第118話クロント王国三都市同時侵攻戦ⅩⅥ

 愉悦の含まれる口調にハルトは歯がみした。


 (やってくれたなラグリア…)


 疑問が浮かぶ。

 一体アイリはいつラグリアに操られたのか。


 (あいつの能力の射程は最大でも三十メートルほどだったか? だとすればアイリを操る為に近くに居る必要がある。先にラグリアを始末すれば洗脳は解けるがはずだが…)


 ハルトが僅かに足の向きをずらすとアイリの眼が後を追う。相当警戒しているのが窺える。が、お陰でラグリアが近くにいる可能性は上がった。そこまで考えが及ぶも違和感に気付き思考が止まる。

 第二のアルフヘイムは曲がりなりにもネルファが手ずから作った孤島だ。当然侵入者対策に島全体を覆うように結界が張ってある。見知らぬ者が入ると瞬時にネルファは感知することになる。

 だが、ハルトは何も知らされていない。

 と、言う事は侵入していない可能性がある。


 (ネルファが黙ってる理由はないだろうしなぁ… 本当に侵入していないのか? だとするとアイリをどうやって操ってる?) 


 まだ知らぬ神敵スキルの新たな一面?

 まだ知らぬ新種のスキル?

 どちらがより可能性が高いかと言われれば前者だろう。後者に関してはネルファと言うチートの塊が、何百年と生きてきた中で知り得るスキルをチェック、習得している。その中に距離に関係なく人を操れる物はなかった。

 神敵スキルはグラムールに入団時に能力を互いに開示している。話した内容が真実だとは限らないが。ハルト自身もそうだ。自らの能力を全て話して不利な状況を作る訳がない。

 アイリを操ったのは神敵スキルだとして、問題はいつ仕掛けられたかだ。

 ラグリアが仕掛けられるときはグラムールに居た時、もしくはアルフヘイム襲撃の時か。

 どんなに考えても可能性の域を出ず、もどかしい。その様子を楽しむように見つめるアイリ――ラグリア。

 まずは先にディーンを助けてから、と考えていると背後に居たミルフィーが呟く。


 「…ディーン?」


 ゆっくりとした動作で無造作にディーンの元まで行き、膝を付く。徐々に死に近づく中でもディーンは己が主に心配させじと微笑む。が、笑みは消えた。

 血を流し過ぎていた。

 肌は青く、寒い。身体は重い。

 

 「…っ ご、めん、な… 約束、護れ、そう、に、ない…」


 ミルフィーは何が起こったのか分かっていないのか、ディーンをぺたぺた触っては揺する。その時には既にディーンの瞼は落ちていた。

 ミルフィーの姿が痛ましい。これ以上見るに堪えない。堪らず視線を逸らしたくなるほどの状況でアイリ――ラグリアが声を上げて笑った。


 「フフフ いやはや、これは何とも感動できる話ですね。主人を心配させじと健気に振る舞うディーンさん、私涙が出てきそうですよ」

 

 ラグリアを警戒しながら二人の元へ行き、ミルフィーに小声で話しかける。


 「今ならまだ助かるかもしない。俺があいつの相手をするから早くネルファのとこに行け」


 ハルトもミルフィーも回復系の魔法は使えない。四人の中で唯一使えるアイリは操られる始末。仮に回復魔法が使えたとしても心臓を刺されている以上は、ただの回復魔法では治らない。だが、傲慢の神敵スキルなら可能だ。死にさえしていなければどんな状態からだって引き戻せる。

 ハルトの声にミルフィーは反応しなかった。呆然とディーンを眺めるだけ。精神的にもうダメになっているのかもしれない。


 「ミルフィーさんは戦えないようですし、私たち二人で殺し合いと行きましょうか。ハルトさん?」

  



 アルフヘイムにはモンスターはいない。移住最初期に全て討伐したからだ。偶に海の中から上がってくるモノもいるが直ぐに討伐される。よって戦闘行為の殆どは海岸付近でしか起こらない。が今回は違っていた。

 住宅からほど近いところで爆発音があがり、木が折れ、森が拓かれる。住民が心配そうに顔を覗かせる先、そこに居たのはディーンと呆然自失のミルフィーを抱えたハルトだ。背後には細い剣を手に、操られたアイリが追随してくる。


 「自分に関係ねぇ場所だからって躊躇なく破壊しやがってよぉ…」


 さっさとディーンをネルファの元へ送ろうとしたハルトは、元アルフヘイムで騎士団に属していたステイツと言うエルフの元へ向かおうとしていた。ステイツ転移出来るのでミルフィーの代わりを勤めて貰おうと思ったのだ。しかし、住宅付近に入った直後、家も住民も関係なく切り捨てるアイリを見て考えを改めざる得なかった。結果、二人を抱えたまま逃亡している。

 本来なら直ぐにアイリの動きを止めたい所だが、相手はあのラグリア。どんな手を隠しているか分からない。やるにしても一瞬で意識を奪い、拘束、操られないようにしなければいけない。


 (難易度たっけぇよなぁ~)


 生死を問わないならば一瞬で蹴りを付けることも出来るもハルトには選べない。それを見透かすように躊躇なく襲い掛かってくるのだから性質が悪い。

 怠惰の神敵スキルを用いて加速、森の中へ隠れる。


 「おい、ミルフィー。いい加減正気に戻ってくれ」

 「…」


 目は虚ろでありながらもディーンだけは視界から外さない。

 近くで爆発音があがった。

 アイリが魔法でハルト達を炙りだそうとしていた。チマチマとしたやり方ではない。威力が高く、広範囲を狙える魔法で。

 いくらアイリがエルフで魔法適性及び魔力が多くとも広範囲で高威力の魔法を連発していては魔力が持たない。現に額には汗が浮か気分を崩している。それでも撃つのをやめない。


 (使い潰すつもりか!)

 「どこですか? ハルトさ~ん。早くしないとアイリさんが死んじゃいますよ~」


 魔力が枯渇すれば魔法は使えなくなる。これは常識だ。しかし、寿命を対価に無理矢理に行使する術が存在するのはあまり知られていない。あまりに危険故だ。残量を測り間違えれば戦闘中に死ぬことになってしまう。

 それをラグリアは知っていた。

 アイリで実際に行っていた。

 ラグリアからすればアイリとは面識はあっても仲間でも友でもない。死のうがどうでもいいのだ。だからこそ躊躇せず使い潰す。これが他の要因でまだ役に立ってもらう必要があれば生かしただろうが。

 エルフの寿命は長いが無限ではない。さすがに見過ごすわけにはいかない。


 「少しだけ待ってろ。直ぐに終わらせるから」


 二人を下ろし、水のヴェールで覆う。これで爆発から身を守れるだろう。

 ハルトが姿を現すとアイリの肌は土気色だった。

 腕や足には剣で自傷したあとが複数ある。気絶しないようにした後だろう。


 「お待ちしていましたよ」

 「…随分と調子乗ったツケはしっかり払ってもらうぞ」

 「あなたにアイリさんを傷つけることが出来るので――っ…」


 アイリの視界の左半分が紅く染まった。

 血だ。

 腕を斬り落とされ、血が噴き出していた。

 ラグリアは笑った。

 精神的な繋がりはあれど肉体的な繋がりはない。よって痛みなど感じない。


 「ハハハ。躊躇なく斬りますか。ですが、いいのですか? アイリさんがどうなって…」


 最後まで言うことなくラグリアは動きを止めた。止められた。


 「何言ってるか分かんねぇよ」

 

 操られたアイリは巨大な氷に包まれている。急速に冷やす事で出血を止め、仮死状態に。傷が壊死する心配もない。心配があるとすれば、


 「後で文句言われるよなぁ」


 油断を誘う為とは言え、腕を斬り落としてしまった。それで文句で済むのはネルファと言うチートに治して貰えるからだが。

 今まで幾度も人を斬っては来たが仲間を――それも自分を慕う者を手にかけるほど気分の悪いものはない。柔肌に食い込んでいく感触がありありと残っている。

 感傷を振り切り二人の元へ行く最中のことだった。パシャンと二人を覆っていた筈の水のヴェールが内側・・から破られるのを感じた。

 駆けつけたハルトが見たのは呆然としたミルフィーの胸を貫くディーン。


 「ディーン…?」

 「私が何故アイリさんを操りディーンさんを手にかけたと思います?」

 

 愉悦を含む声。

 それは先程始末したばかりのものだ。


 「答えは単純です。神敵者――正確にはあなた達の内一人を始末しときたかったからですよ。これから先行うことに介入されるのも面倒なのでね」


 そこまで一気に喋ったディーンだったが血を吐きだすと倒れた。


 「…どうやら、ここまで、のよう、ですね… では、迷宮都市、クイールで、お待ち、して、おり、ますよ」


 脱力しミルフィーに覆いかぶさるようにして倒れた。

 ミルフィーは涙を流しながら「どう、して…?」と呻いた。


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