第53話

「店長さん……終わったね。もうこの店で偉そうにできなくなっちゃったね……あのバカな怒号社員も、さっきの女性パートさんにやられるね」


「…………」


「んで、結局アリスとはヤラないの?アリスもさすがにマイマイに身代わりをさせるのも忍びないしさ……今更ロリコンだ何だなんて気にしなくていいよ。だってさ、日本人男性の大体6割はロリコンだからさぁ……潜在的な可能性も含めればヒャクパー、ロリコン確定だから……」


 妙に説得力のあるアリスの見解。


「ヤラないんなら、警察呼ぶかい?」


「…………」


「だんまりって事は、呼ばないんだね」


 川井出に「その」気配はない。




「ふぅぅ……さっきは歯車なんて言ったけどさ、所詮二人は秩序も情緒もなくしたこの閉塞した世界の犠牲者だよ……生きてく事にため息ついて、明日への希望も見えなくて、死んだ様に毎日、気持ちを偽って、嫌な事は誰かのせいにして渇いた心を満たしながら、絶望という仮面をつけて生きている」


「そうしないと自分を保てなかったんだね……わかるよ、うん、わかる」


 二人は沈黙し、うなだれる……。


「でもさ、生きてくって事は心を、魂を曇らせたら終わりなんだよ。曇った心と魂は、小さな幸せさえも見逃してしまうんだよ……道端の誰もが見過ごすコンクリートに囲まれた過酷な環境の中で、小さく可憐で綺麗なタンポポが咲いていて、懸命に短い命を輝かせている」


「…………」


「空を見上げれば、美しく夕日や無数の星々が煌めいている……土、草、虫、皆生きてるんだよ。全てを育むこの地球、宇宙だって生きてるんだよ……そんなに人間が偉いかい?偉くなんかないよ。二人みたく、数値目標に血眼になったり、擬似恋愛に耽る事が胸を張って生きているって言えるの?言えないよね……」


『うぐっ……』


「奥さんが体を気遣ってくれる……子供達が笑いかけてくれる……両親が将来を心配してくれている。それが幸せって事なんだよ……今までわからなかったでしょう。心が魂が曇るってそういう事だよ。愛を感じ、自分を愛し、周りの人達とそれを分かち合いながら、心を、魂を磨いてゆく……それが、小さい幸せが大きい幸せに育って、温かい未来が創られてゆくんだよ……」


 アリスの言葉に「うん」と呼応し、小さく頷く二人……川井出を諦めた店内放送は、気づくと軽音楽に戻されている。


「まぁ、こんなアリスにだってさ、不安はあるよ。歌とかグループ内での立ち位置や振る舞い……そして、これからの事……」


 目線を落とすアリス……。

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