2話 『バルカス・バルバロッサという女』

 ダボはさっきまであれ程ビンセントの事を探ったというのに、今ではまるで安心しているようにただ食事を楽しんでいた。

 話をするとすれば、『これ美味いな! だろ? 』といったように料理の事ばかりだった。

別にそれが駄目なわけではない、事実、ビンセント達にとっても感動する程の美味しい料理なのだから。

 だがさっきから、言葉ではないが伝わってくる。


 ビンセントはたまらず口に出した。

「それで、……俺達に何をしろというんだ? 」

「お、聞いてくれるのか? 」

「そんな流れじゃないか。まぁどれも全部美味いけどな」


 ビンセントがグラスを机に置くと、ダボはボトルもってビンセントのグラスに注いだ。

「いや助かるよ。そうだな、何をしてもらいたいのかというと、バルカスを丸めてほしい。それと、その原因となっているマフィア『パッシィオーネ』を潰してほしい。組織の規模はクロイス圏の『セシリオ』の三倍程だ」

「すまない。ちょっと訳あってセシリオの規模を把握してないんだ、三倍というと――」

「三倍というと、つまりは滅茶苦茶大きい組織ってことだ」


 セシリオの壊滅者に対して、その三倍の規模があると伝えたダボは、彼等が何か圧倒的な力を、バルカスの様な圧倒性以上の物を持っていると踏んで言ったのだ。

 そのことはダボが三人に街を案内する際にバルカスの部下に知らせている。

伝える先はバルカス・バルバロッサ本人である。

ダボが思うに、バルカスは嫌々知らせを受けて嫌々一人で歩いて来るのだろう。


「まぁ、でかい。この国圏に留まらず、言ってしまえば西のマフィアが全てそうだからな。でもまぁ、詳しい話はもうすぐ来る奴から聞いてくれ。そいつは俺の知らないこともよく知っているだろう」

「……? もう一人来るのか」

「あぁ、でもそれまで気にせず食事をしてくれ。ほら来たぞ牛肉だ、美味いぞ」


 店員が新しい料理を持ってくる。

トレイに大きな黒い肉の塊の乗った大皿と、長ナイフと二股フォークがのせられている。

 空き皿を下げて大皿を手前に置くと、五人の目の前でフォークで抑えてナイフで薄くスライスしていく。

黒く焼けた表面と違い、中は赤く半生の牛肉が現れる。

スライスされた肉にソースをかけられて、テーブルの中央に皿が置かれる。

「コレは、ローストビーフという牛肉料理だ。美味いぞ」

「お肉がいっぱいだ! 」

 巨大な肉が現れた時のミルの目は輝いていたが、スライスされた赤みの肉を見て少し野生の本能が過って疼く。

 カミラは、本能的に疼いているミルの皿を持って、ローストビーフを皿いっぱいに盛ってやる。

「ありがとうカミラ! 」

「いっぱい食べなさいね」


 そうやってミルに食べさせるカミラだが、彼女もローストビーフを初めて食べるので興味津々だ。

ミル程ではないが、ローストビーフを皿に多く盛って、ソースを絡めて食べる。

(おいし―――!! )

 三人以外がいる為、声には出さないが心で叫ぶ。

その幸せが表情に出ていることをカミラは知らない。

カミラの表情に出ている料理の感想を見て、ビンセントも苦笑しながらローストビーフを皿に取って食べた。

 三人が食べたのを見て満足気に微笑んだダボは、部下の皿に盛ってから最後に自分の皿にのせて食べた。

王に盛り付けられたケニーは恐縮しっぱなしである。


「美味いなこれ、ローストビーフか。初めて食べた」

「初めてか! ただ牛肉の塊を蒸し焼きにした料理なんだそうだが、やっぱり美味いよな! どんどん食ってくれ! 」


 このローストビーフをパンにのせたりと、テーブル上で色々組み合わせて食の探求をしているミルとカミラ。

ミルはどれと組み合わせても美味しいという考えに落ち着いたが、カミラとしては組み合わせもいいが、

単にローストビーフと赤ワインの組み合わせが最高なのではないかという考えに至った。

特に考えもせず美味しいと思うのは、変わらないビンセントである。


 最初は脳内で経費の計算ばかりしていたケニーだが、ビンセント達を知った後に生まれた圧力と、自分のボスであるダボの計らいにより、料理をそれなりに楽しんでいた。


 ダボは包み隠さない性格なのか、料理を全力で楽しみ、待ち人も待っていた。

「しっかしおっそいなぁあいつ。全部食っちまうぞ」

 恐ろしいスピードで肉を口に運ぶダボは、ミルに静かに対抗心を抱かれていたが、そんなことに気が付くはずもなく待ち人を待つ。


 暫くすると、ダボの背後から声が聞こえてきた。

「おい、飯を食っているとは聞いてないぞ。来てくれとは言われたがな」

「おっせぇなバルカス。いや食事に行くことも伝えたかったが、お前の部下に伝えきれんかった。悪いな、よく来てくれた」

 ビンセントはダボの口から発せられる名前を聞いて、その名前を最近の記憶に入れた中から呼び出した。

「バルカス!? って、本人!? 」

 待ち人がまさか、『丸めてほしい』と言われているバルカス本人だとは思わなかったビンセントは、バルカスと思われる人物に驚きながら目をやる。


 Lv59.2のバルカスは大柄なダボと比べれば大変小柄に見える。

更に大剣を背負ってる分姿はもっと小さく見える。

 しかし引き締まってはいるが、一般女性から見れば大柄でかなり筋肉質な女性であり、性別的特徴を別とすれば、ビンセントを少し小さくしたような体格である。

 ブロンドの髪を後ろで丸めており、細い翠眼が驚いているビンセントを睨む。


「ふん、まぁいい。ところで、ダボ」

「うん? 」

 バルカスはテーブルの中央に置かれた、『さっきまで』ローストビーフがのっていた、ソースが付いている大きな皿に目をやる。

「その真ん中のデカ皿、もしかしてローストビーフがのっていたのではあるまいな? それにその空のボトルは、赤ワインか」

「よくわかったな! その通りだぜ――」

 床を擦りながら椅子ごと振り返って、ただ質問に答えたダボの腹にバルカスの無言の拳が迫る。

「おいぃ――! プ、プロテクトォ!! 」

 腹の前で展開された物理攻撃を防ぐ障壁はヒビを入れて砕けると、ダボの盛り上がる腹筋にめり込む。

「ぐぅおぉぉッ!? 」


 ローストビーフを吐かせようと撃った拳だが、ダボにも王としてではなく、一男性としてのプライドがある。

凄絶な表情を浮かべて耐えているが、まだ悶えている。

 そんなダボには構わず、バルカスはカミラの隣のスペースに向かった。


「隣、失礼ずるぞ」

 近くのテーブルから椅子を引っ張って、カミラの横につけて座る。

「どうぞ」

 小さく会釈をすると、バルカスはカミラの顔を見つめた。

「Lv.5か……。おまえ、名前はなんていうんだ? 」

「私はカミラ・シュリンゲル。そしてミルに、彼がビンセント・ウォーよ」

「カミラにビンセントにミルか。ところで、ミルは二人の子供なのか? 」

「なっ!? 」

 声合わせて驚くビンセントとカミラだが、ミルはよく分かっておらず、きょろきょろしている。

「うん? 違うのか? ビンセントはLv.52.4か、まぁまぁだな。ミルは、カミラと同じか」


 バルカスがビンセント達の事を調べている間、悶えていたダボはようやく起き上がった。

「お、おいバルカス。お前にいつも言ってるだろ。人を急に殴るな」

「なんだ、牛肉吐いてないのか」

「吐いてたまるか!! 」

 耐え抜いたダボは椅子を座りなおし、怯える店員に追加の注文をする。

「おい店員、ローストビーフもだ。合う酒もな」

 ダボの注文に入っていなかったローストビーフと酒を、バルカスが付け加えて注文した。

しかし酒はダボに止められてキャンセルされる。

「お前、いいじゃないかよ一杯くらい! 」

「一杯でもダメだ! 飲みと食い意地張った奴だなバルカス」

「お前に言われたくはないぞダボ。お前の奢りなんだろ? 私はお前が破産するまで食うぞ」

「俺が破産すればこの国も終わりだ」


 この会話に一番顔を青くしているのはケニーだが、気にもせず冗談気の無い会話のドッジボールを繰り返している。


「三人共悪い、こいつが待ち人、それとさっきまで話していたバルカス・バルバロッサだ」

「何の話をしていたのかは分からんが、私がバルカス・バルバロッサだ。適当にしてくれ」

 反応しにくいバルカスという女を、三人は知った。

「なんだ、そんなジーっと見つめられても何も出んぞ。……あ、肩を出してやろうか? 」

「バカ野郎! 」

 服を乱れさせて肩を露出させるバルカスを、ダボは止めに入る。

「野郎じゃないぞこの野郎」

「わかったよもう。とりあえずだ、お前にこの三人のことを教えよう」

 ダボはバルカスの服を綺麗に正してから三人を説明した。


「……ふーん、ありえないだろ。戦闘能力が一番高いと見えるのはLv.52と一番高いビンセント。

それに対してセシリオの手下共は雑魚かもしれないが、ボスから魔法習ってんだろ。セシリオのボスであるミル・フランクはドラゴンの化身だ。私でもドラゴンの討伐は無理だし、対峙したらLv.5のカミラとミルが生き残れるはずがない」


 そう言われると苦笑するしかないビンセントとカミラだが、ミルは一人赤くなって膨れている。

「ビンセントとカミラはそんなに弱くないよ! 私も弱くないもん! 」

 立ち上がりそうになるミルをカミラが優しく抑えてなだめた。

「駄目よミル。落ち着きなさい」

「だって~」

 膨れながらバルカスを睨むミルの頭をカミラは撫で続ける。


「あぁ、悪いなカミラにミル。だがな、これどうもおかしいんだ。それに三人で出来るような話じゃない。私も小さい規模のやつだが、マフィアの小国に攻めたことがある。

半壊させたが、こちらの戦力も別に私一人ではなかった。私の部下百名以上が一緒に攻めて半壊させたんだ。どう考えても三人でセシリオを壊滅など、できるはずもない」

 三人を信用しないバルカスは、残っている料理を食い始める。

 ダボはバルカスのこの反応が予想通りの物だったのか、焦るでもなく、変わらぬ面持ちでバルカスの意見を聞いているようだった。


 しかしバルカスが疑うのも無理はない。マフィアを数えられるような少人数で壊滅させたというのもおかしな話だし、仮にそれが出来ていたとしてもギルドの報告との名前の合致以外に確証が無いからだ。

「まぁ、なんだ、ビンセント。こんな幼い女を連れているんだ。どうにかしてでも守るんだな」

「ん? あ、あぁそうだな」


 信用されずに話がこじれる中、このままではらちが明かず話が進まないので、バルカス自身に分からせることにした。

「バルカスさん? 」

「なんだビンセント」

 ビンセントの声掛けにバルカスだけではなくダボとケニーも振り向く。

「確かに普通はできないかもしれないが、俺達は色々あって手に入った能力を持っているんですよ」

「能力? 面白い、どんな能力だ。言ってみろ」

 言葉と裏腹に興味なくビンセントにそう返す。

「俺の能力っていうのは、『境界』っていう能力です。言葉で説明するのも複雑なので、見てもらったほうが分かりやすいでしょう」

 ビンセントは自分の前に小さく境界を開いた。

「コレがそうです」


 突如ビンセントの目の前に、黒く青い吸い込まれそうな空間が出現したのだ。

『コレ』と言われて唖然とするダボとケニーだが、バルカスは驚きと困惑に迫られながらも、できる限り表には出さずにそれを必死に考える。

それがいったい何なのか、しかしいくら考えてもそれはバルカスの考えの外であった。


「これが境界っていうやつです。これが便利でね」

ビンセントは手元に別の境界を開いて手を入れると、初めに皆の目の前に開いた境界からビンセントの手が出現した。

 目の前で起きている事に考えが追い付かなくなったバルカスは、二人に付け加えて唖然とする。

そんな三人を見て、ビンセントは説明を付ける。

「こんなふうに、境目を作って操る能力ですよ。作った境界から境界への移動もできるし――」

 ビンセントは境界の中にあるコップや剣をとって見せた。

「こんなふうに物も出し入れできるんです」


 境界の中の空間を見つめるバルカスに対して、更に真上に境界を開いていく。

「な、なんだ!? 」

 バルカスが覗く前面にある空間には、このテーブル席が上から見下ろすように見えていた。

驚いたバルカスが上を向くと境界が開いており、そこには上を向くバルカスの姿があった。


 ビンセントは境界を全て閉じると、一息ついて酒を飲んだ。

「これが俺の能力『境界』だよ。使い方を変えれば、戦闘でも十分使える。こんなふうにな」

 ビンセントは皆に見える様に、ただしミルには見え無くしながら手にフォークを持つと、横に一筋の境界を引いて開き、そのまま閉じることなく消した。

するとフォークは真っ二つになってテーブル上に落ちた。

 バルカス達三人は真っ二つになったフォークを固唾を呑んでみていたが、視線をゆっくりとビンセントに戻した。

「戻すこともできるけどな」

 二面の断面に境界を開くと、何事も無かったようにフォークは元に戻った。

それを初めて見た三人は言葉も出ずに黙った。しかし暫くするとバルカスが問う。


 問う前にバルカスは一瞬ダボの方を見て、ダボも返して頷いた。

バルカスは最後にビンセントを試すように問うた。

「ビンセント。それは、何かの魔法か、ただの召喚魔法ではないのか? 視界の召喚は新しいが――」

 バルカスの言葉を遮るように、ビンセントは手元と『とある場所』に境界を開いて、手元の空間に酒を流し込んだ。

 酒をどこかに流し込んだビンセントと、身体強化で耳を澄ませているカミラと、それを受けた当の本人以外は、ビンセントが何をしたのかに気が付けない。

「――!? 」

 バルカスの体の中から、液体が流れ落ちた音がする。


「コレは俺最近分かったんだけどな、人が物を食って、その食べ物が貯まる場所はそこの臓器らしい。名前はわからないがな」


 ビンセントはサリバンとの実技演習で、サリバンの腹部を深く斬り裂いた時、

漏れ出した袋のような臓器から、溶けかけのスパゲティのようなものが、異臭とほのかなトマトソースの匂いを出しながら出てきたのだ。

それからビンセントの境界のイメージは更に膨らみ、彼の中での使い方も増えていった。

 まだ人体の構造は深く知られていないが、回復魔法の賢者の内で広く知られている『胃』という臓器の知識を、ビンセントは一つ頭に入れておいた。


「なんだこれは!? 何をしている、何をした!? 腹の中が冷たいぞ!? 」

 境界を胃に開かれて酒を流し込まれたバルカスは、席を立って腹をさすり探る。

こうした境界の使い方はビンセントも初めてしたが、若干カミラに引かれていた。

「ビ、ビンセント、その使い方は惨いわよ……、抵抗しようがないし」

「わ、悪い! もうこうやっては使わない! 」


 何が起きているのか分からないダボとケニーは、席を立って腹をさするバルカスをなだめて席へ座らせた。

「何が起きたんだ今、何をしたビンセント! 」

 不安と少しの恐怖を混じらせながら問う。

ビンセントはカミラに許しを貰うと、バルカスに向き直って答える。

「バルカスさんのその臓器に、酒を流し込みました。お酒、好きなんでしょう? 」

「わ、私の体に酒を流し入れただと!? 」

 バルカスに酒を入れたと聞いたダボとケニーは驚き叫ぶ。

「ビンセントなんてことを! 」

 二人の焦りを余所に、バルカスの体が徐々に火照り始める。

「さっき言ったでしょビンセント、酒は駄目だって! こいつ直ぐ酔う上に酒癖が――」

 時既に遅し。バルカスの顔は火照って赤くなり、満面の笑みを見せている。


「だぁ――――! ヒック、面白いぞビンセント! それ面白いぞビンセント! よく分からんが面白い能力だ! それにだビンセント! 私の体に直接酒を注ぐとは……最高だな! 褒めてやろう!! 敬称略していいぞ! 」

 酔ったバルカスは普段の冷静を装う皮を破り、リミットを自ら解除させていく。

席を勢いよく立って、ビンセント達の周りやダボとケニーの周りを動き回って、

女王バルカスの本音が露わになる。


「ダボお前、この腑抜けが! そのムキムキの筋肉は飾りか! ふざけんな殺すぞ!? それにケニー! 静かすぎるんだよお前は!! 頭良くて魔法使えんだから、もっと元気してろっ! 」

 酔ったバルカスの喋り声基叫び声は大きく、周囲の客も怯えながらバルカスを見ていた。


「それはそうとカミラ! お前可愛いな、私の妻になるがいい! 幼妻というやつだ!、ミルぅは、可愛過ぎるな! お前は!! うちのアジトに遊びに来い! クッキーあるぞ!? ミルクなんてのもどうだ!? 」


 女同士で何を言っているのかと、カミラは困ったように小声でビンセントに提案する。

「『力』で酔いを醒まさせようかしら」

「……一瞬だけな。……一瞬だけな? 」

「わかってるって」


 ビンセントとカミラが二人でこそこそ話しているのを見て、バルカスは勝手にヒートアップする。ビンセントとカミラの間に大剣を抜きながら喋り入る。

「あぁ――!! カ、カミラ! やっぱりビンセントの妻だったんだろ! 二人で話して……ンもうビンセント! お前の能力なんかよく分からないし不気味で結構恐ろしいが、私と闘え!! 勝負だ勝負! 嫁取合戦だ!! 」

 ビンセントは困りながらも境界を使ってバルカスを捕獲する。

「なんだぁ~これはぁ!? 体が進まない!! 私はどこを斬っている!? 」


 バルカスの体を複数の境界が囲む。

手足と下半身は境界を渡って別空間に飛ばされている為、ビンセントの目の前にいるバルカスは、腕無しの上半身が浮いている状態である。

 周囲の客達はバルカスのそんな姿を見て叫び、ダボとケニーも驚愕している。

「うおっ!? わ、私の体が!! ビンセントお前!! 」

 境界に捕獲された当の本人は、焦り交えた恐怖と怒りに、酔いが少し醒めつつあった。

「大丈夫だよ体は何ともないさ。ほら、後はカミラの番だ」

 境界を百八十度回してカミラの目の前に向けた。

「おぉ! カミラ! カミラの番か、フフフ、そうだ、一体何をしてくれるんだ!! 」

 恐怖が抜けて別の酔いが回り始めたが、だがそれもすぐに醒めることになる。

「大丈夫よ、酷い事はしないわ。ただよーく、私を見て」

「よーく見るだってぇ!? 何処でも見ちゃうよカミラ! もっとよく見せて!! よければ触らせて! 」


 カミラはサリバンの時と同じように、制御スキルを解除してステータスを戻し、能力『力』を一瞬だけ解放させた。

「触らせることは決してないけど、よく見せてあげる。これが私よ」


 ステータスの数値が元に戻り、またそれが力により無限に跳ね上がり続ける。

「どうかしら」


 カミラはステータスと『力』を戻すと席に座る。

カミラに目を見られていたバルカスの目は大きく開いたまま固まっており、再び叫ぶ様子もないので、

ビンセントはバルカスの体を戻して境界を閉じた。

 立ち尽くすバルカスだが、周囲にも沈黙が続く。

一瞬の間で力を感じられる者がいれば、たとえこの建物の外にいようとカミラの発した気配に振り向くだろう。


 建物の中にそういう者がいれば、暫く思考が止まっても不思議ではない。

ダボは察知できるので、目も動かさずに思考停止している。

「どうだバルカスさん。酔いは覚めたかな? 」

 空気を割ったのはビンセントの問い。

バルカスはビクついて力が抜け、後ろのビンセントに倒れ込みそうになったが、ビンセントは境界を開いて元の席にバルカスを座らせた。


「い、一体何者なんだ……カミラは……」

 酔いが完全に醒めたバルカスは、目を虚ろにして呟く。

「『紅蓮の闘神』って言った方が分かりやすいのかな。ここだけの話にしてほしいけど」

「紅蓮の闘神って、ギルドの最終兵器の事か……」

「兵器だなんて、失礼ね。バルカスさん? 」

 カミラの言葉に再びビクついてしまい、目を直視できない。

「す、すまない。粗相を許してくれ……」

 カミラに謝ると、バルカスは席を立って他の客と店に謝罪をする。


「皆すまない。騒がせたな、店にも迷惑をかけた。賠償する。私はもう騒ぎはしないから、皆もどうか気にせずこの店を楽しんでくれ」

 そう言って客に頭を下げて謝罪をして、椅子に座る。


「ビンセント、カミラ、ミル。疑ってすまなかった。確かにそれだけの力があれば、セシリオごとき、何でもない訳だな。それに私のことはどうかバルカスと呼んでくれ。国王の一人だが敬称はつけなくてもいい。私も三人をそう呼ばせてもらう」

「わかったよバルカス。ありがとう」

「後、カミラ……その、色々すまない、忘れてもらえると嬉しい」

「……バルカスがそう言うなら、分かったわ」

「すまない」


 バルカスは酔った時、自分でも行動や言動を制御できないので、普段言うべきではないことも全てさらけ出してしまう。彼女の悩める部分だ。

「それとミル。さっきは二人を疑って悪かったな。改めて詫びるよ」

「分かってくれたならいいよ! 」

 

 ミルの弾ける様な笑顔は、バルカスにも笑みをうつらせた。

店に現れた時とは全く違う者の様にと、ビンセント達三人の眼にはバルカスがそう映っていた。

 バルカスは何度目かの視線をダボへ送る。

ビンセント達が意識をしない様な、あくまでさり気無く、バルカスとダボはどこか救われたような表情となっていた。


「改めて。私が元サンス国王女で、シザのもう一人の王。バルカス・バルバロッサだ。宜しく」

「宜しく! 」

 疑いと酔いが晴れた三人とバルカスの間で、改めて挨拶が交わされる。


 バルカスの中でビンセントとカミラは、戦闘能力面では絶対の信頼を築くこととなる。

ミルに関してはまだ何も分かっていない。

ただ触れていいところではないことを、バルカスはいつか聞いたダボの言葉を思い返して確信した。


 そのダボは、カミラの圧力を前に意識が無い。

「おいダボ。いつまで呆けてんだよ。しっかりしろ」

 ダボは心配そうなケニーに体を揺らされていたが反応はない。

しかしバルカスに頬を叩かれて意識を取り戻し、我に返る。

 豚の鳴き声のような声をあげながらバルカスを見る。

「酔い覚めたよ。悪いな、また迷惑かけて。話も折ってすまない。私に何をしにここまで来させたのか、ダボの口から話してくれないか」

 我に返ったダボは自分を落ち着かせて説明する。

「あぁ……そういう事か。そこは心配するな。俺が思うに、多分今ので酔った状態でも丸くなったし、後者のそれは私も助かる。三人は信用できるからな、私も全て話すよ。……根拠は俺の勘だ」


 店からはバルカスが今まで見せない謝罪をしたので、感動をしてバルカスを許し、食事を再開する者もいれば、恐ろしくなって店を出る者もいた。

 店のホールにいる店員は客を落ち着かせ、キッチンでは調理が再開された。

ダボが注文した料理と飲み物と、バルカスが注文したローストビーフは今キッチンからホールの手に渡った。

 怯える店員がトレイを持って席による。

「あぁ、すまない、置いといてくれ。空き皿はコレでいいか? 」

 バルカスが空き皿を全て重ねると、空いたトレイにのせてやった。

店員はバルカスに礼とお辞儀をすると、そそくさと戻って行った。


「追加の料理と、待ってたぞローストビーフ」

 バルカスは嬉しそうに笑みを浮かべてローストビーフを切り分ける。

彼女の切り分け方はスライスではなく、ゴロゴロした大きなブロック状に切っている。

それを見ていたミルはよだれが垂れそうになるのを抑えながら、今にもかぶりつきたいようにしていた。

ミルの様子を見ていたバルカスは、一番大きなブロックをミルの皿にのせてやった。


「追加の料理が来たところで話を戻すぞ。皆もどうか、飯でも食って飲みながら気楽に聞いてくれ。今から放すことはダボ、お前も知らないことがあるかもしれない」

 バルカスはフォークで、厚く切ったローストビーフを刺してかぶりついた。

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