第80話

 目を覚ますと、裸の躰の上に上質なカシミヤのタオルケットが丁寧にかけられていた……。


 流花と葵の姿は、ない……。


 快楽の残り香が纏わりつく躰を揺り動かし、起こす。レースカーテンの隙間から太陽の光が射し込み、私の躰を罪深く照らす……。


 照射具合から、まだ早朝である事はすぐにわかった……堕ちてからそんなに時は経過していない。


 心許ない足取りで、マスターベッドルームの奥を「本能的」に進む……パウダールームが程なくして現れ、その先のシャワーブースに辿り着き、溢れ出る温水に「穢れた」躰を濡らす……。


 ボディーソープをこれでもか……と手に取り、躰のありとあらゆる場所に擦りつけ、纏わりついた快楽の角質を取り去る……。


 泡と流花、葵、私の欲情が、髪を、躰を流れ、排水溝へと吸い込まれてゆく……。




 完全には洗い流せなかった「角質」を残したまま、ブースを出てバスタオルで躰を巻く……服は何処かと探していると、それが流花と葵のせめてもの償いの気持ちなのか、新しい下着、新しいシャツ、新しいスーツが用意されている……それらを着ると、ふたりに「染まった」という想いに支配されるのが嫌で、私自身の服を探す……あんなにいやらしく私の服や下着を脱がし、床に散らしたものが、ランドリーバスケットに無造作に入れられ「用済み」の雰囲気を醸し出す……。


「くっ……」


 昨日の「衣」を纏い、忌まわしいマスターベッドルームを後にした……。


 どうにも浮遊感の拭えない足つきでリビングダイニングルームに辿り着くと、ふたりはソファーに仲良く座り、早朝のニュース番組を「眺めて」いた。


「おはよう……マイマイ……」


 テレビ画面に私の姿が反射しているのを観た流花が、日常のトーンで言った……。


「…………」


 何故、そんなにも普通の挨拶ができるのか……私に行った行為に言うべき言葉があるのではないか……自然と私の視線は尖り、流花の後頭部を刺す。


「あっ……そうなんだ……」


 私の視線に関心がないかの様に流花は、私の纏った服を画面越しに確認し、落胆の言葉を吐いた。


「そうなんだ?……他に何か言う事はないの……」


「あぁ、昨夜の事を言ってるのかな……そりゃぁ、いきなりあんな事したのは、ちょっと悪いと思ってるけど……」


 あっさりと言う流花。


「ちょっと悪いですって……冗談じゃないわよ……私が、どんな思いであの時間を耐えていたのか、あなた達は本当にわかっているの!」


「耐えていた……そうなのかな……」


 噛み合わない会話……。

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