第28話 機会

「我々は東京政府の攻撃を撃退した」近衛大将兼検非違使別当が言う「この戦果が得られたのは我々が正しいということを証明すると同時に、天地神祇の賛同を得られたということである。とくに」ちらっと視線を脇にやる。美嘉が会釈する「神祇伯の働きたるや絶大であった。鬼神をも動かし、我らは敵を打ち破ったのである」

 薫御前の演説である。前線にほど近い、学校の校庭での演説である。八月の日差しが降り注ぐが、幸いなことに、彼女は立派な演説とはなにかわきまえていた。短いのである。

 そしてそれについで叙勲がある。戦功を上げたのは前線の本田某、そして神祇伯・斎部美嘉である。実際の戦功を上げたのは鬼神の類であるが、それへの叙位は別の機会、いまは生きている人間が優先である。

 斎部美嘉は従三位となり、参議に加えられた。現代風に言えば入閣したわけである。

 そして叙位を言い渡すのは帝の役目だ。幼帝が宣旨を読み上げている。私は整列しそれを聞いている。まったく幼からぬ堂々とした読み上げである。舌っ足らずでもない。

 すなわち、偉大なる帝は、まったくもって政務を遂行する力があるのである。

 我々は頭をうなだれるしか無かった。幼帝は我々の新たな位階を読み上げたあと姿を消す。すなわち、叙位のためだけに戦地にお出ましになったのである。

 これは、ことによるとたいへんなことかもしれない。今上が前線にお出ましなのである。

 いや待て。

 思えば明治大帝も日清戦争の折、広島に大本営と議会を移された。国軍の最高司令官たる国家元首が前線で指揮を取るのは普通のことなのかもしれない。太政官の構成員たち(すなわち右大臣などである)を引き連れてのご参陣である。

 偉い人は後ろにひかえているべきだ、なぜなら現場の邪魔となるから。そういう理屈はここでは通じない。邪魔になるのは余計な指図をするからであり、幼帝がわざわざ前線に出向き兵を慰撫する効果たるや、士気をあげる他にはない。

 ああ、立派なものだ。そう私が感じ入っていると横ではみどりさんがうつむいている。自らの弟に感じ入っているのか、それとも…?

 そこへつかつかと歩み寄るものがいる。太政官を送り出した薫御前である。

 我々のそばまで来ると、彼女は私に話しかける。

「水澤殿、ちょっと話がある。こっちへ来い」

 なんだろう、と思う。もしや宮刑の知らせではないのか。ビクビクしながら彼女について行く。校庭の端、丁度ジャングルジムが設置されているとことで、立ち止まった。

「貴様の狼藉は目に余りあり、それを処罰すべきであるのは万人の承知するところだ」彼女は私の糾弾から切り出した「とくに兵部卿宮はお前の処罰を訴えてきていた」

 やはりか、と思った。

「今回の戦闘で戦果を上げることができれば、貴様の罪も許されたかもしれない。しかし、その栄誉は、神祇伯が持っていった。貴様は雪辱の機会を失った」

 自分自身のせいではないが、言葉が出ない。項垂れるしかない。

「その上で言おう。私は貴様に新しい任務を言い渡す」

 へ? と顔をあげる。「任務? ですか」

「そうだ」

「位階は?」

「無論そのまま」

 わからない。言葉がつながっていない。私を処罰するのではないのか。

「貴様は兵部卿宮とともに、敵陣の偵察を行え。可能なら敵の設備を破壊せよ」

 おそらく私は目を丸くしていたであろう。それくらい驚く要求である。

「しかし、なぜですか」私は言った「なぜ宮様にそのようなことを、そしてどうして私なんですか?」

 薫御前はため息を付いた。そして答えを返す。「神祇伯だ」

「戦果を上げた手前、奴を昇進させぬ訳にはいかない。だがすでに従三位、私と同格だ。お前がなんとかして宮様に手柄を立てさせぬ限り、奴の増長は止まらない」

 なるほど。

「貴様は確かに罪人、だが宮様を輔弼できそうな人材は他には乏しい。これは、兵部卿宮たっての発言なのだ」

「宮様の?」

「そうだ。貴様の狼藉について聞いたとき、貴様を車裂きにしようか、はたまた磔が良いかと考えた。そこで兵部卿宮に相談したところ、貴様を生かして、自分の下につけるようにとの仰せであった」

 なんど! みどりさんが助命を乞うてくれたのか! あんな態度で、私を平手打ちしておきながら! ああ、これがツンデレとかいうやつか? いや、それ以前に過激すぎるだろうこの女は。ふとももすりすりで死刑とは。なながなんでも釣り合わない。

「他の人間の指名はしていない。貴様は下につけたいというのが、宮の仰せなのだ」

 ああ、みどりさん、ありがとうございます、目の前の過激なドS女から私を守ってくれて! わたしは心の中で涙を流す。

「であるから、貴様は命をかけ、宮様の盾となり、任務を遂行せよ」

「はい!」わたしは歓喜のあまり敬礼をした。

「ならばよい」薫さんはふふっと笑った「ではすぐに準備にかかるように。ヘリコプターを使え。敵への威嚇にもなる。操縦する人員は用意できてある」

 そして東の山を指さした。

「ヘリコプーを使い太龍寺山に登れ。そして敵の現状を把握し、可能なら敵を混乱せしめよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る