第115話クロント王国三都市同時侵攻戦ⅩⅢ

 血飛沫が上がった。

悲鳴が上がり、ペタンと地面に座り込む女性。

 その光景をつまらなそうに見る白い仮面に袖と胸の辺りがボロボロになった服を着た白髪の男――セリム。

 セリムは現在、アルス冒険者ギルドの一階部分へと来ていた。そこでルインに一階に居る者の始末を命じたのだ。それが先の光景だ。

 血を払い剣を仕舞うルインを傍目に生者がいないことを確認し、ルインを二階へと向かわせた。


 (やはり地下か)


 地下から相当数の気配があるのを感じ取っていた。

 悲鳴が聞こえた影響だろう、時折様子を見に来る者を始末しながらルインが来るのを待つ。


 「誰もいませんでした」

 「地下だ。道中説明した通りお前は誰も逃がさないように通路で見張ってろ」

 「はい…」


 ルインと合流すると作戦――そう呼べるものではないが指示を出し、一歩一歩階段を下っていく。

 階段を下った先、ざわざわとした声が聞こえてくるのに反し人の姿は確認出来ない。

 地下訓練場の入り口の所にスモークガラスのように先が見えない結界が張られていた。

 一見、とても薄そうな結界だが触れてみて分かる。普通に殴っただけでは壊すのは難しい。相当な魔力が込められている。

 セリムにとってこの程度の結界の破壊は造作もない。障子を破るようなものだ。破壊しようと力を込めた手前、通路横の壁からスモークガラスに向かい魔力が流れているの

を確認した。

 結界を構築するのに使われているのか、理由は定かではないが壁を彫ると石が埋められていた。拳台の紫の石だ。

 

 「これは何だ?」


 ルインは僅かに考える仕草を取ると口を開く。


 「結晶石だと思います」

 「使い方は?」

 「えっと…すみません」

 

 ルインに与えられた役割は情報の収集。

 セリムは力を付けたり金を稼いだりとやることが多く他に時間を割く余裕をがない。そこで情報収集役としてルインが育てたが、知りたかった答えは返って来なかった。

 知りたかったのはどうやって結界を構築しているかだ。

 俯くルインから視線を外すと埋まっている石を取り出しリングに収納する。スモークガラスのようだった結界が僅かにクリアになる。完全にクリアにならないのは、他にも

結晶石の効果が作用しているからだろう。

 魔力を探るが通路側にはもう残されていなかった。あと二、三個は素材として回収しときたかったのだが後回しだ。

 一本立てた指を結界に這わせる。力を込めて押し込むと簡単に結界を突き破った。

 指を下に下ろすと徐々にヒビが入り、ガラスが砕けて行く音が聞こえる。

 高い音を響かせガラスが砕けた。

 結界内に居た者たちがざわつく気配が広がった。


 「な、何者だっ!?」


 入口付近で見張りをしていた冒険者の一人がセリムへ誰何する。

 声には完全に不審者に対する警戒が含まれている。状況を考えれば当然だがセリムは構うことなく通り過ぎた。

 冒険者がセリムの肩を掴む。

 足を止めたセリムは振り返ると肩を動かし振りほどいた。それから虫でも払うように叩き飛ばした。 


 「触んな」


 怯えを含んだ眼が向けられる中を見渡すセリムの視線がある一点で固定された。

 騎士に囲まれる中で一際豪華な鎧、騎士とは思えぬ体型。セリムはひと目でこいつが一番上であることを認めた。

 仮面越しでも向けられる視線に気付いたのか、目的の人物――クロント王国、槍聖騎士団第六騎士部隊所属、テセウス・ヴァンキッシュは引き攣った表情になる。

 部下に己を護るように騒ぎ立てた。

 周囲の人間はこんな状況だと言うのに騒ぐテセウスを迷惑そうに見るが何も言えない。

 一歩一歩近づくセリムが人波を押しのけて騎士達の壁へと進む。

 副隊長の男が指揮を取り槍を構えるよう促す。


 「これ以上そいつを近づけさせるな。総員構えよ!」


 槍を向けられセリムが足止めた。

 恐れを成して止まったと思ったと勘違いしたテセウスは、恐怖で声が震えないようにしながら声高々に叫ぶ。


 「な、何だ貴様は!? 私は栄光ある槍聖騎士団第六騎士部隊所属、テセウス・ヴァンキッシュだぞ。私に逆らうと言う事は王国に逆らう――へっ?」


 騎士の壁に穴が空いた。

 テセウスの耳障りな声を遮るように突き出されたセリムの両の貫手が、騎士を貫き、それらをテセウスに投げつけたのだ。

 ドシャと言う音と共に血の臭いが地下訓練場を支配していく。


 「面白いこと言うな。たかだがお前程度一人のために王国が動くと本気で思ってんなら相当目出度てぇ頭だ」


 静まり返っていた訓練場に音が戻った。

 悲鳴だ。

 一つ二つではなく、見える所全てで。

 訓練場に運ばれているのは負傷者、冒険者が多いが一般人も多く存在する。そのような者達にとって人の死とは目撃する機会が少ない。例え都市から少し出た所でモンスターと戦い人が死んでいる事実があるのだとしても直接関わっていなければ対岸の火事と同義。

 我先に逃げようと唯一の出入り口である通路へ向かう人々。逸早く通路へと辿り着いた者から鮮血が舞う。

 ルインだ。

 セリムから誰も通すなという命を忠実に実行して切り捨てた。

 前門の虎後門の狼。

 その状態の中で取れる選択肢は少ない。

 強ければルインを排除して通る事も出来るが大半が一般人、そこに負傷した冒険者や弱い冒険者が大半の集団だ。まず排除と言う選択は難しい。

 残された選択肢は――強引な、数での突破。

 自分だけは助かると信じて雪崩れ込むようにして行けば… そんな可能性に縋って突き進む。

 人と言うのは不思議なモノで、その場に留まれば今しばらくは安全かもしれない状況でも必ず動きを起こす。まるで少しでも危険があるから絶対な安全圏へ行こうと言わんばかりに。

 間断なく雪崩れ込む人々を表情を押し殺しながら切り捨てる。次々に死体がその場に転がり通行を妨げ、結果、同時に進める数が限定された。

 人々は突貫を諦め制止した。

 最初から動かず様子見に徹していたそこそこ実力のある冒険者や受付嬢が落ち着くように宥め様子を見守る。

 セリムと槍聖騎士団の所だけ人々が離れぽっかりとした空間が出来ていた。


 「ハッ! 止まれ! これ以上その足を進めるならば問答無用で攻撃する」


 副隊長の男が鋭い声を発しながらセリムの背に槍を付きつける。

 二名の騎士はいずれもお飾りの存在ではなかった。それがあぁも一瞬で殺られたことに一瞬隙を生んでしまった。その隙にセリムは壁役の騎士達を通り過ぎてテセウスの元まで行こうとしていた。

 まずはテセウスを散々甚振り殺してから絶望を撒こうと思ったのだがどうやらそうはいかないらしい。


 「両手を上げてゆっくりとこちらを向け」

 

 副隊長の指示に従いゆっくりと振り向くセリム。

 しかし、その手にはヒュドラから作られた黒い大剣が握られていた。

 四十五度ほど迄はゆっくりとした動きだったが残りの四十五度でいきなりスピードを上げた。ブォンと唸りを上げて振るわれる大剣に騎士は防御できずに胴体を真っ二つにされていく。唯一副隊長の男とそれより後に居た者は助かっていたが吹き飛ばされた。


 「ぐっ… どういう、つもり、だ」

 「あぁ? どうもこうもテメェに関係あんのか? 折角後回しにしてやったのによ。そんなに死にてぇなら望み通りにしてやるよ」


 大剣を両手で持ち大上段に構えると振り下ろす。

 地面が爆ぜたように盛り上がり抉れた。


 「ひゃ、あぁぁぁぁぁぁぁ――ぐぼっ」


 逃げ出そうとした騎士に大剣を投げつける。

 勢いよく向こう壁まで剣に突き刺さったまま運ばれた騎士は図鑑の標本の如く。

 背後からテセウス始め、取り巻きの貴族共が腰を抜かした状態でセリムを見続ける。視線を感じながらも一蟻でも処理する如く踏みつぶしていた。

 邪魔されたことでつい苛立ってしまったのを息を吐き出しクールダウン。


 「く、来るな! わ、私はバンキッシュ家の者で――ぶばぁ」

 「か、金をやる。だから私を助けろ、いや下さい――ごはぁ」

 「私はこいつよりもっと出す。だから――ぶっ」


 口々に自身の価値を口にする貴族だがセリムの眼には一切価値がない存在としてしか映っていない。テセウスを張り手で黙らせ他の取り巻き達は貫手で殺した。

 既に順番が狂ってしまいもうどうでもよくなったのだ。取り敢えずはテセウスさえ殺せれば。

 テセウスの元まで行くと首を掴み持ち上げる。


 「お前に聞きたい事があるんだよ。答えてくれるなら助けてやってもいいぞ」

 「ごほっ ほ゛ん、とかっ!?」

 「あぁ。俺はこう見えても慈悲深いからな」


 言ってる本人も慈悲深さなどまったくないのを自覚し思わず笑いそうになっていた。

 最初に聞いたのはソート村についてどこの槍聖騎士団の部隊が実行したのか。

 次に、誰の指示で実行されたのか。

 最後に王国の軍内戦力に関して。

 これらの質問に苦しそうな表情を浮かべながらも一筋の希望を逃すものかと懸命に話すテセウス。


 「じ、実行したのは、第一部隊… それとイバン・スチュワート副団長だ」

 「随分と上が出張るじゃねーか。それでそれは絶対に正しいと言えるのか?」

 「い、言える」

 

 首を掴む力を僅かに緩めると次の質問を促した。

 誰の指示で実行されたかだ。


 「アガレスティ・バブルフ研究所長とイバン・スチュワート副団長が進言したと聞いている」

 「アガレスティ? …そいつは白髪しらがに白衣を着た奴か?」

 「そうだ」


 アガレスティ・バブルフと言う名には聞き覚えがあった。

 何を隠そう、ソート村から去ることになった原因を作った人物だ。

 当時は焦っていたとはいえアガレスティのことは当然印象に残っていた。

 イバン・スチュワート。

 まったく聞いたことのない名だったがこうも連続で出されればこいつがかなりソート村の件に関わっているのが理解出来る。相応のお礼をしてやろうと心に誓う。

 最後の質問を投げかけた。

 王国の軍内戦力に関して。 


 「私も詳しい事は知らない」

 「あぁ?」

 「ほ、本当だ。私が知っているのは全部で四つ。それと噂で一つだ」

 「さっさと言え」

 「本物・・の聖剣を使う団長を筆頭とした剣聖騎士団。本物・・の聖槍を使う一番歳の若い団長の槍聖騎士団。本物・・聖弓を使う団長と殆どが女で構成された弓聖騎士団。それから先の三つが行えない仕事を受け問うと言われる裏の騎士団、暗黒騎士団だ。これに関しては私も情報は何もない」

 「で、魔術師団は?」

 「本物・・の聖杖を使う剣聖団の団長と並んで最古の団長を要する魔術師団だけだ」


 カルラに以前聞いた話では剣聖と槍聖、弓聖、魔術師団の四つだったがどうやらあまり知られていない部隊が一つ発足していたらしい。それについてはあまり情報がなく使えないと思うセリムだったが。


 「ぜ、全部話したぞ。だから私をさっさと解放しろ」

 「…あぁ、そうだったな――何て言うと思ったのか?」


 掴んでいたテセウスを地面に叩きつけ愉悦に染まった声を漏らす。それから足を振り上げると手を踏み抜いた。


 「誰がテメェみてぇなゴミを助けんだよ! テメェは大人しく死ね、死んで詫びろやカスがぁ!」

 「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!!!」


 一発で変形した手を何度も踏み抜くと地面にめり込み同化していく。手首辺りから完全に折れ曲がり、どこからが手か分からない有り様だ。それでも死ぬには足りない。

 気絶するたびに白魔法で僅かに回復させて叩き起こす。それから逆の手を踏み抜く。

 さすがに二ヵ所もやられると痛みが勝るのか、気絶しても直ぐに意識が覚醒する。


 「うじょじゅぎ!! だじゅげるっでぇ―――ぎゃあぁぁぁぁぁ!」

 「何言ってんだ? しっかり喋れよ!」


 手を踏み抜くと両足も同じ末路をたどる。さすがにここまでやると死ぬ恐れがある為に回復させながらだが。

 もはや虫の息となったテセウスを白魔法で全開に回復させるセリム。光が降り注ぐと傷が治っていく。ただ、傷があまりにも複雑な為に完全に元通りにはならず手足はもう一生使い物にならないだろうが。

 いきなり引いた痛みに滲んでいた視界が元に戻ると身体を持ち上げられる。

 今度は何をされるのか、恐怖に引き攣らせた顔を左右に振る。


 「もう、やめろ… やめてください」

 「まだサービスは終わってねぇんだよ。楽しめよ」


 両肩を掴んでいた手に力を入れていく。

 ミシミシミシと嫌な音が響く。

 最初に変化が起こったのは鎧だ。

 肩の部分が粉々に砕かれ皮膚に突き刺さる。痛みの呻く暇もなく次なる痛みに襲われる。

 まるで身体が縦真っ二つにされるかのように離れていく痛みだ。

 左右両方から加えられた力でテセウスの両腕は、付け根のあたりから肉が離れていっていた。


 「がぁぁぁぁぁぁぁぁ イタイイタイイタイイタイ!!」


 聞く耐えない悲鳴にこの場に残っていた誰もが耳を押さえ目を瞑る。ルインとて例外ではなかった。寧ろそのさまを正面から見据えながら哄笑するセリムが異常なのだ。

 訓練場に異様な空気が流れる中、叫び声を上げていたテセウスの声が途切れた。

 涙と鼻水と涎で顔中をべちゃべちゃにした目から光が消えていた。

 死んだのだ。

 だが、セリムはこんな事で終わらせる気はない。

 千切った両腕を投げ捨てると頭を掴み魔法を発動した。


 ――死霊魔法


 死んだはずのテセウスに再び仮初の生が宿る。

 

 「死んで終わりだなんて虫が良すぎだよな」


 死んでもその死すらを弄ぶ外道は、残る騎士たちにも魔法を掛けた。


 「ここにいる奴ら全員を始末しろ」


  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る