第38話

「その必要はないわ」


 堂々とした強い声を響かせて、歩をこちらに進める人物……。




『礼子さん……』


 メンバーの声が揃った。


「何を慌てているのかしら……この程度の事で」


 厳粛な佇まいの社長が、格の違う優しい視線を私達に送る。


「礼子さん……私のせいでこの様な事態になってしまい、申し訳ありません」


 社長の前に万希子さんが進み、頭を下げる。


「いいえ、万希子さんは悪くありません……全ては私が引き起こした事態です。ですから、責任は私にあります」


 私も万希子さんの隣で頭を下げた。


「わかったわ……頭を上げて頂戴」


 私達はゆっくりと頭を上げ、社長を見る。




「さて……どうしたものかしら……」


 厳しい眼で私と万希子さんを伺う社長……メンバー達も、成り行きを静かに見守る。


 沈黙の時間……やはり、重く厳しい処分が下されるのか。




「さよなら……皆」


 心の中で囁いた……。


 どうか、処分は私だけに……。


 心の中で願った……。




 時が更に流れてゆく……。


「ふふっ……あなた達ふたりは本当に真面目ねぇ。心が似ているのかしら」


 社長も私と同じ事を感じていた……嬉しくもあり、心の中を覗き見られた様で恥ずかしくもあった。万希子さんも少し俯き、顔を赤らめている。


「この件は私がプロデューサーに話をつけておいたから、舞さんも万希子も辞めなくていいわ」


 互いに恥ずかし合っている内に、あっさりと問題は解決した。


「でも社長……」


「舞さん、もういいのよ……万希子を想っての事だもの……私は嬉しいわ」


「本当に、何も処分なしでいいのでしょうか」


「ええ……最初から処分なんて考えもしてなかったわ。大切なのは、舞さんと皆の気持ちが一致したという事実……何よりも素晴らしい出来事だわ。物は修理したりお金で買えるけれど、人間同士の関係や信頼は、お金では得られないもの……あなた達は今それを得た。プロデューサーは私が一蹴してやったわ……壊れた設備やプロデューサーの権威など、本物の価値あるものの前ではまがい物に過ぎない」


 浮かない声で訊ねた私に、朗々と社長は言葉を綴り、揺るぎない意志を示した。


「社長…………」


「舞さんは万希子を守った。万希子も舞さんの想いに応え、皆も同じ想いで信頼し、心で結ばれた。それは、愛がないと不可能な行為なのよ……今のあなた達には愛が溢れている。私はあなた達を誇りに思う……」


 心の奥底から絞り出し、歓びが滲んだ社長の言葉……瞳が濡れている……。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る