20話 『他者からの想い』
バルカスの体は完全に回復しているが、さっきの出来事もある為に、眠り倒れている姿を見ると心配になるミルだ。
しかし暫くバルカスの静かな寝息を聞いているうちに、徐々にだが安心していった。
レーン城裏の墓場にバルカスを寝かせ、ビンセントとカミラはこれからどうすべきかを話し合っていた。
そんな時に、ミルの解放したオーラを感じて駆けつけてきた者が二人いる。
「こ、これは……黒石壁が割れている。中に誰かいるぞ……! 」
「さっきのは一体何だったんだ、中へ入ろう! 」
壁の外側から男女二人の声が聴こえてくると、その二人の足跡はそのまま壁を回り込み、墓場の魔法門の元まで駆けていった。
一瞬魔力を感じると魔法門が開かれた音がし、再び門は閉まっていった。
ビンセント達はその足音に目と耳を向け、バルカスを守って立っていた。
男女二人は倒れているバルカスと、その前に立つビンセント達の前に行くと、迷わず剣を抜いた。
「貴様等何者だ、後ろにいるのはバルカス様だな」
「いったい何をした、何をしていた」
女の方は黒く長い髪を持ち、バルカスの大剣を小さくしたような得物を構えている。
男の方は薄い緑色の髪をしている。恐らくはエルフとのハーフであるが、刺突武器を両の手に持って構えていた。
剣を構える二人は戦闘状態のバルカスの様であり、眼はぶれずに真っ直ぐ敵対者へ向け、脚はいつでも動けるように身軽であった。
「ちょっと待ってほしい」
得物を構えて敵対行動をとっている二人であるが、女の方は怯えた様子で少し錯乱気味であったのか、
ビンセントが口を開くと体がビクついた。
「俺はビンセント・ウォーという者だ、こっちの二人はカミラ・シュリンゲルとミルだ」
しかしビンセントの『名乗り』を聞いた二人の静かな錯乱は薄くなり、警戒はその分更に鋭くなった。
「ビンセント、ウォー。何をしていた。ここをどこだと思っている」
「ここは、墓らしいな。俺達はバルカスに雇われた者で、さっきバルカスにかかっていたカースドロムを解いた」
「なんだと? ……なぜ貴様がカースドロムの事を――」
男の言葉を切る様に、ビンセントは間を与えずに再度繰り返して続けた。
「カースドロムを解いて、体を回復させた。バルカスはもう無事だが、今は疲れて眠っている。もしあなた達がバルカスと親しい者であれば、どうかバルカスを休ませてくれないか」
ビンセントの言葉に対し、女はくぐもった声で何かを繰り返し呟くと、声は徐々に大きくなっていった。
「呪が、呪が、バルカス様の呪いが、呪が解けたのか!? 」
「落ち着けハコ! 警戒を解くな」
男はビンセントから目を離さず女を落ち着かせると、ビンセントをじっと見つめた。
「ビンセント、と言ったな。その話、信じる証拠は」
証拠と言われてビンセントは困ってしまい、カースドロムを境界の中にストックしなかった事を後悔した。
「証拠、証拠か……」
「そうだ」
いくら考えてみても、カースドロムを解いたという証拠が見つからないビンセントは、頬に汗が滴る。
(あぁ、カースドロムの細菌は、ミーちゃんが全部食い殺したもんな……。これが細菌です! とか言えなくなってしまった……)
ビンセントはちらっとカミラの方を見るが、カミラはバルカスの体を見て合図を送った。
(そうだな。バルカスの仲間らしいし、バルカスの身の安全だけでも証明できればいいか)
ビンセントは敵対する二人にバルカスの安全を見せようとし、振り向いてバルカスを運ぶ為に触れようとするが、女が脅えながらも強く言って止めた。
「な、貴様! バルカス様に気安く触れるな! 」
勢いに任せるところも少しバルカスに似ているようで、女は
(……ひょっとして、こいつらがバルカスの戦友? )
ビンセントはバルカスから離れると境界を開き、亜空間から刃を出して斬撃を受け止めた。
バルカスの物程ではないが、重く響く金属同士の衝突音が響いた。
その場で驚いているのは斬撃を受けたビンセントではなく、斬撃を放った女であった。
「な、なんだお前?! どっからそれを、そ、それそれ、それは! ――バルカス様の大剣!? 」
境界からはみ出て浮いているように見えるバルカスの大剣は、その女の身長よりも大きかった。
「間違えないでほしい。別にバルカスをどうしようというわけじゃないし、ただ、もしあなた達がバルカスの言っていた戦友か部下であるのなら、バルカスの安全をその目で確かめてほしい」
ビンセントはそう言うと境界を開き、バルカスに一切触れずに体を転移させ、二人の目の前にバルカスを置いた。
「疲れて眠っているだけだ。寝息も立てているだろ」
男は警戒をしたままバルカスに近づいて確認をする。
「……確かに、眠っているが、何かの魔法ではあるまいな」
「そんなに疑うな。確かに俺は魔法使いだが、そんな高度な魔法は使えない」
女はきょろきょろとして忙しなく、男とビンセントを交互に見ていた。
「お、おいシュルツ、どうすんだ?! 」
シュルツと呼ばれたその男は、少し考えてからビンセントに言った。
「バルカス様が眼を覚ますまで、身柄を拘束させてもらう」
「……そちらがいいのなら。ただ、俺以外の二人に何かをするようであれば、俺からも敵対しよう」
男はビンセントの目を見つめると、固唾を飲んで答えた。
「……貴様等が何もしなければ、俺達は何もせん」
男の言葉を聞いたビンセントは境界を閉じて応じた。
「分かった。……カミラ、ミル。少し付き合おうか」
「まぁ仕方ないわね、バルカスも心配だし」
「早く眼を覚ますといいな……、でも体は大丈夫だよ! 一杯回復したもん! 」
ミルを撫で、カミラと一緒にバルカスの目の前にまで歩み、三人は手枷こそ付けられなかったものの、二人に身を囲まれた。
女は剣をラック装備に付けると、意気揚々とバルカスを担ごうとするが、どうやらかなり重いらしく、
男にしぶしぶ役目を渡した。
男は女に少し同情をし、バルカスの体を丁寧に担いだ。
「よし、貴様等は付いてこい」
男はそう言うと先を歩き、ビンセント達三人を挟んで女がいつでも剣を振れるよう、警戒しながら最後尾を歩いていた。
魔法門を開けて墓を出ると、レーン城の周りを囲む並木道を歩いて行った。
ダボのいたラス城と違い堀は無いが、ラス城と比べ物にならない程警戒度が高く、今は珍しいフル装備の甲冑姿の門番か兵士が城門とレーン城を守っていた。
その姿を見たビンセントとカミラは懐かしみながら、またその警戒心を感心した。
(……うん、やっぱり城ってこういうイメージだよな。良かった、ダボの方が当たり前じゃなくて)
ダボとの城の違いに感動しながらも、三人はそのまま城内へ連行されていった。
【レーン城】
男を先頭に城内へ入ると、大よそ元武官か、バルカスの側により深い者達は皆手と会話を止め、素早く整列すると礼をした。
「おかえりなさいませシス様! コトブキ様! 」
敬礼をする者達だが、先頭の男が抱える女性を見て絶句し、皆頭をより深く落とした。
「案ずるな。眠っているだけ、だ。そうだな貴様」
「そうだよ」
答えるビンセントを静かに睨み、また前へ向かって歩んでいく。
「シス様、この者達は何者でしょうか」
「少しの間、俺とコトブキで監視をする。バルカス様については、目覚められてから事を伝えよう。皆と共に、構わず戻ってくれ」
「はっ、承知致しました」
男がそう命じると整列した人々は散っていき、中断していたであろう作業を再開させた。
ビンセント達は相変わらず二人に警戒されており、ただついて行くしかなかった。
城内はラス城と違い綺麗に復興されており、戦争の跡もなかった。
大回りな螺旋階段を上がって通路を渡っていく。
廊下の奥には扉とよぶには大きい門があり、男は門を開けた。
扉の先は玉座の間となっており、長広い部屋の奥の段々の上に玉座があった。
男は部屋の脇部屋に入っていき、ビンセント達も続いた。
部屋の中は荒れており、とても玉座の隣部屋とは思えない部屋だった。
(……ダボの部屋より酷いな)
壁は亀裂が入り、石材は割れ、外が見える程貫通はしていないが穴がある。
外部だけの修理をしたのだろう。室内は魔物と闘ったであろう痕跡が多々残っていた。
剣の傷、爪の傷、魔法根に焦げ、元々この部屋が何の部屋であったかも、そのままにされた家具を見ればわかる。
男はバルカスを部屋の奥の大きなベッドに寝かせた。
巨大なベッドは斬り刻まれており、古い血がこべりついて黒くなっている。
ベッドを囲い覆うキャノピーも破れて焦げ、血の跡がしみ込んでいた。
(ベッドルーム、綺麗にしなさいよ……)
カミラは汚いベッドに横にさせられるバルカスを見て少し同情したが、自分達と同じく、こういう汚い場所に慣れてるんだろうと思った。
「さぁ、では貴様等はバルカス様が起きるまで、俺達がここで見張る。バルカス様が眼を覚まされれば解放するが、何日も起きないようならば、貴様等を――」
男が『貴様等』と言った時点で、ビンセントの中では静かに殺気立っていた。
「貴様等……を……」
ビンセントを見ると、どうしてもその先が言えない。言葉は浮かんでいるのだ。『殺す』と。しかし、体が全力で口に出すのを拒んでいた。
「貴様『等』? さっき言ったでしょう。二人に手出しはさせない、ヤルなら俺だけを狙うがいいよ」
ビンセントが口を開くと、女は剣を抜いた。
しかし男は、その先の言葉が出ないままであった。
「そうだ、貴様だ。貴様を殺す」
こう言われたビンセントは気も落ち着きホッとしたが、そうではないのだ。
ビンセントを殺すといえば、カミラとミルが黙っちゃいなかった。
例え目の前の二人が束になっても敵わないビンセントに向けて殺すと言っても、例え冗談だとしても、
カミラのビンセントに向ける想いはそれ程にまで強いのだ。――許さないだろう。
ビンセントが望まなくとも、カミラは『力』を解放してしまうだろう。
ミルも同じくそうだが、ビンセントに撫でられている為、警戒心が減っていく。
男が口を次に開いた時の結果は見えていた。
無論、ビンセントの思わぬことでだ。
「そうだ。もし覚めねば、貴様を『殺す』」
――男は言ってしまった。
カミラはステータスを戻し、制御を解き、力を解放した。
一瞬にして化物が現れた。否、いた。
強化されたカミラの力は、勇者一行のエリスと同等の物。
能力数値は上昇し続け、一瞬の内にミルを超えた。
対峙する二人が城内から察知したモノより巨大で鋭く、二人は理解出来ないが、ビンセントとミルは気が付いて、口揃えて一声発した。
「あ――」
反射的な怒りの為か、クリムゾンオーラも発動している。
赤黒く、それでいて真紅で透明なオーラ。矛盾の塊のような存在は、周囲の空間をビリビリと音無く響かせていた。
カミラの隣で剣を構える女は失禁しており、剣はカミラにより握り潰された。
男に一歩、また一歩、近づいていく。
「お前、聞いたぞ私は……、私の大切な人を奪うだとぉ?! 」
いつものような、まるで境界でも使ったかのような神速ではなく、あくまでゆっくりと歩み寄った。
それが幸い。ビンセントに対処できる速度だったのが幸いである。
男は生気でも抜けたように呆然としている。
ビンセントが割って入りカミラを抱擁するとクリムゾンオーラが消え、『力』も消えた。
ビンセントに強く抱きしめられる中、カミラは抱きしめられた恥ずかしさと軽率さを恥て動きが固まった。
「あぁぁ?! ビ、ビンセント、すまん。今のはな、つ、つい、よ。その、ごめんなさい……」
「いいよ、そんな心配しなくても。俺はカミラ達に鍛えられたからな」
このことで変化が起きたのはカミラだけではなく、バルカスにも反応があった。
横になっていたバルカスは、カミラが歩み寄って近づいてくると、本能的に危機を察知してベッドから跳び起きた。
「な、なんだココは?! 私は確か、城裏の墓に……」
バルカスが眼を覚ましたのは、カミラがすっかり元に戻った時であった。
「ビ、ビンセントにカミラ。こんなところで、そんなことを……、いや、まずは何が起きているかだ」
バルカスの目覚めに気が付いたビンセント達三人は、気絶している二人のバルカスの部下等を見ずに駆け寄った。
「おぉ! バルカス無事だったか! 」
「あぁ、体の方は、むしろ命溢れる感じだぞ」
「もう心配しないで、カースドロムは完全に解けたわ。体の中の召喚菌もね」
カミラにそう告げられ、唖然とし、どういった顔をしていいか分からなくなるが、意識せずに涙が頬を伝った。
「バルカスーっ! よかったよ! 」
ミルに飛び込まれて、バルカスは皆に顔を向けられなかったが、礼を言ってミルを抱きしめた。
「あぁ、……。皆、本当にすまない、ありがとう」
ミルはバルカスの涙に濡れ、ビンセントとカミラはそれを笑って見ていた。
涙納まる頃には時間が少し経ち、バルカスは気を落ち着かせて状況を整理した。
「私は、どうしてここに。ここはレーン城のベッドルームだろう」
「体は完全に治したんだけど、バルカス疲れちゃってたのよ、そのままあのお墓で眠っちゃったのよ」
カミラとビンセントは、バルカスに出来事の続きを話して聞かせた。
「なるほどな、本当に迷惑かけたな皆。それで、あそこで漏らしてる奴とそこで気絶してる奴が……」
「本当はゆっくり休ませたかったんだけど、ごめんなさい、私が起こしちゃたみたいね……」
「いやカミラが謝る必要は全くない。謝罪をしなければならんのは――」
カミラ達三人に深く礼と謝罪をすると、バルカスは一言断ってベッドから立ち上がり、気絶している男を蹴っ飛ばした。
「おい起きろシュルツ! ハコ! 」
数回バルカスの蹴りを受けた男は目を覚まし、顔を明るくして喜んだ。
「おぉぉお!! バルカス姐! 良かった無事で! 」
感極まる男の言葉を、バルカスは言葉を受け取って返した。
「確かにスゲェ良かったが、お前等は良くないぞ!! 」
そう言って頭を掴むと壁に叩きつけ、男は壁を突き破って転がった。
続いてバルカスは、気絶しながら漏らしている女に近づいた。
「ハコ。ハコ・コトブキ?! 何に気絶してんだ! 」
バルカスは間抜けな面で気絶する女の胸倉をつかむと、往復ビンタをした。
ビンタの音とよべないような音が二回響くと、女の体は奇声をあげて再起動した。
「ヒィギィ――――ッ……。ば、バりゅカス姐さん!? 目覚めたんですね! よかった!! 」
ビンタの痛みにも負けず、明るい笑みを浮かべてバルカスの目覚めを喜んだが、バルカスはさっきの男同様に、言葉を受けて返した。
「あのな、確かにスゲェ良かった。が、お前達は馬鹿野郎だ!! 」
胸倉をつかんだまま放り投げ、王座の間で立ち上がろうとしている男にぶつけた。
「ぐぎゃっ」
二人の悲痛な叫びは静かに響いた。
「全く。誰に似たんだか、成長してないな」
バルカスはこういうが、ビンセントから見ればこの二人はどちらも、部分が極端にバルカスに似ていた。
二人は起き上がると、バルカスの元へ駆け寄った。
「バルカス姐さん、こいつらは一体――」
男の言葉はさっきビンセントがそうしたように、今度はバルカスの眼力で遮られる。
「『こいつら』ではない。ビンセント達は私の大切な友人だ。粗相をするな」
「はい! ごめんなさい!! 」
二人がバルカスをバルカス姐さんと呼ぶように、ビンセント達から見ても、まるでバルカスの弟と妹のように見えた。
「お前達、もしかしてビンセント達に名乗ってないのではあるまいな? 」
図星に固唾を飲んで汗を垂らす二人は、上目遣いで微笑んだ。
「す、すみません。まだ名乗っていません」
「わ、私もデス。すみません」
バルカスは呆れたと言わんばかりに溜息をついて、二人をビンセント達の目の前に正座をさせると自分はベッドに座った。
「ほら、名乗って今すぐ。名前があってなぜ名乗らない? ……無かった方が良かったのか? 」
バルカスにそう言われて完全に縮こまる二人は、それぞれビンセント達に名乗った。
「ハ、『ハコ・コトブキ』です。……さっきは、その。誤解をしていたようで、申し訳ございません」
バルカスに怒られたショックと、恥ずかしさで視線がなかなか合わないが、長く美しかった黒髪を濡らして汚しながら、三人に黒い瞳を向けて名乗った。
「俺は『シュルツ・シス』です。……先程は、無礼を致しました。申し訳ございません」
こちらもバルカスに怒られたのがショックだったのか、短い緑の髪に隠れるように、長く尖ったエルフ耳が下に下がって縮こまる。
バルカスはこれを聞いて再度溜息をつくと、ビンセント達を見た。
「すまん、これで許してやってくれないか。すぐ手が出るところ以外は悪い奴らじゃないんだ」
「いや、俺達はそんなに怒ってないし、許すも何もないよ。俺達は最初に名乗ったが、せっかくだし改めて名乗ろうか」
「すまない」
「いいよ、そんなに思い詰めるなよバルカス。体に毒だよ」
ビンセントはバルカスから目を話し、ハコとシュルツに立つよう言った。
二人は少しビクつきながらも、ビンセントと同じく二本の足でその場に立った。
この時ハコは初めて自分が失禁していたことに気が付いたのか、脚を閉じて股を恥じて手で覆った。
(今気が付いたのか)
ビンセントは知らないことにし、改めて名乗った。
「俺はビンセント・ウォー。改めて宜しく」
シュルツには握手を求めた。
シュルツはそのことに少し嬉しく思って握手に応じたが、ハコには握手を求めず、肩を二回叩いた。
ハコとしてはただ恥ずかしそうにしているだけである。
ビンセントに続いてカミラとミルも二人の前に立って挨拶をした。
「私はカミラ・シュリンゲル。改めて宜しくね。……もうあんなこと言っちゃだめよ? 」
カミラに微笑みながらこう言われたシュルツは顔が青ざめて震え、かすれた声で言葉を受け止めた。
「に、二度と……」
「私はミルだよ! 改めてよろしくね! 」
とにかく元気で明るい娘のミルは、二人にとっても癒しであった。
特にハコには好印象で、一方的に癒されていた。
「こ、こちらこそミルちゃん! 」
勢いそのまま握手をしようとするが、自身の手が濡れていることに気が付き、手をそっと引いた。
「わざわざすまん、皆」
「気にするなって。これからどうする? バルカスは少し休んだ方が良いと思うが」
ビンセントの言葉には皆が同意するが、バルカスとしてはせっかく体が良くなったのだから、皆と死んで離れる恐怖が無くなった分、もっと皆に街を案内しようと考えていた。
「私は、皆と一緒に――」
「気持ちは嬉しいけどな、西部はもう色々と楽しめたよ。だから休むといいよ館まで送るから。気持ちをリラックスさせろよ、ずっと自分で多くの事を抱えてたんだろ」
ビンセントの言葉に黙り込むバルカスだが、バルカスとしても既に迷いは吹っ切れているのだ。
一度視線を落とすが、再度ビンセントに向けた。
ビンセントは少し困ったが、続けて言って聞かせた。
「じゃあ、そうだな。夕方起こしに行くから、それまで休むこと。何ならダボの元に行って休むのもいいだろう」
「な、何を言って?! 」
「心をリラックスさせろってことだ。夕方になったら一緒に解放奴隷を出迎えよう。一通りやることが終わったら、また皆で飯でも食いに行こう」
ビンセントはバルカスを言い聞かせ、またハコとシュルツの方も見た。
「ハコさんとシュルツさんも、もし時間があれば食事をどうかな」
ハコとシュルツは互いに顔を合わせ、バルカスの方にも向いて考えた。
「わ、私達が行っていいなら……」
「だそうだ。これを楽しみに、バルカスは数時間休憩だな」
ここまで言われれば、バルカスも頷くしかなかった。
「じゃあ、ダボのところと館どっちがいい? 」
この質問には流石にバルカスも反応しようとするが、皆がバルカスの答えに聞き耳を立てているので、
しぶしぶと、小さな声だが答えた。
「ダ、ダボのところで」
バルカスの答えを聞いて微笑み、ビンセントはラス城のダボの部屋に境界を引いて開いた。
改めて『境界』を見たハコとシュルツの二人はまたも唖然とするが、ビンセント達とバルカスが境界に脚を踏み入れるのを見て、自然と二人もひかれて境界を渡った。
【ラス城】
「仕事中すまないダボ、ちょっと訳があってな」
ダボは不意に現れたビンセント達に驚くが、境界には驚きなれたようで、笑いながら仕事をこなしている。
「はっはっは! なんだよバルカスにビンセント達、それにハコとシュルツは久しぶりだな! どうした? 」
「いや、大した訳じゃないが、少しここでバルカスを休ませてくれないか? 」
ダボは困惑しながらも、頭を整理させていく。
「そうだな、十六時位に迎えに行く。俺達が解放した元奴隷を西部で迎えるからな。それじゃあ、バルカスはしっかりと休むように! 」
ビンセントはそう言うと、バルカスを置いて境界を渡った。
ハコとシュルツも混乱中であるが、さっきの話を思い出して、二人もビンセント達に付いて境界を渡って行った。
「あ、うーん。いきなり現れたかと思えば、一体何が起きてるんだ」
ダボの頭の整理がつかないまま、ダボの部屋は戦争跡せいで外から少し見える点を覗けば、バルカスとの二人きりだった。
ダボは言われた通り、バルカスが休めそうなスペースを探して、ソファーを眼に付けると、上にのっている物を片付けた。
国王の部屋なのだ、上等なソファーだろう。
それをこんな雑に扱うのもダボという人間だが、ダボは気にもせずバルカスを誘って横になるように言った。
「ここなら丁度いいだろう。無駄にデカいソファーだからな、もはやベッドだ。因みに俺もそこで仮眠をとったりしている、気にせずゆっくり休んでくれ! 」
ダボに言われるがまま、バルカスはソファーに横になる。
「きゅ、急にすまんなダボ」
「いいよ、俺は仕事をするぞ。昼飯はバルカスの分も用意するし、気にせずゆっくりしてくれ」
「またバナナ一本とか言わねぇだろうな? 」
「はっはっは! 昨日のは特別だ! 皆との食事だったからな」
「今日もするぞ? 」
バルカスの言葉にダボは固まって、何かを真剣に考え始めた。
暫くすると一息つき、椅子にもたれ掛かってバルカスを見て口を開いた。
「じゃあ今日もバナナ――」
「私はステーキが食いたいなー」
「じゃあステーキだ! 」
「ははっ、なんだよお前、気分屋だなぁ」
バルカスは気軽に、自然に出る言葉、自然に出る笑みを以てダボと接していた。
コレはビンセント達とも変わりないが、何の気遣いもなく会話を出来るのは、ダボくらいだろう。
育ちのせいか汚い言葉も口から出るだろう、それでもダボは気にせず、育ちの良いダボは下手な汚い言葉を返して言い合う。
ダボにはビンセント達とはまた違った心の落ち着きがあった。
「このバナナ野郎が、ソレだからテメェは軟弱なんだよ! 」
「なんだと――?! そんなん言ったらお前も酒飲んだら相当変わってる……、おかしい、……変に……! そうだ、お前は相当イカれてるんだぜ! 」
これが国王同士の会話だと、少なくとも民には分からないだろう。
笑い声と罵声が響き続く。
「今日だったよな? お前が最初に見せてくれた未来での、私の最期」
「――治ったか? 」
「……お前の見せてくれた新しい未来通り、ビンセント達に治してもらったよ」
「そうか、それは良かった。……良かった――」
ダボはバルカスの横になるソファへと駆け寄った。
ダボの机の書類は涙で濡れており、文字がにじんで読めない。
恐らくダボは後でケニーに怒られることだろう。
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