モブの元RPGの進め方

O.F.Touki

プロローグ

『エンディングから二年後』

【始まり】

 二年前と違い、今の世界は平和である。

 魔物との戦争で、人やエルフ、精霊に至るまで多くが死に絶え消滅したが、人類達は魔物との戦争に勝利した。


 人を脅かす強大な魔王と魔物達は、伝説の勇者とそれに続く勢力により討ち取られた。

 人類が戦争に勝利した後も、残党狩りという形で残る魔物は次々と討伐され続けた。勇者一行の存在で士気と勢いが極限にまで高まっている人類の討伐により、全ての魔物が姿を消すのに大した時間はかからなかったのである。


 勿論、戦争で崩れた地形や、まだ跡が残っている村、崩壊寸前だった街や国も沢山あったが、勇者一行の賢者の元に集った、有力な賢者達により、破壊された世界の復興が行われた。

 そして、その復興も終わり、人々の喜ぶ顔が町に溢れかえった。


 復興後の世界は遅かれ早かれ、少なくとも人類は文明を蘇らせて動き出した。

 ギルドに所属していた者、軍に所属していた者から一般冒険者も、時代の流れに乗り遅れんと行動をする。剣や斧を捨てて鍬を振るう者もいれば、包丁を操って料理人になる者もいる。


 今まで野を歩いて旅に出るのも命がけだったが、魔物という脅威が無くなった為に、世界の大地では旅商人が行きかい始めた。個人の話だけではなく、大きな話で言うと国も変わってくる。


 この国『クロイス王国』では国王の命により、元魔物討伐の小隊や元ギルド戦闘隊員での闘技試合が行われており、闘技の日時や対戦相手は、主催者である国の側の実質管理責任者である大臣や国を支える有力貴族達が決定する。

 この闘技試合は、出場が決まれば後は強制参加となる。命に背いた者は多くいるが、その者達はこの国から存在が消えることになる。一人の男は命に背くことを決意し、公の場でその意思を発言したところ、出場する予定だった翌日の闘技試合には出場せず、元々いない者とされた。噂では、そんな彼を前日の月夜に、複数人の何者かが城の中に連れ去ったのを目撃したという話があり、闘士達の間では言葉せずとも皆そのことを肝に銘じていた。


 そう、ここクロイス国の一部は平和ではない。

魔物という脅威は去ったが、一度闘技に参加した者達からすれば自己責任とはいえ、脅威の対象が人ならざる者から人に変わっただけなのだ。そんな国で、一人の男が後十六時間後に国内の『見世物』となる。無論そんなことを言えばどこへともなく連れていかれて消されるのだろう。


 見世物の名前は『ビンセント・ウォー』紺色の短い髪を、狭い路地を通り抜ける風にふわりとなびかせ、碧眼はいつもの通り曇っている。

 人が世界を制しているこんな時代の中ではあるが、日常で戦いを繰り返しているせいか、服の上から筋肉が浮き出る程の体を自然と保っている。


 ビンセントは現在国に雇われた剣闘士だが、二年前まで冒険者だった。流れた先、滞在していた村を魔物に滅ぼされてからという物、一人どこへともなくさまよい歩く。戦場の跡を通った時、倒れている人間兵士やエルフ兵士の死体から、剥ぎ取り残っていた剣と軽鎧を盗って身に着け、村や街からクエストと呼ばれる依頼仕事を受けると魔物を討伐していた。

 手に入った少ない報酬金でその日を食ってしのいでいく生活が続く。一人でやっていくなかで少し寂しいと思い、酒場で共に行動をできる冒険者を探していると、四人の仲間と出会う。しかし、全ての人間やエルフが皆ビンセントの様に、魔物と対峙できるような戦闘能力を持っているわけでもない。五人のパーティーで酒場から魔物討伐に出て、ビンセント以外の仲間は出発してから五時間で死亡。魔物は強かった。


 魔物がうめるような世界であったが、ビンセントはそれなりの戦闘能力があるため、力を駆使して魔物を倒して生活していく。

 魔物を討伐しながら旅を続けるなか、ビンセントはクロイス王国にたどり着いた。クロイス王国の魔物討伐の報酬金は他の所より高値で、彼はそのままクロイス王国を拠点にして活動をすることになった。


 魔物討伐のギルド報酬とは別で、その場で魔物を殺して消滅させるのではなく、魔物の核だけを残して消滅しないようにした後にクロイス王国にその瀕死体を運び込むと、魔物の研究協力として基本報酬とは別で多くの報酬が貰えた。そんな生活を一年間続ける中で発せられた速報、ギルドからの知らせが国中に響いた。


『勇者ルディ・ノルン一行が魔王を討伐。魔物の残党狩りをせよ』


 ギルドの知らせは世界の国々に伝えられ、人々は手に武器を取る。

 勇者に続きギルドの部隊や軍も勢いづき、魔物を蹂躙していった。それから残党狩りはすぐ終わり、賢者達が街を復興させていった。戦争終結後、勇者一行はまるで神の様に崇められ、勇者は連日国々を回ってパレードの中心で、人の視線と歓声を浴びることになる。だが勇者本人以外のメンバー二人は望んでか、一般人に顔や姿を見せる事は決してしなかった。


 戦争終了後、徹底的な残党狩りを行って世界は平和になったが、それを生業としていた者たちは困り果てる。それは魔物討伐の報酬で暮らしていたビンセントも同じで、今後どう生きようかと困り果てていたその時、彼の目と耳にクロイス王国の闘技試合という情報が入る。闘技試合に出れば多額の報酬が出るというのだ。勝ち続ければ勇者ルディ一行から提供された伝説級の不思議なアイテムも報酬として手に入るという情報は、クロイス国内を賑わせ、国内に留まらず、地と海を渡って他国にも情報が行き届いた。

 情報を手に入れた『元冒険者』、『元戦士』達はクロイス王国に集まったが、一回参加したら抜けられず、王のパフォーマーとなる事は契約時に知る。契約を踏みとどまって闘士にならない者もいれば、勢いと熱が勝って即決契約をする者もいた。しかし契約している人の目は、現在のビンセントと同じく曇っている。


 ビンセントは夜道を歩いて一つの建物に入る。ここはコロシアム近くのレストランで、闘技試合前日は国に貸し切られており、一般客は入れない。闘士達は闘う前夜に仲間になる者達とここに集まり、メンバーを確認する事になっているからだ。

 明日ビンセントは五人のパーティーメンバーと共に出場して戦う。

ビンセントを入れて計六人だ。昨夜メンバーの人数と招集番号が書かれた手紙を国から受け取っており、その手紙を見ながら自分のメンバー席を探し出す。手紙の番号と、テーブル上に高く掲げられた看板に書かれた数字が等しいのを確認して、既に四人が座る席にビンセントも腰を掛ける。


 試合の前夜にパーティーの人達と初めて会う。ここで集まる時、稀ではあるが闘技試合で生き残った者同士、知った顔がいたりするが今回は全くの初対面だった。

 ビンセントは手に持った手紙と、自分の能力などを数値化させたステータスという物を表示させて、チームの顔それぞれを見渡して挨拶をした。


名前:ビンセント・ウォー 種族:人 職業:剣闘士

レベル:34.6 スキル:1559

:筋力 1000/230 :歩術 1000/112 :剣技 1000/253

:体力 1000/307 :料理 1000/4 :耐性 1000/40

:俊敏 1000/130 :掃除 1000/20:美容 1000/58

:制御 1000/327 :隠密 1000/78


「ビンセント・ウォーだ。元冒険者で剣を使っていた。闘士になってからも剣を扱い、ステータスに載っているように剣闘士として参加している。戦い方は接近戦を得意としている。宜しくな」


 簡単な自己紹介をしてから、残りの四人のメンバーも同じように手紙とステータスを見せながら、ビンセントやメンバーに挨拶を返した。

 簡単な自己紹介を終えて、後一人メンバーが来ていないが、レストランのウェイターが料理を運んできた。


 メンバーが一人足りていない中、五人でテーブルを囲んで何度目かの最期の晩餐が開かれる。手紙では一人除いて平均Lv.20前後と記載されていた。回復魔法を使えるヒーラーが二人、武闘家が一人、大盾を持ったガードLv.37が一人だ。

 暫く食事をする中、ビンセントはメンバーの能力を考えていたが、あまりにも遅いもう一人のメンバーのことが気になって仕方がなかった。


「そういえばもう一人がまだ来ていないが、どうしたんだろう」


 何気なく聞いたビンセントだったが、メンバーは浮かない顔をしている。暫く沈黙が続く中、女ヒーラーの口が開く。


「あいつ、自殺したんだよ。今朝」

「……そうか」


 こういう事が起きたというのは以前にも聞いたことがあるが、実際今までのビンセントのメンバー内で試合前に自殺が起きるのは初めての事だった。

 試合前の自殺、原因とするのは殺し合いが嫌であるのと、周りが平和であるのになんでまだ戦っているんだという、国と契約した自分を呪う自己嫌悪が極まった結果発生する事が大半らしい。


 ビンセントとしては確かに契約を切って平和を満喫したいと考えるが、なんと言っても剣闘士は給料が良い。死ねばお終いというのが引っかかるが、戦いに生きてきたビンセントとしては、剣闘士業が嫌と思う反面、心のどこかで安心を抱いているのではないかと、たまに思う事があるビンセントである。

 何とも言えない空気が、メンバーが自殺をしたというニュースを受けてテーブル上で沈黙が続く。ビンセントはもうその話題に触れないように心掛けた。


 沈黙を破る様に声が発せられる。聞いても反応はしなかったが、一番レベルの低い男ヒーラーが、ビンセントが触れないように心掛けた話題の事を能天気に喋り出したのだ。男ヒーラーが言うには、自殺したメンバーと女ヒーラーは知り合いだったとの事だ。わざわざ話さなくてもいい事を喋る男ヒーラーは、ビンセントを含む他のメンバーからも冷たい視線を浴びていた。


「私は大丈夫よ、でも明日の試合どうしましょう」


 知り合いを失った本人は健気にも話を戻し、明日の試合について考え始めた。

 女ヒーラーが提案をして、男のガードが作戦を追加、ビンセントはその作戦を考え直して提案しなおした。


 出された戦略としては、ヒーラー二人をビンセントを含む近接攻防ができるガードと武闘家が囲むという防御型で、あくまで攻めすぎず、相手が隙を見せたところで接近して、接近戦ができる者で敵を倒すというシンプルなものだ。しかしその作戦で一番心配なのは武闘家Lv.25だ。闘技試合で武闘家というのも珍しく、未熟な者がそのまま闘技をすることは自殺行為以外の何物でもない。魔法や特殊スキルであるオーラでも扱えれば敵の攻撃も防げるが、このレベルでは扱えない。武闘家がレベル関係なく、身体能力が優れていて俊敏ならば攻撃をかわしながら攻撃もできるが、その能力を持っているかどうかは、闘技試合当日でしかわからない。

 作戦をメンバーで共有しながら各々の想いを胸に、最後になるかもしれない食事を楽しむが、本当に楽しめる者は少ないだろう。楽しめる者は、本当の強者か脳無しのどちらかである。


 殺伐とした食事と会話が済むと、メンバー四人と別れて宿に戻る。明日十時にコロシアムに集まり、闘技同意書を強制的に書かされてから、闘技試合開始までの時間を過ごすことになる。ビンセント達の闘技試合は十三時に試合開始だ。

 宿に着くと、シャワーを浴びて明日の為にすぐベッドに入って睡眠をとった。


 闘技試合当日の朝、ビンセントの何度目かの死ぬかもしれない一日が始まる。

 昨日と変わらない平和な街路を通ってコロシアムに到着すると、その場で同意書を書き、昨日のメンバーと合流してコロシアムの控え室に行く。広めの控え室では、隅の方で午前中に闘った者達の死体が積まれている。


 この光景を見るのは何度目だろうか、ぼんやり見ていると気が付けば時間が過ぎて昼になっていた。昼になるが食事はとらない。なぜなら、闘技試合で知り合いが戦死した七人中四人が腹痛により動きが鈍り殺され、二人が戦闘中に吐いて隙を狙われ殺されたからだ。その為にビンセントは余程腹が減ってない時以外は食べないようにしている。しかしそう言っても食べるときは食べるのがこのビンセントという男であり、個人的な確実な取決め事は数少ない。

 因みに彼は今朝ミルクとハンバーガーとサラダを食べたが、そのミルクにより現在腹痛が生じている。


「すまない。ちょっとトイレにいってくる」

「いってらっしゃい」


 メンバーに一言断り、控室脇のトイレに駆け込んで暫く経つと、腹痛が治まり時刻は十二時五十五分となっていた。ビンセント達の闘技試合、出番が来た。


「よし、行こう……」


 ビンセントの腹の調子も多少戻り、慣れた手つきで軽い支給鎧を身に着けて、幾度と刃を交えた支給品の闘士剣グラディウスの刃を少し引いて覗き見ると一息つき、会場へ通じる細い長い地下通路を歩む。


 地下通路にも響き渡る程の、観客席から歓声が大音声で聴こえる。

 観戦している人々は、地位の高い人か、退屈している貴族達だ。そんな高族も低族も交わる会場の門が開かれ、地下通路から出場すると、熱を帯びた歓声はさらに大きく響き渡る。


 円状の巨大な会場で、段状の観客席は多くの人々が座っており、全方向から視線を受け、声を受ける。反対側の門も開けられると、対戦相手が出場して歓声が更に増した。

 対戦相手と初めてのご対面となる。


「……おー」


 相手は四人で、全員Lv.33の魔法使いだった。


(レベル差はあるが、やるしかない)

「だ、大丈夫よ、私の魔法だって、力あるから……」


 ビンセントは心の中で覚悟を決め、女ヒーラーも気負けしないために自身を奮い立たせた。しかしもう一人のLv.12の男ヒーラーは、実力差を感じない以前に、おそらくは対戦相手のレベルすら見ていないのであろう。


「あんな奴ら俺の雷魔法で消し炭にしてやるぜ! 」


 その自信はどこから出るのか、謎の自信で相手を挑発していた。それに比べてガードは落ち着いている。


「俺が攻撃魔法を防ぐ、安心しろ」


 昨日の作戦をベースにして、相手の魔法範囲を考えて防御陣形を維持したまま、有効な戦い方と接近手段を考えていた。大盾を持つガードは、雰囲気でも役割的にもビンセントがこのメンバーの中で一番頼りにしている人物だ。

 頼りになる男を見た後に左隣を見ると、不安要素たるメンバーは、男ヒーラーの他にもう一人いた。武闘家だ。彼は沈黙している。


(強者の沈黙というヤツだろうこれは、仲間を信じるんだ……)

 ビンセントは考えても仕方ないので、武闘家を信じることにして、昨日の作戦を再確認する。


「俺はガードと共にヒーラーを守りつつ、隙ができ次第武闘家と共にあいつらに近づいて斬る。ヒーラー二人は間を縮めすぎないようにしてくれ」


 ビンセントの作戦確認に答えたのは女ヒーラーとガードの二人だけだった。残りの二人は何を考えているのかもわからず、対戦相手をただ突っ立って見ているだけだった。

 暫くすると、コロシアム二面の通路の門がゆっくりと閉まる。ゆっくりと閉まり、重い音が響いて完全に門が閉まる。これが試合開始の合図だ。


「防御陣形のまま一気に接近するぞ! 」


 客たちの大声援や敵の殺気は完全に無視して動き始めた。ガードが出した状況判断の答えは、魔法使い相手に距離をとるのはまずいので、防御役が仲間を守って、一気に接近するという事だ。

 全くもってベタで普通の判断だが、その普通を出来るところが、幾度と戦闘を交えたことで生まれている落ち着きだろう。

そしてその普通が、連続で変化して現れる状況という物に対して一番いい対処方法ともいえる。


「おう! 」


 ビンセントも同じ事を考えていたので賛同して答え、ガードを先頭にしてなるべく早く走り出して、敵との距離を詰める。相手の魔法使い達は動かずに呪文詠唱しており、一人の詠唱が終わると、振りかざされた杖の前方から炎魔法が勢いよく飛び迫ってくる。


「俺の後ろに付け」


 炎弾はガードの大盾に砕き消えて、ガードは完璧に攻撃を防いでくれた。ビンセントの思う通り、ガードは非常に優秀だ。しかし武闘家は違った。作戦が頭になく、状況判断もできずに一人雄たけびをあげて、ガードに隠れることもなく突っ込んでいく。


「あのバカ……」


 武闘家が敵の魔法攻撃の速度に追いつく事も、ましてや避ける事も出来ないのは、ビンセントもガードも、彼を見て分かっていた。彼はまるでまわりが見えずにただ敵に突っ込んで、当たり前の様に、流れる様に敵が放つ炎弾が武闘家に直撃した。一発目で左側が吹き跳び、二発目で全身が燃えると、三発目が当たった頃にはもう体は無かった。残ったものといえば地面の黒い焦げ染みだけだった。

 早々死ぬことになったチームメンバーの武闘家だが、武闘家が囮となってくれたおかげで、ビンセント達は敵に近づけた。敵の魔法使いは、武闘家に魔法を使ってから後退していった。今は詠唱中で次弾はまだ撃ってこない。


「ハァッ! 」


 後退していく敵魔法使いと同じく、五メートル程後ろにいるビンセントは走り迫り、そのまま剣を振るう。

 重心をかけて振られた剣は、敵の首元から脇腹を通り、一人を袈裟に斬り裂いた。短い剣ながらも、刃は確実に敵を殺し、剣を操るビンセントは相応の返り血を上半身に浴びた。


 詠唱を終えた他の敵魔法使いがビンセントを狙ったが、ガードがタックルをして攻撃を防ぎつつ、大盾で一人の頭を砕き飛ばして倒した。

 しかし、何やら一直線上に高い音が響く。それに気が付いた時には、ガードは大盾ごと雷の矢で射貫かれていた。敵の魔法使いの一人が、ガードを破る為に後方で魔力を貯めていたのだ。


「迂闊、だった……」


 ガードは膝をついて崩れた。大きくダメージを負ったガードだが、一瞬の判断で魔法を避けたのか、小さな風穴が空いているが急所は外れていた。


「ヒーラー! 回復を! 」


 ビンセントが二人のヒーラーにガードの回復を呼びかける。しかし、返事は女ヒーラー一人だけだった。男のヒーラーらしき男はすでに、敵の雷魔法で燃えていた。

 駆け寄った女ヒーラーは、すぐさま回復魔法の詠唱を唱えた。ガードは女ヒーラーの回復魔法で止血をうけたが、かなり消耗している。


「私も攻撃にまわる、短期決戦がよさそうだから」

「……わかった」


 出場を繰り返しているビンセントは分かっている。対戦相手を当日知るという時点で、前夜に考える作戦がその通りになり、役に立つ方が稀である。

 作戦などあってないようなものだったのだ。結局は各々の能力で勝敗が付く。チームメンバーとは前夜にしか会えないという決まりも王国の指示だ。


 一体何の目的でこの試合を開いているのかをビンセントは知らないし、知ろうという気力もわかない。ただ生きる。それだけが今のビンセントだったのだ。

 女ヒーラーも攻撃に回るという提案を、ビンセントとガードは同意して、速攻で後二人を倒そう動き出す。そんな時、国王クロイス二世が大臣に対してなにやら命令を下した大臣は命令を受けると、弓士の五人をコロシアムの舞台に入れた。


「クロイスめ……」


 ガードが王に毒づくが、それをされている者からすれば毒づくのも当然だった。ビンセントも初めて見る狂った演出と光景。コロシアムの王族席の下の門が開かれて、弓士が出てくると彼らに向けて矢を絞っていたのだ。


「なんでよ、なんでこっちに矢を絞ってるのよ!? 」


 弓士の引き手が離され、矢は空を斬りながらガードに向かっていく。鎧の隙間をきれいに貫き、ガードは再び崩れた。親衛隊の弓士なだけはあり、腕がいい。特殊演出の光景を見て、状況が有利となった敵の魔法使い達も攻撃を再開した。

 ガードは敵の撃った魔法に、右腕を大盾ごと吹き飛ばされて血に伏した。魔法を撃った敵魔法使いに対し、女ヒーラーも魔法を撃ってその敵を消した。しかしそれと同時に矢がヒーラーに一本、また一本と刺さり倒れた。残りはビンセント一人。敵も一人だが、敵に弓士が五人増援でついている。


(どこが平和だよ。コレの……カミラ……クソが)

 矢がビンセントにも降り注ぐが、ビンセントは矢を斬り払って止め、その状況に客席からざわめきと歓声、そして称賛が鳴り響く。弓士は何度も矢を放つが、十本放ってビンセントに刺さったのは二本である。ビンセントはというと、矢の刺さったまま敵魔法使いのもとに駆けていき、絶望顔の魔法使いに剣を振り下ろしていた。

 ビンセントは結局、敵魔法使いの杖と腕を斬り落とし、眼前の敵を何度も何度も刺突している間に追加三本の矢が足と背中に刺さって崩れ、意識もなくなった。


 元々の敵を全滅させたが、追加された敵のためにこの闘技試合はビンセント達の敗北となった。闘技試合での敗北は死を意味する。


 闘技場の控室に死体として運ばれていったビンセントは、血の匂いが漂う数体の死体の上で奇跡的に意識を取り戻す。

 暫くもうろうとしていたが、次第に痛覚が蘇り、矢の傷に激痛が走って死体の上で悶える。


 運ぶのに邪魔だったのか、何本も刺さっていたであろう矢は、運ぶのに支障のない背中を除いた部分の矢を無理やり抜かれていたために出血も酷い。そんな姿でうめいていたビンセントを、死体運びをしている男が気が付く。


「おや、生きてたのかい」


 闘技場で敗北して生きている人間を見たことがない男は、驚きながらもビンセントを哀れんだ。


「回復できる人いるかい? いたら治してやってくれんか」


 男は控室の方を向くと大きく叫んだ。何回か叫ぶうちに、一人が手を挙げた。


「あ、私使えますよー」


 男の呼びかけに答えたのは、フード付きローブ姿の少女だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る