第104話

「私達の……皆の……舞さんの目の前にある筈なのに……」




「幸せを感じられなくなってしまったのね、私達人間は……」


 ただ、黙って聞いていた……礼子さんも、私が言葉を挟む事を求めてはいない……。


「そして私は確信したわ……人間は退化していると……」


「退化……」


 思わず言葉が漏れた……。


 私の言葉の音調を解析し、新たな理解者を得たかの様に、礼子さんははにかんだ表情を見せ、続けた。


「言い換えるなら、心が枯れてしまったのね……そして、劣化してしまった……魂が……」


「その魂の劣化こそが、幸せを実感している筈なのに、幸せではないという枯れた心を創り出している元凶なのよ……」


「…………」


「劣化した魂が導く未来は、明るく、健全な風景ではないの……」


「だから……殺すのですか……私達を……」


「殺す……表現が殺伐としているわね舞さん。死ぬ……いいえ、この地球上から退場してもらうの。人間が人間を終わらせる……潔く消える……この表現が、最も適切なものかしら……」


「礼子さんはそう言いますけれど……結局は殺す事には変わりないじゃありませんか……勝手ですよ」


「それじゃぁ答えて頂戴、舞さん……」


「過去と未来……舞さんはどちらを覗き見たいか……そして、どちらに行きたいか……」


「私は……」


 言葉に詰まり、何故か目線が下に向かう……。


「どうしたの……すぐには答えられないかしら。だったら私が答えてあげるわ……人間はね、過去に戻りたい生き物なのよ……」


 何処にも間違いなどないでしょう……そんな礼子さんの語り口に、私の心、魂が小さく頷く……。


 私自身の性格の問題もある……けれど、過去に戻りたい生き物が人間であるという概念が、なんの抵抗感もなく、すとんと腑に落ちる……。


 私の反応を、礼子さんは読み取る……。


「やはり、過去に戻りたいのね……舞さんの性格なら余計に……」


「その……未来の事は想像つかないです……」


「でしょうね……舞さんも、大多数の人達、そして私でさえも、あの頃、あの時に、ああすれば良かった……あの言葉を言っていれば良かった……恐れずに行動していれば……あっちの方向に人生の舵を切っていれば……今のこんな自分とは違っていたかもしれないと想いを募らせ、時に後悔する。そうでしょう舞さん……そして後悔するとわかっていても、人は過去に戻り、ここまでの生きて来た道のりを辿る……未来にある己の姿を想像する事をやめ、諦めるまでに……」


 礼子さんの瞳は、憂いていた……この間に、流花、アリス、雪が薄い「人間」の肌を纏った……。

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