第84話

「ふたりの気持ち……やっぱり私には理解できないわ……私は女神なんかじゃないし、ふたりの行為をこれ以上受けるつもりもないわ……だから、これっきりにして。期待に添えなくて悪いけれど、あなた達の世界は私には遠過ぎて居場所がない……そう思うの」


『…………』


「ごめんなさい……もうなんて言っていいのか言葉が見つからないのよ……あんな事された後だもの、普通の人が戸惑い苦しむのもわかるでしょ……だから、帰るわ……誰にも言わないから心配しないで。私もあなた達の関係を理解する様に努力する。しばらく時間を頂戴……それと葵、モコにはちゃんと謝るのよ……それじゃぁ私、行くわ……」


 昨夜の道順を私は逆に辿り始めた……。




「ごめんね……マイマイ……」


 本音半分……謝罪する流花の声が遠ざかる。




「あれぇ、泊まったんだマイマイ……」


 歯ブラシを咥え、パジャマ姿のキャロルアンと「ウエスト」のメインエントランス近くで遭遇する……誰にも見つからず「こっそり」帰りたかったが、急いで自身を取り繕う。


「ちょっと話が長くなってね……私は一旦帰ってまた迎えに来るから……」


 如何にも急いでいる風に躰を動かし、靴を履き、施錠を解き、エントランスドアのバーを握る。


「そうなの……今、万希子さんが朝食作ってるけど、皆と一緒に食べようよ……」


 仄かに漂う香り……しかし、穢れた躰で万希子さんの朝食を食す資格など、私にはない。魅惑的なキャロルアンの誘いを断り、彼女達の住まいを後にした。


 地下の駐車場に眠る車に乗り込み、私の衝動はステアリングコラムの真ん中を思い切り拳で押していた……形容し難い私の深層の「音色」が、寒々しい空間に虚しく響き渡る……。




 シークレットライブが迫る……レッスンスタジオや会場でのリハーサルが慌ただしく続く。


 あの時から日々は過ぎているのに、私の心は沈み、曇る……流花と葵は、皆の前では互いの想いを「自制」し合い、私との約束を守っている。


「ちゃんと謝ってくれたよ……」


 モコが言った……「そう、良かったわね」と私は素っ気なく返した。モコも「うん」と返し、私の意を汲んだ。


 そんな私の「態度」は、他のメンバーにも伝染してゆく……普段通りに振る舞っているつもりでも、何処か以前とは違うのだろう……流花と葵にも普通に接していても、微妙に異なる「波長」が私から漏れ出ている現象と暗い私の雰囲気をメンバーは感じているのか……モコの「うん」という短い返事から、メンバーの「気遣い」が私を覆う……。


 これも、私の未熟さが招く事態なのか……。


 けれど、時は「無慈悲」に過ぎてゆく……ライブを成功させよう……ファンを身近に感じられるという想いと喜びの前では、ヴィーラヴは完全なるアイドルであり、プロフェッショナルであり、私の存在は無となる……。


 流花も一層、メンバーに協力し、葵も皆を甲斐甲斐しく世話をする……。


 より強固になったヴィーラヴという器……。

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