第22話

 生き残る為に「彼ら」は何でもする。


 たとえ、社員の「血」がどれ程流れようとも。


 ヴィーラヴは、擦り寄る企業を飼い慣らし、彼らは「同化者」から収益なる果実を得る。社長は、その果実の最も甘い果汁を味わう。


 その意味において、この国の人間は互いに「良好」な関係を築いている……。




 40階、クリエイティブフロア。最新鋭設備が揃うレコーディングルームが並ぶ端に設けられた休憩用空間、リラックススペースで私は今日も広大な景色を眺めている。ガラスウォールが演出する視界にも、すっかり目が、躰が馴染んでいた。


『マイマイ、そろそろ始めるって』


 腕組みし、遥か遠くを見渡していた私に、モカとモコが駆け寄ってきた。


「マイマイ……」


 アリスが最初に言ったからなのか、私の呼び名は固定された。


 左にモコ、右にモカが腕に絡みつき、レコーディングルームヘ誘なう。


「わかったわ……行きましょう。それにしても楽しそうね」


 ルームへと歩きながら聞くと、モカとモコはにこりと私を見上げる。


『だって、初めてのアルバムなんだもん』


 弾むシンクロ二ティで答え、スキップによって感情を表現する。


「そんなに走らないの」


 あやしながら、私も小走りになる。




 今日から、ファーストアルバムのレコーディングが始まる。ふたりのユニットによる楽曲も含まれるのだから、はしゃぐのも無理はない。


 ヴィーラヴには、彼女らを選抜し、コンセプトを構築し、楽曲を提供するプロデューサーが存在するが、正体は非公開になっていて、私にも知らされてはいない。


 業界内では、あのアーティストだの、ビジュアル系バンドのヴォーカルが本命だのと、様々な人物の名前が取り沙汰されては消えてゆく。


 クオリティの高い楽曲を安定的かつ、効果的に生産できれば、誰であるかは意味などなく、正体を明かす気はない……そう社長は言った。




 レコーディングルームの分厚いドアを開けると、ふたりは絡んだ腕を解き、その先にある録音ブースの防音ドアを勢い良く開放し中に入ってゆく。


 ふたりとを防音ガラスで隔てているこちら側には、録音状況をモニターするディスプレイ達や、私には到底使い方のわからない沢山のスイッチとレバーが並んだデスクが存在感をひけらかし、慣れた手つきでディレクターが微調整を繰り返している。


 あれ程はしゃいでいたモカとモコも、ヘッドフォンを装着すると、真剣な眼差しでマイク、楽譜とそれぞれ対峙する。


 この段階で私がする事は……ない。

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