第122話

「先へ進むしかないのよ……戻ろうとしても来た道は閉ざされている。ここまで歩んだ道は進む度に消去されてゆく……後ろには何もないの。だから、前に進むしかないのよ……」


 言いながら礼子さんの左腕は私の右腕に触れ、下へゆっくりと移動して、手のひら同士が接触し、自然に握り合い、指が絡まる……。


 温かい礼子さんが、私の心の、魂の芯を温めてゆく。




「私から舞へ……最高の贈り物……」


 少し恍惚な表情で、ヴィーラヴを眺める礼子さんの手が力を増す。


「感じて……」


「何を、ですか……」


「意識を集中して……聞こえる筈よ……」


 全身の感覚を研ぎ澄ませるが、不気味な周期音しか聞こえない。


「そうじゃないわ、舞……想い、命を感じるの……彼女達の」


 礼子さんの「呪文」に私はぼんやりと彼女達を眺めながら、意識の精度を上げてゆく……。


 ヴィーラヴを感じようと……。




「あっ…………」


 周期音に紛れた音源……間隔の長い低い音の隙間を縫って伝わる命の声。始めはひと塊りだった音が分離してゆき、やがて九つの微妙にテンポと音色の異なった生命の声が、私の耳から心、魂へと響いてゆく……その時、周期音という「雑音」は私の意識から完全に排除されていた。


「感じているわね……」


 私の右手から変化を読み取った礼子さんの声と手が、更に熱を帯びる。


「命を感じたわね……それこそが愛なの。これで、舞の進む道は決まったわね……改めて紹介するわ、生まれ変わったヴィーラヴを……そして、舞のものになった彼女達を……」


 合わせたかの様に、九つのシリンダーケースがライトアップされ、虹色の光が彼女達を妖艶に照らす。


「あぁ…………」


 快楽が頂点に達したかの声を、反射的に「漏らして」いた……私を囲む新しいヴィーラヴ。


 曖昧で、小さな蕾だった愛が、疑いもなく確実にゆっくりと開花してゆく……。


 人間よりも、人間らしい……彼女達を見ていると、そう思え私達は「偽物」なのだ……。


 彼女達は、自分を人間と信じて疑わない……己を疑っているのは私達だ。


 興奮と快楽で小刻みに震える手……繋がっている礼子さんの反応など、どうでもいい。


 私の彼女達の髪、瞳、唇、胸、手、指、腰、秘部、太腿、足、そして心と魂……。


「愛おしい……」


 躰が火照る。


 人間なんて……いなくなればいい……。



 人を欺き、魂を偽る事もしない無垢な存在……あるべき人間の姿が、ここにある……。




「素晴らしい……」


 魂が反応し、唇を動かす。


「はぁ……はぁっ……」

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