第34話
「…………」
「きっと、もうひとりの万希子さんが語りかけ、苦しめるのよ」
「もうひとりの……私」
「私も以前は、外の世界との繋がりを遮断して、引き籠っていたのよ」
「舞さんが、引き籠もり……」
私の過去に万希子さんは驚愕している……「そこまで」は、社長も私のバックグラウンドを彼女達に明かしてはいなかったのか。
水晶の涙が、止まる。
「1年半も引き籠っていたのよ……毎日、毎日、嫌な想いばかりが浮かんで消える事がない生き地獄。でも私は、社長や万希子さん達と出逢って自分を取り戻せたって感じている。まだ、頼りない歩みではあるけれど……」
「舞さん……」
「私はアイドルじゃないから、万希子さん達の苦しみ、悩みをちゃんと理解しているかは正直、わからない。簡単に答えを得られる筈もない事もわかっている……でも、探し続ける。万希子さんには、同じ夢と目標を持った仲間がいる……私もそのひとりだと勝手に思っている。だから、迷ったり、悩んだりした時は、もっと素直にメンバーや私に頼っていいの……万希子さんは、決してひとりじゃないのよ」
「そうだよっ!」
後方で、力が漲った声が響いた。
リラックススペースの入口に、仁王立ちでいる詩織……どの時点から話を聞いていたのかは不明だが、とても不満そうな表情と膨らんだ頬で、万希子さんを見る。
「マイマイの言う通りだよっ、万希子さんっ」
振り返った万希子さんに駆け寄りながら言い、肩に手をかける。
「んもぅ、万希子さんはいつも自分で悩みを抱え込んじゃうんだからっ……それ、良くないよっ。うん、良くないっ」
強く、かつ優しさを染み込ませ、万希子さんの肩を揺する詩織。
互いに悩みを打ち明け、励まし合ってきたであろうふたり……しかし、詩織にしてみれば、自分から万希子さんに悩みを打ち明ける事の方が圧倒的に多く、その逆が極端に少なくなっている現象が、悔しく、情けなく、いたたまれなくなっていたのかもしれない。
万希子さんは、詩織の「深刻」な悩みに耳を傾け、含み、考え、答えを導き出してくれる……けれど、私が察するに、万希子さんからの相談事は、たわいのない「簡単」なお話ばかりなのだろう。
そこに万希子さんの気遣いが透けて見える様になった詩織は、不満だったのだ……万希子さんの「過剰」な優しさと、彼女を癒せない自分……絡み合い凝縮された結果が、先の表情に違いない。
詩織の想いを読み取り、僅かに身を捩らせ、斜め下方に視線を誤魔化す万希子さん……。
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