心霊語り

家宇治 克

父からの誘い

 これは母の話だ。

『父』とは書いているが私にとっては『祖父』にあたる。

 しかし母の『父』ゆえ、問題は無いだろう。

 祖父はすでに亡くなっている。

 私が生まれるよりももっと前。

 母が中1の時に亡くなったらしい。


 ここからがこの話の本題だ。

 その頃、母は妹と病気の祖父と共に祖母に置き去りにされ、曽祖父に引き取られていた。

 六月某日のある晩、母は夢を見た。

 父が厚手のコートを羽織り、大きな旅行かばんを提げ、生まれてすぐ亡くなった姉を抱いていたという。

 泣きじゃくる姉をあやしながら、祖父は立っていたそうだ。

「お父さん、何でそんな暑い格好をしているの?いま夏だよ?」

 母は聞いた。

 祖父は笑って

「これから遠いところに行くんだよ。すごく遠いところにね。

 そうだ、一緒に行こう。父さんと一緒に」

 と言っていた。

 直感で『行くと言ってはいけない』と判断した。

 母は分かっていたのだろう。

「まだ行けない。まだやりたい事が沢山あるから、またいつか迎えに来て」

 父は寂しそうな顔でうんうん、と頷いて、背を向けて歩き始めた。


 そこで夢から覚めた。

 黒電話のやかましいコール音がなる。

 朝早くから誰だろうとは思っていたが、電話をとると『やはりな』以外の言葉はなかった。



『昨日の11時にお父様が亡くなりました』



 それが祖父との別れだった。



 実を言うと、2年前ほどに祖父がもう一度母を迎えに来たらしい。

 身支度で忙しい朝に打ち明けられ十分なドッキリだったが、「ちゃんと八十歳になったらまた来てって言ったよ」と笑っていた。


 祖父の姿は写真でしか見たことがないが、また厚手のコートを着て迎えに来たのだろうか。

 そして、母が八十歳になったら、

 今度こそ連れて行ってしまうのだろうか。

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