卒業式

@Candle_Noel

卒業式

僕とはあまりにも違い過ぎて、眩しくて、初めはまともに目を合わせられなかった。

視界のどこかにあなたが入ってくるようになってからは、温かくきれいな光玉みたいに、ぽっと僕の心を灯すようになった。

僕は教室でも部活でも、多くの友達といつも一緒にいたから、一人でいる時間はほとんどなかった。根拠のない寂しさをいつも感じながら、その原因を考えることはしなかった。

あなたは基本的に一人でいつも本を読んだり、英単語を覚えたりしていたけれど、孤独ではないように見えた。教室にいるのに、そこから抜け出して、どこか上の方から様子を見ているような、そんな不可思議な視点でそこに居るような気がした。

あなたの横で、あなたと同じ視線になってみたいとどこかで思いながら、あなたに話しかけることはなかった。

季節が二週巡り、最後の校歌を歌うその時まで。


あっという間に卒業式が終わり、最後のホームルームでは担任が号泣。

あなたはその様子を、いつものように静かに柔らかく笑って見てた。

その笑顔を見た時、ふと、

――ああ、これも最後なんだ。

と思った。あなたの笑顔を見て心が少し暖かくなることは、もう二度とないのだと思った時、なぜか無性に寂しくなった。

校長先生の祝辞を聴いても、中学の先生から電報が届いても、普段感情表現の薄い友達が目を潤ませていても、いつもバカやってたやつが、一番上のボタンまで留めて朝から学校に来ても、口では「最後だな」なんて言いつつも。

もう二度とやってこない当たり前を、こんなに惜しいと思うことはなかったのに。

失ったら痛いものだと、きっと僕は失うまで分からない。

それが例え、最初から自分のものではなかったとしても。

僕は勝手に一番大きな喪失感に包まれる。

――なんで。

何で声をかけなかったんだろう。

何気ない「おはよう」でもよかった。

「今日の数学って宿題あったっけ?」

「英語の予習忘れたから見せてくれない?」

「体育は何選択してるの?」

「席どこになった?」

「雨ひどかったね。濡れなかった?」

「何の本読んでるの?」

会話のきっかけなんて、いくらでもあったのに。

聞きたいことを、聞けばよかった。

あなたの事を、もっと知りたかった。

僕は君の事を、僕が知りたい君の事を、何一つ知らないんだ。

そう気づいた時、ふと、あなたが顔を上げた。

飽きるほど見てきたあなたの横顔は、今日も最後まで変わらない。

唯一違うのは、髪の生え際にかかるように、小さく編まれた横髪位だ。

自己主張の少ない彼女なりの、卒業に対する特別が込められたものだろうと思うと、自然と愛おしさが生まれる。


――ああ、あなたは僕の好きだった人。

気づくのはかなり遅かったけど、きっととても好きな人だった。

自分の気持ちに気づかないふりをし続けた代償は、告げられもしない永遠の片思い。

始まりも、進展も、実りもせず密かに終わった僕の恋は、恋と呼べるのかどうかも怪しい。

それでも、せめてこれを恋と呼ばせてほしいなんて思うのは、きっと僕の独り善がりだから。

ついでに最後、教室を出るときにこう言おう。

「じゃあな、片岡」

3年間一度も呼べなかったその名前を、一度だけ呼んで。

「バイバイ、真島君」

返事があったことに、自分でも驚くほど喜んで。

ひらひらと柔らかい笑顔で手を振ったあなたの顔を暫く見て。

――やっぱり話しかけとくんだった。

そういじましく思ってしまう僕を、どうか許してほしい。

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