2 お前、偉大なる精霊って知ってるか?
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ドラえもんがのび太君の前に突然現れたのと同様に、ココペリも僕の前に突然現れた。学校に通わなくなり始めた当初、親を心配させまいとかそういう深い意味を持っていたわけではないが、僕は学校に行くふりをしていた。まぁ、それがばれた今は成績が下がっていないという理由で黙認されているので、あまり意味はなかったのかもしれない。意味がなかったと言えば、学校に行かなくなったことにも、特別な意味や理由はない。なんとなく行かなくなった。
初めのうちは学校に行かず、美術館に行ってみたり、博物館に行ってみたりを繰り返していた。それに飽きると、電車に乗り、学校がある駅を通り過ぎた知らない町に行ってみようと思った。だらだらと乗り、なんとなく下車し、知らない駅の近辺を散歩する。
知らない町は新鮮だった。自分が訪れなければ、そこは僕が一生知るはずのない場所なのだと思うと、この行為がとても有意義なものなのではないかと感じられた。
知らない商店街があり、知らないパン屋があり、知らないスーパーがあり、知らない人たちの生活がそこにはあった。ただ、なんとなく寂しくもあり、不思議な憤りを感じる。
ある日、僕は電車の中でぐっすりと寝てしまい、随分と遠くまで行ってしまったことがあった。車窓からの景色には突き抜けるようなビル群がなく、代わりに畑や田んぼが点在している。車窓が一枚の絵画だとしたら、そのキャンバスの大半は鮮やかな緑色だ。
僕は適当な駅で下車し、近辺を歩き回った。口にすると陳腐だけど、空気をおいしく感じた。店や人が少ない代わりに広がる田畑や、それらを囲む林や森がなんとも長閑だ。喧騒とは無縁で、ただ生きるための場所であるように感じた。普段乗っている電車の線路の先に、こんな場所があったのかと思うと感慨深い。
そんな悦に浸りながら歩いていたら、声をかけられた。
「おい、お前。こんな時間にどうしたよ? 学校は?」
低く、威張ったような口調だった。
面倒な大人に捕まった、と思いながら心の中で舌打ちをし、僕は用意している言い訳リストの、「具合が悪いので早退」か「創立記念日でお休み」か「午前中授業」のどれにしようかを考えながら振り返る。
しかし、振り返った先に人影はなかった。胸を撫で下ろす一方で、先ほどの声が何だったのか不安がこみ上げる。その不安を見透かしたかのように、再び声がかけられた。
「ここだ、ここ。下だ」
僕は声のした方、つまり地面を見た。
息を呑み、言葉を失う。
そこにはエメラルドグリーンに近い鮮やかな色をしたトカゲがいた。昔、友人の家でイグアナを見たことがあるが、それに近い。だが、決定的な違いがある。そいつは人間のように二足歩行をし、左前足、つまり左手に何やら長細い筒を持ち、右前足、つまり右手を僕に向けて振っていたのだ。
「私を見下ろすんじゃない」
「すいません」
僕は反射的に謝罪するのと同時に、目の前の生き物が喋っているのだと認識した。頭を上げて彼を見る。トカゲであるのに、二足歩行をしている彼の目は、僕のイメージしている爬虫類の冷たく鋭いものではなかった。双眸はどちらも黒真珠でも入れているかのような、黒々としたつぶらな瞳をしている。
「お前、偉大なる
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