第1章 ドラゴンとヒト

1. 異端の者たち

緑豊かな深い森の中、野花は朝露に包まれ輝きを放ち、小鳥はさえずり自由を謳歌していた。


突然、花々は散り、小鳥たちは慌ただしく飛び立っていった。


『ウィン、腹が減った。』


恐ろしく低い声が空気を揺らした。花を散らしたのも、小鳥が逃げたのもこの声の主が犯人であった。


「町が近いはずだ。もう少し我慢してくれ。」


答えたのは少年だった。長いマフラーに、体をすっぽり覆い隠すコートを身に付けている。どうやら旅人のようだ。


「その前にシグルスを隠さないとな。」


少年、ウィンがシグルスと呼ぶその恐ろしい声の持ち主はヒトではなかった。体は真黒の鱗に包まれ、背には蝙蝠の何百倍の大きさの翼、額には棘のように何本もある角らしきものもある。目は黄金色に鋭く輝き、口は豚を一口で食べれそうなほど大きい。


シグルスはドラゴンだった。


『いつもすまん。』その恐ろしい風貌にそぐわず、申し訳なさそうな声色でシグルスは言った。


「しょうがないさ。クソ面倒な法律のせいで俺しか町へは入れないし、お前はでかいし―――」


戦時特例刑法第7条:龍と関わった者には罰が課される (126年前成立)


ドラコ・ベルムの真っ最中の今、ヒトがドラゴンとかかわりを持つことはご法度であった。千年続く戦は「全てのドラゴンは敵である」なんて意識をヒトのDNAにべっとりと刷り込まれていた。


「シグルスは敵じゃあないのにな。」

『・・・・・仕方ないだろう。』


ザクザクと歩を進める二人であったが、突然、シグルスは足を止めた。


『人間の声だ。』


ドラゴンは人間よりも五感が優れていた。こんな森の奥でどこのどいつが、とウィンは思ったがとにかくシグルスを隠すことが先決であったため、考えることを辞めた。


ひときわ深い茂みに大きな体のシグルスを隠して、ウィンは静かに様子を見に行った。声のする方へ近づき、木の陰からこっそりと覗く。


そこにいたのは一人の少女であった。


女一人でこんなところに何の用だろうとウィンは不審に思った。彼女はキョロキョロとあたりを見回している。どうやら人がいないことを確認しているらしい。恰好からして町からやってきたようであった。少し大きめのカバンを持っている。


「誰もいないわよね。」


そう呟くと、カバンを開け、そこに向かって声をかけ始めた。


「出てきていいわよ。狭かったでしょう?ここで少しゆっくりしていきましょう。」


何かがそこにいるのだとウィンは悟った。カバンからひょっこり顔を出したそれにウィンは息を呑んだ。


『クゥ』


それは驚いたことに、幼体のドラゴンだった。

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