穏やかな世界があなたを待っている……」


「そ、そうね……私はここにいるべきじゃない」


 シフォンの毒素が、涙となって溢れ出る……。


「ゆっくりと探すといいわ……何も困る事のない資産があるのだから。傷ついた翼を休め、のんびりと暮らす事だけを考えればいいの……」


「…………」


「それとも、私の忠告を無視して、鏡に映るこのシフォンに取り憑かれたまま、偽人として生きてゆく道を選ぶのかしら……」


 低く声を変え、厳しい眼で明子を脅した……。




「嫌…………」


「嫌……そんなの……嫌……」


 小刻みに震える明子……。


「嫌っ……シフォンに戻りたくない……嫌っ、嫌よっ……!」


 叫び、激しく躰を動かし椅子から落ち、床にへたる明子の上半身を起こし、私の胸元に引き寄せて優しく抱いた……だだっ広いスタジオの冷たい床の感触が、接触している足から伝わり、上気している私と対峙する……。




「楽になりなさい……やり直すの、橋本 明子の人生を……」


「私……もうこの世界にいなくてもいいのね……」


 私の胸の中で縋り、呟く……。


「毎日が辛く、苦しかった……もっと売れる曲を創れとか、急かされて……」


「その辛く、苦しい明子さんの想いを利用して取り憑いたのが、シフォンという偽人よ……」


 意地らしく吐露する明子の艶やかな髪を撫でた。


「反対したんです。橋本 明子のままでは売れないから、シフォンに改名して売り出すって……本名でデビューしたいって頼んだんです。でも、お前の名前はインパクトがなくて平凡だ……それでどんなに良い楽曲を創り歌っても、見向きもされないって言うんです……私という存在が否定された……それが寂しく、悔しかった……」


「そうだったの……冷たい人達ね……」

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