一章 巻き込まれたモブ

1話 『モブの転機』

 少女の放つ黄金色の光が優しくビンセントを包むと、背中に刺さっていた矢は消滅して痛みも消えていく。謎の少女がビンセントに近づいた瞬時に起きたことで、死体運びの男はおろか回復魔法を受けた本人であるビンセントにも、何が起きたのかが理解出来なかった。分かった事といえば、満身創痍だった体が元に戻り、痛みもなく起き上がれたということだ。


「おー! よかったなぁあんた! 死なずに済んでな」


 死体運びの男もそれには驚いた様子で、何はともあれビンセントが生きていたことを喜んだ。


「おじさん、助け呼んでくれてありがとう」

「いやいいよ。それより、助けた本人に礼を言いな」


 死体運びの男はビンセントの礼をそう言って返すと、新しく運ばれてきた死体の元へ向かった。それはもっともなことなので、ビンセントは軽く会釈をしてから目の前のフードを被ったローブ姿の少女に目を向ける。ビンセントには、いや、目撃者全員にとっても謎だらけな少女であった。さっきのビンセントを治した回復も、彼の知っている回復魔法ではなかった。

 ビンセントが知っている一般的な回復魔法という魔法は、人体を活性化させて、身体の再生を施す魔法であり、回復したとしても止血程度の回復力なのだ。さっきのように、一瞬のうちに傷が治り、満身創痍の状態を全快できるような万能な魔法ではないはずだった。更に不可解なのは、生きている者ならば頭の上にレベル表示が見られるはずだが、少女の頭上をいくら集中して凝視しても見えない。少女に対してのビンセントや周囲の疑問は絶えず、何者かが分からない謎の少女であるが、何者であれ命の恩人であるので、ビンセントはその少女に礼を言って感謝する。



「ありがとう。さっきのは回復魔法なのか? いや、すまない……礼をしたいが、今の俺ではなにもできない」

「ただの回復魔法なのでいいですよー。これも何かの縁です」


 少女はそう言いながら微笑んでいるが、ビンセントとしてはこんな子供がなぜ闘技試合に出場するのかが理解できず、思わず少女に聞いた。


「君、いや、あなたも出るんですよね、コロシアム」

「はいでますよー」


 目的は何であれ、ここにいる以上はやはり出場者なのだ。

 さっきの異常な回復を『ただの回復魔法』という少女が凄い魔法使いなのは、ビンセントとて分かるが、こうも若い容姿だと、一般的な人の心を持つビンセントとしてはどうしても心配になる。一人で勝手に心配になるビンセントは、少女のチームメンバーについても聞いた。


「闘技は何人で出るんですか? 」


 ビンセントの質問に、少女は微笑みながら言った。


「三人で出るつもりだったんだけど、一人で出ることにしたんですよー」


 ビンセントは笑顔でそう答える少女に驚愕した。


「ひ、一人……」


 コロシアムを一人で出場という事は文字通りそうなのだが、制度が決まってから一人で挑んだ者は一人もいない。

 いくらチームを決めるのが王国側だとしても、チーム戦闘技試合に一人で出場させるというのは無く、少なくとも、コロシアム最古参のビンセントが思い返しても前例が無い。


「そうですよー。仲間の一人がそこそこ有名人なので、ここに出ちゃったら色々めんどくさいんです」


 そんな無茶な試合が控える状況下、顔色すら変えない少女は、明るく綺麗な微笑みを見せていた。ビンセントは何も言う事ができずに、ただ黙って少女を見ていた。


「それじゃ時間なんで、私行きますねー」


 一人で闘うことに何の迷いも恐怖も見せない少女が、暗く細い地下通路を鼻歌を歌いながら行くのをビンセントはただじっと見つめていた。


 会場への門が開かれたことで、歓声の激しい声が控室にいるビンセントにまで響いてきたが、しばらく経つと何故か途絶え、控え室にいる周りの人達は全員気絶していた。


(何だこれは、何かがおかしい。あの少女は、彼女はいったいなんだ、何者なんだ?! )

 ビンセントは混乱しながら控室内を見回すが、いくら見てもビンセント以外の全員が気絶している。思わず枯れる喉を唾液も枯れているのに飲み鳴らすと、もう一度、恐る恐る地下通路を見た。


 長い通路の先には、コロシアムへと続く階段が見える。

 地下通路の門が自動で閉まり、閉まったと同時に試合が開始される。門が完全に閉じて試合開始と同時に、コロシアムから重く低い音が響いた。


 ビンセントが控室から見た物とは、コロシアムの闘技試合場に続く長い通路の天井と門が崩れて日が刺し込め、地上が見えていたという異常な光景だった。

 理解できない状況下、何故かビンセントは無心で会場に向かって駆けた。そこで見たものは、コロシアムの闘技試合場と観客席を綺麗に分断された状態で、ビンセント達がいた地下より深く沈んでいるクレーター状の破壊跡だ。その光景は砂埃一つなく、不気味なほど静かでクリアにビンセントの眼には映る。


 クレーターの中心では、ビンセントの傷を癒した少女が浮いていた。

 観客席の貴族や高民は、全員控え室にいた人達同様に気を失ってるようで、試合の時のような騒ぎは一切なく、静かだった。


「王様ー。私、覚えてますー? 」


 この状況で少女は、クロイス国の現国王であるクロイス二世に向かって叫んでいた。


「だ、誰だお前は、何者だ、この力は……」


 国王であるクロイスは動揺している、ビンセントの傷を治した少女は、どうやらバケモノだった。


「私ですよー。勇者ルディ一行の賢者ですよー」


 そう言いながら少女はフードをめくり外したが、クロイスとビンセントは驚きのあまり開いた口が塞がらない。

 魔王討伐後に勇者一行の中で世に名が出て広まったのはルディただ一人で、限られた王族でもなければ、勇者一行メンバーと知って、ルディ以外のメンバーに会うことは無かったのだ。


「エ、エリスか……お前、何しに来た……」


 元勇者一行メンバーの賢者、エリスと名乗る少女の顔を見たクロイス二世は、彼女の存在に顔が青くなり、脂汗をにじませながら不満を満たして見下ろした。


「ルディは、生きているのか……? 」

「いきてるよー。ていうか、ルディが死ぬわけないでしょー」


 クロイス二世はすぐにでも逃げられるよう、観覧玉座の後ろに回ってエリスを警戒しながら叫ぶように彼女に聞いた。


「いや、それよりもだ、何しに来たんだお前は」

「私達のアイテムを返してもらいにきたのー。もう少しで必要なのよねー」


 エリスの緩く、ふわふわとした口調の一言一言がクロイス二世を刺しており、その表情は真っ青になっていく。


「……だめだ」

「えー、だめ? 」


 エリスとクロイスの問答の中、何処からともなく現れた大臣は真っ青なクロイス二世を見ると、大臣はクロイス二世の耳元に口を近づける。


「――王」


 大臣が何やらクロイス二世に向かって言葉を伝えると、クロイス二世の態度が豹変した。


「エリス、この話は今夜するとしよう。それまで待つのであれば、渡そう」

「渡すじゃなくて返すだよー。……それに、条件付きだったよな? 」


 ただ傍観するビンセントには状況が全く理解できないが、エリスの口調が一瞬変わったかと思えば、豹変したはずのクロイス二世の表情も、さっきまでの真っ青な顔に戻った。


「きょ、今日の闘技試合は、これにて終わりだ」


 逃げるようにクロイス二世はその場を急ぎ切り上げ、大勢の観客共をそのまま放って大臣と共に引っ込んでいき、その様子を見てエリスはニヤリと笑っている。


「もう夢を見るのも終わりだよ」


 エリスは小さく呟いたが、通路を逃げる様に行く後姿が小さくなるクロイスと大臣の二人や、ビンセントには聞こえなかった。


「ゆ、勇者一行の一人……」


 ビンセントはエリスを完全に恐れているが、元勇者一行のメンバーに会えたことに感動もしている。


「おや君、意識あるんだね。さっきの回復魔法で耐性でも付いたのかな。君の名前は? 」

「俺は、俺はビンセント・ウォーって言います。あの、あなたは……」

「エリス=エデン。エリスでいいわよビンセント君」


 崩壊しているコロシアムの中、恐縮の極みを感じるビンセントは元伝説の勇者一行の一人『エリス』と出会った。


「まぁ、こんな所でもなんだし、街戻ろうかー。あ、そうだ、片付けないとね」


 エリスが指を鳴らすと、崩壊していたコロシアムは時間でも戻されたかのように元に戻り、観客は意識を取り戻して、虚ろな顔で何事もなかったかのように帰っていった。


「エリスさん、コレはいったい……」

「このままだと色々面倒だしねー、壊した物は直して、都合の悪い記憶には消えてもらったよ」


(いったい、何が起きてるんだ?! )

 ビンセントの理解の範疇を遥かに超える事を繰り返し行うエリスに、これがあの魔物の王を屠る勇者のメンバーの力なのかと、憧れも強く思うが、やはり恐れを感じていた。

 ビンセントとエリスは共に控え室まで戻り、エリスは何かを思い出したようにビンセントに言った。


「あ、そうだ。そういえばビンセント君。今回の報酬受け取らないとね」


 ビンセントはあまりに衝撃的な事が連続で起こるので、自分の生活の糧である闘技試合の報酬のことを完全に忘れていた。


(そういえば、俺は負けて死んだ事になってるんじゃないか? 報酬が貰えるのか分からないが……)

 ビンセントが心の中でそう考えていると、


「あー心配しないでいいよ。私も付いて行って、ビンセント君が報酬貰えるようにするから」


 エリスがビンセントの心の考えに答えるように言った。


(心読めるの?! )

 ビンセントは不意に心の中で驚くと、それを読まれたかのようにエリスに笑われた。微笑みというよりは爆笑していた。


【サラスト区役所】

 クロイス国は政策として国内でいくつかの区間に分割しており、サラスト区はその中でも国の中央区間である。各区間には王国政府の決定を国民に伝達して政策をする区役所という行政機関が存在する。


 エリスはビンセントに付いて行き、城の近くにあるサラスト区の役所に入った。


「エリスさんすみません、こんな事までやっていただいて……」


 ビンセントは、エリスに対して恐縮をしながら感謝をした。


「いいよいいよー。それにせっかく闘って生きてるんだから、貰える物は貰っとかないと」


 エリスはそう言うとコロシアムの時と同様に指を高く鳴らした。すると周囲は再び虚ろになり、行列ができていたカウンターからは人が散り散りに引いていった。


「さ、ビンセント君早く報告しよう。他の人もいっぱいいるし」


 ビンセントとエリスは多少申し訳なさそうに人を掻き分けカウンターにまで向かった。


(エリスさんありがとう。だが、周りの皆、すまない)

 虚ろな顔をした館員がカウンターに座っており、ビンセントはその館員に今日の試合報告をした。


「今日の第二試合に出場したビンセント・ウォーです。チームNo.9702、出場No.103721、他のメンバーは戦死しました」

「あ、あーあ、あビン、ビィンセントーウォーあ、さんでふねぃ」


 明らかに館員は普通ではなく、その状態のままビンセントという名前を、狂ったように繰り返し言った。少し困ったようにエリスは溜息をつくと、館員の頭に触れた。すると――


「ビンセント・ウォー様ですね。第二試合お疲れ様です。御生還おめでとうございます」


 表情に変わりはないが、先程までとは別人のように流暢に話し始めた。館員はそのまま、まるで何事も無かったかのように話続けた。


「ビンセント様チームNo.9702、六名のから五名へ人数の変更、チーム平均Lv25.2、

対戦相手チームNo.97044人数四名、平均Lv33生存者0……、確認が取れましたので一分程お待ちください」


 館員はビンセントにそう伝えると、書類をかき集めて計算を始めた。三十秒程で書類は作成され、ビンセントに提示された。


「今回の報酬金額がこちらになります」

『百三十九万三千七百四十 Gゴールド

「こちらの金額は、税、個人評価額、チームレベル差、人数差、生存人数等が考慮された金額です。

それではこちらの書類へサインをお願い致します」


 ビンセントは館員に言われた通りに金額の載った紙にサインをした。


「それではこちらが報酬金になります。ご確認ください」


 ビンセントは報酬を現金で受け取った。この役所のやり取りが、クロイス王国における闘技試合終了後の手続きであり、普段のビンセントはマナーを律義に守って列に並び、何度も繰り返してきた手続きである。


「またのご利用お待ちしております」


 虚ろの顔のままの館員はビンセント達に挨拶とお辞儀をして見送った。


「終わったわねー、それじゃあ行きましょう」


 手続きの終わりを確認してからエリスは再び指を鳴らし、周囲の虚ろの表情や動きは元通りに戻った。

(生き残ったの俺だけだったから、かなり貰えたな……皆すまない、ありがとう)

 ビンセントがそう心の中で思っていると、エリスはビンセントを横目に見て微笑み、二人はサラスト区役所を後にした。


【クロイス王国城下街】

 役所を出てからというもの、ビンセントは行く当てもなかった為に、そのままエリスに付いて行きクロイスの城下町を歩いていた。


「ところでビンセント君、あなたも何かアイテムの為に闘ってたの? 」

「いや、俺はただ暮らす為に……」

「へー、でもコロシアムとかで暮らすって、よっぽど強くないとすぐ人生終わっちゃうよー? 」

 ビンセントの答えに少し困ったように言うエリスだが、そのことはビンセントも深く考えていた。

しかし、戦い以外の他の生き方に目がいかなかったし、今のビンセントには分からなかった。

「あの、エリスさん」

「なにー? 」

「エリスさん達が魔王を討伐して魔物がいなくなったわけですが、それからどうしてたんですか? 」

「どうしてたって何だろ、暮らしとか? 」


 ビンセントは勇者一行が戦後に金で困るところが想像できないが、それでも勇者一行のことを聞きたくてエリスに聞いた。


「魔王やっつけた後はねー、『グローザキース』にルディが報告しに行ってー」

「『グローザキース』って、世界で一番大きな国ですよね」

「そうみたいねー」


 グローザキースという国の名は聞いたことはあるが、ビンセントはクロイス国とその周辺を拠点にしていた為によくわからなかった。戦争時代には魔物の討伐で遠征もしたが、報告の為にすぐこの国へ帰ってきていたからだ。行ったことのない国の話、それも勇者一行の賢者エリスからの話である。

ビンセントは昔に感じた少年の日のような物を思い出して感じながら、エリスの話を心躍らせながら聞いていた。


「それからねー、世話になった所や大きな国へと順番に報告していったよ。もちろんこの国にもね、大きい国だと情報広がるの早いしね」

「ギルドから知らされました」

「だよねー。それで私達三人は色々国から貰ってねー。お金や権利とかもね、国間とか宿泊とか、嬉しかったのは拒否権とかだね。他にも義務を免除されたり、色々だよー。まぁ、その前の魔王討伐の証拠ってのがめんどくさかったんだよねー、皆疑り深くてさー」

「そうだったんですか」

「うん、それでねー、魔物についてやたらと詳しい国があってねー、まぁ『ここ』なんだけどさ。証拠にね、魔王の体をもってきてくれーって言われたのー」

「……えっと、はい」


 クロイス国が魔物に詳しいという点は、戦時中に瀕死の魔物を運んで、研究協力として報酬を貰っていたビンセントにも心当たりがあった。しかしその運んだ魔物の瀕死体がどのような研究に使われていたか、そもそもどのような研究をされていたかを知ることは無かった。

 ビンセントは何か嫌な予感がする中、エリスの勝手に進んでいく話に必死について行こうと耳を傾け、頭を出来る限り回した。


「でも魔王やっつけたら魔王がバラバラになってー、装備品みたいになっちゃったの。で、私がその時に手に入れたのがこの国に貸してあげた『カースガントレット』でー、それからお気に入りでね、ずっと着けてたんだよねー」

「あの、エリスさん? 賢者ですよね、なぜガントレット」


 一般的に賢者というのは魔法使いや僧侶の上位の存在であり、あくまで魔法を使う職業なのだ。

それも通常接近戦で闘う戦士などが装備する物であり、一般的な魔法使いはそもそもガントレットは装備の相性やステータス上の数値で装備できないことをビンセントは知っており、一般的にも知られている。

 賢者であるエリスがガントレットを装備していたということに、理解できないでいたあくまで一般人であるビンセントだが、エリスの一言、


「……かっこいいから? 」


 エリスの言った、『かっこいいから』という一言で、ビンセントは目の前にもいる勇者一行のメンバーは、通常の常識を超えた存在なのだと思うしかなかった。


「そんでガントレットを持っていって、これですかー? ってクロイス二世に見せたの。そしたらなんか、それだ、その一式の装備を譲ってくれたら信用する。みたいな事を言ったんだよ。私は譲る気なかったんだけど、ルディがめんどくさがって、全部貸したんだよねー条件付きで、一つ除いてだけど」

「ルディさん、めんどくさがり屋なんですか…」

「そうなんだよー。それで世界は平和になりました、という感じに情報が広がって、めでたしめでたしになったかなと思って、権利使いまくってまた三人で旅してたんだけどね」

「旅ですか、冒険心をくすぐられますね」

「おー、だよね。それで最近思ったんだけど、やっぱりクロイス二世頭おかしいよね」

「クロイス国王ですか……」

「そうよー。なんか企んでると思うんだー」

「あの闘技試合も、ただの暇潰しじゃないと思うよー」


 今日ビンセントは実際、クロイス二世の命によって殺されかけた。ただそれとは別に、この国の悪いモノを今のエリスの言葉で感じた。


「ビンセント君に忠告。闘技試合は辞めた方が良い」


 さっきまでのエリスのイメージと違う、緩く軽い話し方ではなかった。


「仕事なら別のしなよ。生贄になるよ」


 真に迫るような語りは、ビンセントの耳だけではなく、ビンセントがずっと疑問を考えるような場所にも響いていた。エリスの言葉に、何も言い出せないビンセントだが、エリスはまた軽い喋り方に戻った。


「でもまぁ色々言ったけどさ、この国今日の夜で終わるからねー」

「……あの、エリスさんそれはどういうことですか」


 軽い話し方でとんでもないことを発現するエリスを、ビンセントはもはや理解できず、考えても無駄だった。

 数年ではあるが、今まで過ごしてきたこの国が今夜で終わる。この人が言うということはそうなるのかと、考えるよりも先にビンセントは感じて、微かな確信をおぼえた。


「そうだねー。ここまで色々喋ってきてなんだけど、教えられないよー」

「俺、このままついて行っては駄目ですか? 」


 何も分からない中、ビンセントの口から出た言葉は本心だった。恐ろしいからか、好奇心からか、ビンセントは自然に付いて行きたいと、エリスに向かって言っていたのだ。


「うーん、私だけじゃ決めらんないなー」


 歴史に残るであろう偉人に対して、ただの一般人所謂モブが付いて行きたいと言って返ってくる答えなど知れている物。分かりやすく言えば、『ビンセントがなかまになりたそうにこちらをみている! 』だ。ただの一般人が、伝説の勇者一行について行けるはずがないと、ビンセントは心の隅にだが、決して忘れずに思っていた。そしてビンセントは密かに『さびしそうにさっていく』準備を心の中でしていた。


「じゃあとりあえずメンバーに会ってもらおうかな」


 だがエリスの返した言葉はその場での即答成る否定ではなく、メンバーに合わせるという事だった。ビンセントはもはや深く考えるよりも、成り行きに身を任せるようにした。それはそう、『ビンセントはうれしそうにばしゃにかけこんだ! 』というような嬉しさもあるが安心感もあるそんな心情だろう。


【城下街外れの酒場 フラン】

 周りは陽気な音楽が流れ、皆楽しそうにしている、しかしビンセントは静かだった。


「ふぅ、この一杯」


 エリスは若そうな容姿に似合わず、しんみりとした言葉を漏らした。


「メンバーだけどね、もうすぐ来ると思うよ。わかりやすい場所にしといたし」

「あの、さっきの話なんですけど」


 ビンセントはクロイス国がどうなるのか、エリス達勇者一行は何をするのかを興味や恐怖を紛らわすためにエリスに聞いた。


「どうするかって? そんなの、襲撃かけるわよ! 」


 酒を飲んでからというもの、エリスは今までのやわらかく緩いテンションから一転替わったとビンセントは感じていた。キリッとしたキレる目線に、片方だけ口角を上げてニヤリと笑うエリスからは恐ろしいワードも出ている。


「襲撃……、ですか? 」

「うん襲撃。めんどくさくなる前に。というのもね、さっきのクロイスの話なんだけど」


 エリスは姿に似合わない酒臭さをまき散らしながら、今現在でエリス自身がが分かっている状況をビンセントに語り出した。


「クロイス、というより大臣は、コロシアムの闘士たちを利用して自らが次の魔王になろうとしているんだ。クロイスみたいな器じゃ逆にアイテムに呑み込まれるのに、今更よくやるよね。 」

「魔王? 大臣やクロイス国王が? それに、闘士たちを利用して……? 」

「そう。あそこで闘い続けている闘士達は、皆魂が強力なの。根源となる恐怖心も、欲でも、ビンセント君だってそうだったんじゃない? 」


 ビンセントは生きるためにお金が欲しかった、存在できる場所も、ただひどく恐ろしくもあり、絶対に生きたいとも思っていた。そんな中、ただ漠然とした不安をかき消すためにビンセントは純粋に力を求め、魔物がいなくなった世界でも戦い続けていた。


「俺は、強く生きたいと思っていました」

「そういう強力な魂を持った人が死ぬと、それはさらに大きくなる。生き残ったらまた戦い、生き残ったらまた想い強くなる。その繰り返し、でも行きつく場所は同じ」


 エリスが話し続けると、ビンセントが更に静まったので、エリスは少し間をおいて話を続けた。


「……ビンセント君、今日死にかけてたけど、わけわかんない敵の増援に絶望したでしょ」


 ビンセントは言葉が喉をつっかえて、エリスに返事ができない。

エリスはビンセントの心をそのまま読み、そのまま続けることにした。


「クロイスは置いといて、大臣はビンセント君達とその相手を見てどちらの魂が強いか見てたんでしょうね。それでより強かったあなた達をどん底におとして、魂を増幅させたのよ。でもビンセント君は生きてるから、クロイスや大臣からしたら今日のメインディッシュが欠けたようなものね」

「……その魂ってどう使うんです」

「闘士達の死体をどうしてるかわかる? 」


 エリスの会話はビンセントには全てを理解することはできなかった。クロイスや大臣の存在が何者なのかなど、ビンセントが知る術はない。しかし、それらの分からないことは頭の隅に置いておけば、単純に自分の経験したことや知っていることは疑問にすることができ、何とかエリスの話についていけることができた。


「ただ単に処分するわけではないのよ、ビンセント君、クロイスの城に入ったことある? 」

「闘技の契約の時に少し、内部は全然わかりません」

「君も聞いた事あるでしょう、私達が集めてきた伝説級のアイテムっていうのを」

「……はい」

「それが城の地下にある宝物庫みたいな場所に一部の私達が貸したアイテムが保管されてるんだけど、だけどそういう物の中で、私たちがそこら辺の店で売っちゃったものがあるの。理由は聞かないでほしいけど」


 ビンセントでも勇者一行の持つアイテムには世界を変える程の影響力や力があることは噂程度には知っている。そんなアイテムをそこらへんで売ってしまったという事実はビンセントに衝撃を与えた。


「ど、どういう物なんですか? 」

「なんかごめんね」


 エリスはビンセントの心を読んで申し訳なくなったのか、苦笑いをしながら謝った。


「神様が闇を理解すべく創ってしまったとされるもので、魂を蓄えられる水なのよ」

「魂を蓄えられる水……」

「まさか、闘士達の死体からその、魂を抜き取ってるんですか」

「そんな感じね。めんどくさいことにその水、言い伝えによるものだと神様と闇世界を創り、闇は世界を占領し始めた時には存在しているアイテムだから、私たちが倒してきた魔物達の魂も入っているのよ」


 エリスの話を聞くビンセントは、そのアイテムがクロイス国周辺にいた全ての魔物の魂を吸収していることを想像して驚愕した。


「この国の魔物の研究って……」

「昔のクロイス王国直属ギルドの依頼であったわね、それで魔物の魂を収集していたということ」

「この国がどうやって『水』を手に入れたかはどうでもいいけど、……いやうん、知ってるし。いや、そのなんだ……、すまない」


 エリスは少し冷や汗を掻きながらビンセントから視線を外し、眼を泳がせて、またいかにも作ったような苦笑いを浮かべた。


 二時間経過した現在、エリスは苛立ってる。というのも、メンバーが全然来ないからだ。そんな時、酒場の店内にシルクハットをかぶった男が入ってきた。


「やばいやばい、これは、うん。間違いなくやばい。エリスに殺される……。いやしかし、酒を飲んでないかもしれないし、いや、でも……」


 男が小言をひたすらに呟きながら周りを見回し、ビンセント達の方に視線が向くと、そそくさと歩いて行った。


「とりあえず……、陽気にふるまって……、謝ろう」


 謝る対象が、ビンセントにも大よそ察しが付くが、小言がその謝罪相手にもおそらく丸聞こえである。


「ハーイッ!おやおやおやおやエリスさん!――」


 ビンセントとエリスの近くまで来た男は、この席から離れた店の入り口でも良く見えるほど高身長であり、ビンセントと比べてスラリとした細い体の持ち主だった。そんな男が、わざとらしく時計を見て、これまたわざとらしい表情を作った。

 この段階で男は五回、表情の確認のために視線をエリスに向けたが、その度にエリスの表情が引つっている。


「お――っと!こ・れ・は、イケない! 待たせて悪かったねエリス! ハッハッハッハッハ! 」


 エリスは席を立ち、彼女の背丈では届かないような高さにある男の頭を、飛び跳ねて一瞬のうちに掴み、テーブルへと叩きつけた。この間、ビンセントは瞬き一回の時間もなく、ただじっとそんな光景を見ていた。


「クソおせぇぞノォース! 」


 この瞬間だ。頭がテーブルを貫通したと同時に、ビンセントの中でクロイスや大臣などあまりよく知りもしないことなどどうでもよくなった。本当に恐ろしいのは目の前にいて実感ができるエリスだ。


「ヴ……グフッ」


 このやり取りを見るからには、遅刻の報いを受けてテーブルの一部となった男が、勇者一行の一人のようだとビンセントは感じた。


「お前が遅いから悪いんだろうが! 何時だと思ってるんだお前、クロイス達が動き出してるかもしれないだろ! 」

「わ、悪かったよ、本当に迷ったんだよ、この街迷路じゃないか」

「街の外れの酒場フラン。複雑な街路の迷路からは外れてわかりやすいところだろうが」

「方位もいっとくれよ……」

「……あ? 」

「すみませんでした」


 エリスは男をテーブルから引き抜いた。

 ビンセントが普段使っているような物理的な力なのか、賢者らしく魔法なのかは分からないが、とりあえず一瞬で風穴が空いた机は、エリスが何やら魔法を使って元に戻した。


「あ、ありがとうございますエリスさん。すみません……おや、この方はどなたで? 」


 男はどこからともなくシルクハットを手に持ちだし、席に着いてビンセントに話しかけた。


「あぁ、この人はビンセント君。いろいろ話してたらついていきたいって言うから」


 男は何故か少し納得をしたように頷きながら右手で自分の顎髭を触り解いた。


「ビンセント君、コレは『ノース・エンデヴァー』ただの商人よ」

「た、ただの商人って! ……まぁいいや」


 勇者一行のメンバーとしてイメージと違う、ずいぶん陽気な性格である『ノース・エンデヴァー』という人物を目の当たりにしたビンセントは、今までの茶番が面白かったのか顔が緩みつつ、それでも畏敬の念を片隅に挨拶をした。


「初めまして。ビンセント・ウォーです」

「初めましてビンセント君」


 エリスの紹介に苦笑を浮かべた商人『ノース・エンデヴァー』は、ビンセントと握手を交わした。

そのまま静かにしていればよかったのだが、ノースは話し始めた。


「エリスって酔いが逆なんだよなー。素面の時が酔ってるみたいで、酔ってるときが素みたいなさ。ね、ビンセント君はどうおも――」


 ノースの方をじーっと微笑みかけているエリスから殺気がした。


「黙らないとお前の国燃やすぞ」

「すみませんでした。勘弁してください」


 エリスの脅しはビンセントが経験したものと比べて規格外のようだが、『お前の国を燃やす』というエリスの脅しの通りにノースはどこかの国の王で、やはり偉大な存在なのだとビンセントは二人を遠い存在を見るような目で見つめるしかなかった。


「あぁもう時間ないよ。もういいや、いこ。ビンセント君もついてきて」


 エリスは席を立った。そしてビンセントの手を引いて酒場を出て行ってしまった。店から出る時、ノースがエリスの酒代を支払う音が聴こえる。店の戸が閉まると、店の中の賑やかな音も、この三人からは遮断された。

 夜の涼しさが気持ちよかった、それでいて静かだった。


「よし、じゃあクロノスを襲撃しに行くわよ」


 静かな夜、空気もさらっとしていて、とても気持ちのいい夜風に吹かれながら、ビンセントは勇者一行と共に国王を襲撃しに行くことになったことは、どうやら決定した。


「エリス、ルディが一応向かってるけど」

「え? 城に? 」

「うん」

「それなら、もう終わってるかな」


 しばらく街に向かって歩く途中、ノースからの報告を受けたエリスは遠くに見える城を見て首を傾けた。そして悟ったように苦笑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る