第117話クロント王国三都市同時侵攻戦ⅩⅤ
クロント王国侵攻戦に参戦したネルファがカルラによって足止めを喰らってしばらくのこと。神敵者及び、各護衛者達へ救援要請という形で連絡が成された。それにより連絡を貰った者達は忙しなく動き出していた。ここ第二のアルフヘイムでも。
つい数分前に連絡を受けた怠惰の神敵者、ヴェルンハルト・マスラムの護衛役、アイリ・ヘルミッシュは急ぎ主人の部屋へ向かった。
ノックする間もなく扉を開け放つ。
「うひゃっほいっ!?」
いきなりのアイリの乱入に寝転がっていたソファーから跳ね起きて奇声を上げるハルト。
「何をそんなに驚いてるんだ?」
仮にもハルトは人類最強の一角な訳だが、こう言った姿を見るとどうしても疑問を持ってしまうアイリであった。
「いやねぇ、いきなり入って来られると驚くでしょ、普通は!」
「やましい事でもしてなければ問題ないだろう」
「…やましいことしてたらどうする気なんだよ…」
思春期少年特有の盛んな自慰行為とか。
ハルトはとっくに思春期ではないが。
「その時は見て見ぬ振りをするだけだ」
「せめて何か言って! じゃないとこっちが惨めじゃん!?」
「そんなの知らん。と言うか私はこんな下らない事を言う為にここに来たんじゃない」
アイリはハルトを観察するように頭の先から足の先まで眺めた。それは徐々に険しいものへと変化していった。
軍人の如き機敏な動作でソファーの上に正座するハルト。飼いならされた犬のようだ。実際は海竜人なのだが。
「先程ネルファ様から連絡があったはずだが? 何故何も準備していない?」
ハルトはかなりラフなものだ。パジャマ姿で脇には枕まで置かれている。これから一眠りする予定だったのか。
このような格好ではネルファの要請に応えるには相応しくない。殺し合いに行くのだ。それ用の装備を整える必要があるはずなのだが…
「準備? 何の?」
「先程ネルファ様から連絡があっただろう」
「はて?」と肩を竦めるハルト。
「知らない訳ないだろう。ネルファ様が「神敵者及びその護衛に告ぐ――」と通信してきたはずだ。その中にお前だけ含まれていないなどあるか」
「あ~ じゃ、あれだ。俺だけ通信の状況が悪くて届かなかったんだなぁ」
どこまでも白を切るハルト。目は忙しなくキョロキョロしており明らかに嘘だと分かる。お粗末すぎる演技に誰が見ても嘘だと分かる。まして長年一緒に居るアイリからすれば気付かないわけがない。
「あくまで通信は無かったと言うんだな?」
最終確認とゆっくりと問う。
ハルトは躊躇いなく頷いた。これによりアイリの中である決意が成された。
「そうか。なら告げてやる。さっさと戦場に向かう準備をしろ! 一分だ!」
「ふぇ~ ムリムリ。俺これから寝るから…」
予定を語るハルトだが眼前が暗くなったのに気付く。瞼を閉じていても光はそれなりに透過してくるが今はそれがない。片目を開けると、部屋にあった花瓶を手に今にも殴りかからんとするアイリの姿が。
「遺言はそれでいいな」
「…よくな、ぶべしっ!」
肯定も否定もさせずに殴られ、せめてどっちか言わせろよ、と思いながら床とキスした。
数分後。
ハルトはネルファからの忙しないコールに嫌な予感を覚えて出なかったと告白した。当然アイリから追い打ちを貰った。時間が無いので少なめだが。それでもハルトの頭には三つのタンコブ、顔には赤く腫れた痕が数か所できた。
「痛い…」
腫れた頬を撫でつつぼやく。
「それはお前が避けた結果転んだからだろう! 私はそこまでひどくはやっていないぞ」
「でもぉ、アイリが攻撃してこなければこうはならなかったわけだしぃ~」
「元はと言えばお前が嘘を吐いたのがいけないんだろうに。それを何で私が全て悪いみたいに…」
こんなどうしようもない奴に気がある自分の正気度を疑う。が、普段と非常時の差が激しく、それでより一層助けられた時にカッコよく見えてしまうのも事実。
(こいつ分かっててわざとギャップ差を利用してるのか?)
タンコブを撫でては「ジーザスッ!」と叫ぶ姿を見ればそれはありえないと思い至る。
溜息が洩れた。
「それで、準備は出来た訳だがどうやって移動すんの? 俺もお前も空間係の魔法使えないはずだぞ」
ハルトの装備は鎧など重さのあるモノはほとんどない。
身体の線が分かるほどにピッチリした黒のインナー。その上に白いシャツ、紺色のロングコート。ベルトで腹部を締め脱げないようになっている。ズボンもインナーと同様細身のもの。腰には二振りの刀を帯び、準備は完了している。それなのに出向く手段がないので気になっていた。あわよくばこのまま参加しなくてもいいのでは… などと考えているのだが、
「問題ない。ミルフィー様がこちらに来てくれるそうだ」
「ですよねぇ~」
手を打っていたアイリに残念顔になるハルト。本来はアイリの手腕を褒めるべきだが、ハルトの中に称賛の文字はない。寧ろよくもやりやがって、と怨差が渦巻く。
既に救援ルートが確定し諦めモードのハルト。その時、部屋の中央に一筋の縦線が刻まれた。人が通れるほどの大きさになる押しのけるようにして開く。
「ミルフィー参上!」
「ヴェルンハルト退場!」
空間の切れ目から現れたのはプラチナブロンドをツインテールにした少女と黄色短髪の獣人コンビだ。
少女は黒を基調としたスタンダードなゴスロリ服に同色の傘、獣人の男性はファーの付いたベストを着ている。もし、この場に都市アルスの者がいたならば彼らの事をこう呼ぶだろう。
――サフィールとディレット、と
「逃がす訳がないだろう」
サフィールこと暴食の神敵者ミルフィー・トーラスに便乗しようとしたハルトだが襟を掴まれた。
「何故だ。今ならさらっといけそうな感じだったのに…」
相変わらず面倒事から逃げようとするハルトに苦笑いのディレットことディーン。
「変わりませんね、お二人さんは」
「っふ。当然だとも! 人間そう簡単に変われたら苦労などしないのさ!」
サムズアップと共に歯を光らせての決め台詞をいうハルト。アイリに引きずられる姿ではまったくカッコよくないが。
「ハハハ… それより準備出来てるならさっさと行きましょう。でないと後で
「ネルファを引き合いに出すとは卑怯な。ディーン、お前それでも男か! 男ならもっと正々堂々としろ!」
護衛役である者が怒ってもそれほど怖くはないが、さすがにネルファが参戦してくるとなると話しは変わってくる。言葉一つであらゆる事が可能なネルファだ。逆らうのは愚か者以外にいない。ハルトとて殴られたりして痛い思いをするのは御免だ。
「男らしくないのはお前の方だぞハルト。ほら、さっさと立って、行くぞ」
嫌そうなハルトを引きずり暇を持て余していたミルフィーの元へ行くアイリ。目的の場所までの門を開いて欲しい旨を伝える。ここに至ってようやく観念したハルトは立ち上がり空間の切れ目の前へと向かう。
アイリはハルトが今更面倒がって逃げないように最後尾についた。
「よしっ! 繋がったよー」
「本当に繋ぎやがったよ…」
「いつまでも悩んでても仕方ないですよ。早く行ってさっさと片付ければ後は休めますから」
「…だと良いけどねぇ」
ネルファからの通信内容に関しては大凡アイリから聞いている。それをの情報の元、侵攻戦が終わった後にも一仕事あるかもと予想していた。その所為でディーンの言葉に素直に肯定出来ずにいた。
(面倒事のない楽な人生がどこかに転がってないもんかなぁ)
現実逃避気味の思考に囚われる中で、あるものを感知した。
殺気。
ハルト自身に向けられたものではない。他者に向けたものが僅かに漏れた微小のもの。
殺気と言うのは音と似ている。壁やドアをたった一枚挟むだけで小さく感じ取りづらくなる。だが、これは壁などで減衰した感じ取りづらいものではない。であれば外から向けられた類のものではない。
つまり、殺気の出所は――
振り返ったハルトが見たのは胸から剣を生やしたディーンの姿だった。心臓近辺を一刺しにされている。致命傷。しかしディーンの瞳にはまだ光がある。ただ、か細く、今にも消えてしまいそうな弱い光だ。
「がっ… ぐっ…」
胸から生えていた剣が抜かれるとゆっくりうつ伏せ倒れた。その背後に居たのは能面の如く無表情、否、恐ろしいまでの冷たい双眸のアイリだった。
血に塗れた剣を振り上げると勢いよく振り下ろす。一瞬でも躊躇した感じはない。仲間を手にかけることに何とも思っていないのだ。間一髪、剣を受け止めたハルトが険しい表情で問う。
「何してんだよ?」
問いかけに言葉は無く、眉一つ動かさない。代わりに振り下ろした剣を押し込む強く押し込むことで意志を示す。
間一髪の所で止めたハルトだが、反応が遅れたことで素手で受け止める形になっている。徐々に腕に食い込む刃にスキル"硬化"で対抗するも食い込む速度が多少下がるだけだ。
どうやら膂力だけでなく、スキルなども使用しているらしい。
止むを得ず剣を弾き、距離を取る。
「だんまりか? まぁ、こう言うのは人それぞれだからそれもありだけどな。ただ、理由くらいは聞かせて貰わないとこちらとしても困るんだが」
「…」
「あれか! この前お前のおやつを食ったこと怒ってんのか?」
「…」
「じゃあ、あれか! 体調悪いって言ったのに遊んでたことか!?」
100%ハルトが悪い事柄ばかりだがそこが逆に良かったのか、アイリの口角が若干上がった。
「クハハハ まったくハルトさんは何をやっているんですか… もう少し黙っていようと思っていたのについ笑ってしまいましたよ。もしや、それが作戦ですかね?」
揶揄うように告げてくる声にハルトは眉を顰める。
声自体はアイリのものだ。
しかし、口調が。仕草が違う。
ハルトには目の前の人物がアイリ以外の存在に見えてた。
「誰だ?」
「誰? はて、おかしなことを言いますね。私ですよ。あなたの護衛であるアイリ・ヘルミッシュです」
「抜かせ。アイリはそんな喋り方はしねぇよ。つか、お前似せる気まったくないだろ」
肩を竦めるアイリ、もといアイリの身体に巣食う何者か。
こんな人を煽る話し方をする人物は一人しか知らない。ましてアイリのような実力者を操れる人物となれば尚更。
「当然ですよ、と言いたい所ですが、実際はアイリさんの話し方を忘れてしましましてね。まぁ、覚えていても似せるのは面倒だったのでやらなかったと思いますがね」
アイリの視線がディーンに向く。
「それよりいいんですか? 心臓を貫いたので早く治療しないとディーンさんが死んでしまいますよ?」
その声には愉悦の色が滲んでいた。
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