第97話殺し合い

「あぁ~楽しかった」



ぽすっと近場にあったベンチに腰をかけるゴスロリ娘こと、サフィール。


お菓子を取り出し美味しそうにはむはむしている姿はそれだけで癒しを与えてくれる。だが、それはあくまで適切な状態だったらだ。


ベンチに座ってから一分も立っていないというのに食べる量が凄い。手にお菓子を持ったと思ったら次の瞬間には消えている。まるで吸い込まれるかの如く一瞬で消えてしまうのだ。通りがかった人達が皆驚き、もの珍しそうに観察しだし現在のサフィールは色々な人たちに囲まれてしまっていた。



「はぁ~。またお菓子をバクバク食っちゃてよ。飯食べられんだろうなぁ…」



サフィールと一緒に行動しているという獣人のディレットが心配と呆れを含んだ独り言を呟いた。




ギルド内にて起こった鬼ごっこと謝罪の達人による流れるような謝罪の数々。そこから街を探索することになった二人がキーラに案内を頼み、先ほど案内を終えたキーラ。


案内前に比べ、どこかげっそりと疲れた様子がうかがえる。


と言うのも、案内早々にサフィール――愛称はフィー――が走り回った挙句迷子になり、ディレットと手分けして捜索活動するはめになっていたのだ。


ようやく見つけたと思ったら知らない人たちに囲まれ、お菓子をもらいながらニコニコしていた。


そこからようやっと案内をしたキーラだったが、またしてもフィーが迷子になった。かと思えば近場の露天を覗きながらおじさんと一緒にお菓子を食べていたりと自由すぎる人物の所為で疲れてしまっていた。


今はベンチに座り大人しくしてくれているおかげで二人共休憩できているが、こんな子の面倒をみているディレットに同情を通り越して尊敬の念を抱かずにはいられないキーラ。


視線に気づいたのかディレットは大柄な体格に似つかわしくない微苦笑を浮かべた。



「悪いな。こんなこと頼んじゃってよ」


「ほんとよ。まったく疲れたわ」


「おいおい、そこは嘘でもそうでもないって言うべきだろうよ」



他愛もない会話をしつつ疲れを吐き出すように苦笑しあう。



「さて、街は粗方見終わったことだし嬢ちゃんのお願いのためにも移動しますか!」


「? お願いって何よ?」


「疲れすぎて記憶力が低下したのかよ。今でそんなんじゃこれから先生きていくのに困るぞ」



勢いよくベンチから立ち上がったディレットに記憶力の心配をされてしまい、糖分摂取にと棒付きキャンディを渡される。


キャンディは本来、サフィールのなのだが、散々迷惑を掛けられた相手なのだから謝罪として渡しても問題ないだろうとの判断からディレットは迷いなく取り出した。


ちょっと馬鹿にされたことでむっ!となるのだったが、疲労から怒る気にもなれず、素直にキャンディをもらい糖分摂取した。





~~~~~~





街探索を終えた一行は、取引条件であった模擬戦をするために移動していた。


移動先は冒険者ギルド…ではなく、都市外だ。


現在、外に出るために入都を管理する警備兵に身分証のチェックを受けていた。



「これは初めてみる組み合わせだね」



三人が身分チェックのために顔を出すと、警備隊の隊長でもあるメルクが警備室とでも呼べる小さな建物の窓から顔を覗かせた。


鋭い目つきはそれだけで人を威圧し真贋を見極められそうな雰囲気がある。だが今はその眼光も緩く、得にキーラに向ける視線はどこか申し訳なさそうなものであった。



「そんな目をしないでって言ったでしょ。もう済んだ事なんだし」


「そう、なんだけどね… これが中々」



もう大分前の話である。


以前、開かれた昇格試験でのことだ。


都市アルスへと帰ってきた時に、メルクがエルフの国に付いての事を口にしたのだ。


メルクは、キーラに対し、配慮せずに話してしまったことに責任を感じてしまっていた。


あのときは単純に事情を説明しようと善意で行った行為だった。だか、考えて見ればキーラはエルフであり、アルフヘイムの出身だったことを思い出していた。それで自身の浅はかさに対してどうしようもない憤りを感じてしまった。


それからキーラに会うたびに申し訳なさそうな顔をするようになっていた。


キーラからは、もう気にしなくていい、という言葉を以前にももらったのだが警備隊長という職についている所為か、責任感が強く中々吹っ切れず今に至る。


「貴方は事情を説明しただけ。それ以上でも以下でもない。だからもうこのことで気を病む必要なんてないわ」


「そうだね。いい加減この問答も終わらせなきゃだし…善処するよ」



未だ申し訳なさの残る瞳だったが先程よりは幾分かマシになっていた。



「それじゃ、チェックをお願いするわ」


「了解!」



切り替えるように目を閉じる。一度息を吐き出しすと再び開ける。


そこには先程までの弱気なメルクはおらず、警備隊長としての威厳に満ちていた。鋭い眼光で街の安全を守る本来の姿だ。


各々から差し出された身分証を手に、カードと顔を何度も見比べたりしながら確認事項を済ませてく。



「キーラにディレット、サフィールっと。問題ないようだね。通っていいよ」



メルクの声を相図に、進路を塞いでいた兵が横に移動し道を開けてくれる。そうして三人は都市から出た。





~~~~~~





都市アルスから出た一行は開けた場所がある森の中へと足を運んでいた。


道中何か珍しいものを見つけたのかフラフラとどこかに行きそうになるサフィールの手を、がっしり掴む。その様は無理やり連行ーー誘拐にも見えなくはない。


ディレットに引きずられていくフィーの後を追いながら目的の場所に到着した。



「何でギルドの訓練場じゃなくてここなのよ?」



今更聞くか?と思わなくもないが至極真っ当な質問。


態々街を出る面倒な手続きをして、森の中を歩くという労力を使ったのだ。何より、まだ日は高いとは言えモンスターが出ることなどを含めた警戒心が余計な神経を使う。


というか、元いた位置からならばギルドの方が近かったのだ。



「お嬢、審判は頼んだぞ」


「はい! 任されたですっ!」



キーラから少し離れた位置にいるディレットが、サフィールと同じ目線になるよう膝を地面をつけるながら頼む。


審判役をお願いされたフィーは手を上げて元気よく返事を返す。


それから何故か二人して戦争に行く前の別れシーンでも再現しているかの如く、がばしっと抱き合う。


「絶対勝ってね」、「合点だ」とよくわからないコント?をしだす始末。こんな茶番を見せられ質問にも答えが返ってこないキーラの内心は変な気持ちが渦巻いていた。


怒りが殺意に変わる前に二人の劇が終わることを願うばかりだ。



「ちょっと!」


「悪いね。戦う前はさっきのやんないといけない決まりなんだよ、俺たちの間では」



さっきの行いがなんなのかはともかく本人たちにとっては重要なことらしい為、それならばしょうがないわね、と溜飲を下げる。だが質問を無視された事に関しては現在もむっ!としている顔から分かるとおり、お怒り中だ。



「そう怖い顔しないでくれよ。…えぇと、何でここを選んだのか、だったか… それは人に見られないようにするためさ」



色々な意味を含んでいそうな意味深なセリフにどういう意味なのか問おうとしたキーラ。だが、口が開かれることは無かった。


目の前にいるディレットから、先ほどまで茶番を演じていたとは思えない程の、殺気と呼べる圧が吹き出したのだ。



「っ…」


「俺の言葉を信じてこんなところまでのこのこ付いて来ちまったのだが運の尽きだったな、嬢ちゃん。けど、まぁ安心してくれよ。二対一なんて卑怯なことはしないからよ」



いつの間にか握られた短刀を逆手に持ちながら、獲物を見定めるが如く鋭い目を向けてくる。


対するキーラは、いきなりの変化に一瞬戸惑いを覚えたものの、今までの経験から身体が勝手に戦闘態勢へと導いてくれていた。


おかげで、それ以上余計なことを考えずに済む。


幸いにもクロとの戦闘後から着替えていなかったのもあって、準備は万端。リングから片手直剣を取り出し構える。



「構えたってことは準備が出来たってことだけど…いいんだよな?」


「…無抵抗でやられる気はないだけよ」


「無抵抗でやられる気、ね。まぁいいか。お嬢合図頼むよ」


「はいです!」



戦闘が始まろうとしていたのだが、お嬢ことサフィールは絵本らしきものを取り出し読んでいた。


せっかくのシリアスさんが台無しだが、これも油断させるための罠なのかも、とどう考えてもそうではないことに頭を回すキーラ。


どんな状況でも最悪を想定していれば自ずと結果は良いものとなる。そういった考え方をここ最近で持つようになったが故の思考だ。しかし、今はそれが仇となとていたが…



「じゃあ、いっくねー。よーい…ドンッ!」



戦う前の合図としては気の抜けるような合図。されど、両者ともに気を抜くことはなかった。気を抜けばやられてしまいそうな程の圧力を感じていた。よって、気を抜くなどできるはずも無かった。


開始の合図と同時に駆け出すディレット。



(大丈夫。目で追える)



放たれる殺気から強者であることを理解する。けれども、実際にはどのくらいの者なのかは戦ってみなければわからない。結果としてはキーラの目には、はっきりと駆けてくるディレットの姿が映っていた。


駆けてくるディレットを見ながらどう対応すべきか考える。しかし、すぐ目前にがあった。


躊躇なく顔面を狙って繰り出される蹴り。このことから殺す気、ないし容赦する気がないことを理解させられる。



「っ!」



イナバウアーするかの如く無理やり上体を逸らすことで蹴りを回避。だが、視界が空を映したと思った瞬間、目前には既に両手で短刀を構えている姿が映る。


またしても顔面を狙う攻撃。振り下ろされる刀に合わせピンポイントの位置に魔障壁を展開。何とか防ごうとしたが、上はガードできてもそこ以外がガラ空き状態であったために、足を払われ地面に背中を打ち付けてしまう。



「っぐ・・・」



目の前には振り下ろされ始めた短刀。


何故地面に転がっているのか、ゆっくり状況を整理している暇などなく、直さま行動に移す。地面をそのまま横に転がり短刀を回避、地を蹴り距離をとる。



(何あれ・・・ 一瞬で距離を詰めて)



気がつけば蹴りが目の前にきており、回避したと思ったら次の攻撃がきていた。


この時になってキーラの中で"手を抜いていた?"という疑問が出てきていた。最初の動きをゆっくりにすることで油断を誘った、そう考えたのだ。



「あれを避けるとは、やるな嬢ちゃん」


「褒めてるの? だとしたら、まったく嬉しくないわね…」


「そう言ってくれるなって!」



いきなり身体から力が抜けたように脱力感に襲われる。原因はわからなかったが誰がやったのかは明白だ。


気怠い身体に再度力を込め、暴風翼テンペストを発動しようとするもそれより早くディレットが目の前にいた。


順手に持ち直された短刀を咄嗟に剣で弾き、距離を取ろうとする。しかし、それよりも早く拳が腹にめり込んだ。メキメキと徐々に食い込む拳に、次の瞬間には勢いよく吹き飛ばされ森の中を転がった。


何度かリバウンドしつつ転がりながら跳ね起きるために地面に剣を突きたて減速する。


図らずとも距離ができたことに嬉しく思いながらも痛むお腹に顔を顰める。


チラリと横目で背後を確認する。


360°全てが木々で囲まれているが、幸い飛ばされたのは都市に向かうの方向だった。


このまま暴風翼テンペストを全力で使用し逃げるべきか?


そう考えるも思いとどまった。


瞬間移動したようにいきなり距離を詰めてくるあの移動方法。あれがあれば追いつかれるだろう。ならばここは相手を拘束ないし、動けなくした上で逃げる。もしくは戦闘不能に追い込むのが最良だと判断した。


実力で言えば相手が間違いなく上だろう。獣人という事もあり、元々のポテンシャルが違う。


剣で斬り合っても筋力値が低いために鍔迫り合いでは負ける。速度に関しては現状は対抗できなくもない。けれど確実に勝てる速度か?と聞かれたら難しい。


なら唯一自身が優っている武器、"魔力"を目一杯使用し魔法で仕留める。


それがキーラが出した答えだった。まるで弄ぶかのようにゆっくりとした歩調で近づいてくるディレットを睨みつける。


油断してるといいわと心の中で呟き暴風翼テンペスト纏う。


未だ倦怠感に襲われていた身体が風を纏ったことで軽くなったように感じられる。加えて魔術師の専用スキル"魔術領域"を発動。魔力と魔法の威力を高める。


準備が整い剣を構え直すと、それを待っていたかのようにディレットが走り出す。



紅炎なる間欠泉プロミネンス・ゲイザー!」


「効かないよっと」



本来温泉などを掘った際に、水が吹き出る現象を間欠泉という。この魔法は水やお湯が吹き出るのではなく炎が勢いよく吹き出る。噴火に近い見た目といえば分かるだろうか。


地面を喰い破り勢いよく出た炎。しかし、またしても瞬間移動したかのように消えると回避される。かと思えば、目の前に現れ、短刀が振るわれる。


ただし今回は身体強化を十全に施した状態だ。纏衣まとい暴風翼テンペスト、この二つを重ねがけした状態ならば回避は容易。


振るわれた短刀を危な気無く回避すると剣での反撃。しかしガキィんという音とともに刀に防がれてしまい、剣を持った腕を掴まれると、背負投げの要領で空中へと放りさせれてしまった。


そこへオーバーヘッドキックの如く宙に浮いたディレットの蹴りが繰り出された。



「っぐ」



両腕を重ね、クロスガードで防ぐもののあまりの威力と速度、体勢の悪さからかなり吹き飛ばされてしまう。


またしても木に衝突しそうになる。折角街に近づいたと思ったらまた引きはがされ、もの凄い勢いで元居た開けた場所付近に戻された。


寸でのところで暴風翼テンペストを背中に集め、後方へとロケット噴射の如く噴出、木への衝突を免れた。


ちょうどその時、先ほどまでキーラが居た場所に着地したディレット。着地した瞬間だった。


いくつもの爆発に巻き込まれた。



「発動、したみたいね」



空中に投げ出され蹴られる寸前のことだ。


"罠師"を使い地面に魔法陣を設置していたのだ。そこに蹴りを繰り出し終えたディレットが着地した。途端、魔法陣が効力を発揮してくれていたというわけだ。


現代の中で近い武器があるとすれば地雷だろうか。


急造であるためにそこまで威力は出せなかったが、それでも無傷とは行かなかったらしく、所々に火傷を負ったディレットが煙から出てくる。



(思ったより効いていないわね…)



思ったよりもタフであったことに顔をしかめつつ次の手を考える。


タフネスさを考えると低威力の魔法では倒すことは不可能。かといって高威力の魔法を使おうとしても時間がかかってしまう。それでは瞬間移動のような移動で回避は必至。


ディレットを倒す為だけに高威力の魔法を連続で撃つとなれば消費魔力がバカにならない。ただでさえ纏衣と暴風翼テンペストで常時魔力を消費しているのに、そこに高威力の魔法を連発したら、如何に魔力に自信のあるキーラとて長くは持たない。


となれば取れる選択肢は一つ。



(全力全開での短期決戦!)



相手の速度から考えてそう何度もチャンスは訪れないだろう。だから一度の為だけに全てを繋げ、隙を作り、全力の一撃を叩き込む。


問題は、その後に目をキラキラさせながら「すごい」を連呼している少女のことだ。どう出るかが気になるところだか、今はそんなことよりも目の前の敵に集中するしかないだろう。


ディレットと一緒にいることから少女も敵であろうことは明白。だが今は目の前の敵を何とかしなければどうにもならない。


幸いに少女は戦闘に参加する意思がないのか、はしゃぐばかりで混ざる気配はないのが救いだ。目を動かし周囲を観察し終わると無駄な力みを払うように息を吐き出す。


ーーやることは決まった。ならばあとは、実行するのみ!



「瞬光!」



さらに魔力を消費する形になるが、全てはたった一撃叩き込む隙を作るために捧げる。


キーラの世界が広がる。知覚速度、範囲が上昇し、今まで以上の速さで全てを捉えていくことが可能となる。



「ゴホッ ゴホッ 嬢ちゃん三次職持ちだったのっかっ」



煙でむせながらも開けた地まで戻ってきていたディレット。何か呟いているようだったが、そんなセリフを態々最後まで聞く義理のない。キーラは躊躇なく魔法を放った。それと同時に自身も駆け出す。


二重に掛けられた強化魔法。それにより飛躍的に上昇した敏捷値が全てを置き去りして進ませる。


景色もを、音を、何もかもがブレた世界でディレット目掛けて最短の距離を最速で進む。



――ブオォン



振るわれた短刀が先に放った火の球を切り裂く。そうなればそこに現れるのはキーラの姿…ではなく、さらなる火の球だった。


一瞬驚いたような顔をしたディレットだったが、驚いたのは一瞬。直ぐに先と同様に魔法を切り裂いて見せた。


周囲を見渡しキーラの姿を探す。魔法を放つと同時に駆けていたのは足音から分かっていたのだ。足音が聞こえてくるのは左斜め前方。



空牙シエル・ファング



振るわれた短刀から、押し固められた魔力が斬撃となって放出された。


今のキーラは知覚範囲が大幅に強化された状態。ならば範囲に入った瞬間には既に回避行動に出ることが可能だ。よって回避も簡単。


背面跳びの如く地面に背を向けジャンプ。上下逆さになった視界の中で土魔法を発動させる。ディレット目掛けて幾本もの土槍アースランサーを作り上げた。


地面から突き出た槍は、以前行われたアルス防衛戦の時に見たものを真似ていた。


パラケルスス・ホーエンハイムという錬金術師が見せた、針山のような作りだ。


わかりやすい例えをするならばウニの刺だろうか。それがキーラのいる場所からディレットの場所に一直線に向かっていく。


技を放った直後を狙ったのだがディレットは突き出る槍を逆に利用した。土槍を足場にすると一直線にキーラへと突っ込んでいく。


対してキーラは背面跳び状態、体勢は悪い。逆手持ちに直した短刀が上段から振るわれる動作に入った。もう少しで届こうかと言うところまで迫ってきていた。だがキーラに焦りは見受けられない。


地面からバチッと静電気でも走ったかのような音が鳴り響く。


キーラへと向けていた視線が地面へと向けられる。そこには幾本もの稲妻が地面の上を生き物の如くうねりをあげながら走っていた。



雷極剣陣ライトニング・スティング!」



その声を相図に地面から接近するものを阻むようにキーラを囲む形で雷の剣が生えた。


剣と剣の間に隙間があったりもするのだが、その間には通行禁止を示すかの如く稲妻が間断なく走り続けている。

通ることは不可能だ。


地面より突き出た剣は一本一本が大きく150cmはありそうな程。これでは先に短刀が届く前にディレットが穴空きなってしまう。



「っ…」



厄介な、とでも言いたげに舌打ちをする。瞬間移動もとい、"縮地"を使い今居た位置よりも高い位置に移動する。


今まで握られていた短刀は口に咥える。両手の指全ての間に計八本の、カッターの刃のようなものが握られている。それらを投擲する。


投擲された刃は一見見当違いな方向に飛んでいるものもあったが、時間差で投擲された刃がぶつかる事で角度を変え全方位からキーラに迫った。


仰向けの形で地面に倒れ伏し、周囲を自らの魔法、雷極剣陣ライトニング・スティングに囲まれている現状では回避は難しい。


ならば――



土壁アースウォール



かなり初歩的な魔法。だが、魔術の発動速度、威力などが上昇している今は刃を防ぐくらいはできる。


自身を覆うドーム状の壁を作り上げ、刃を防ぐ。防がれたことに悔しく思うディレットであったが、それでも今の状況は彼にとってそこまで悪いものではなかった。



(自ら篭って動きを制限するとは… 俺を獣人と見て魔法の扱いが不得手とみての戦法か何なのかはしらないがよ、そうなりゃただの的だ)



ピアス状のリングから物体が粒子状となりてディレットの手に向かう。粒子が徐々に形を形成すると握られていたのは札。両手に計十枚程ある札を土壁アースウォールに覆われたキーラに向かって全て投げつける。


直後巻き起こる連続の爆発。


それは先の地雷トラップに引っかかったお返しとでもいうように何度も鳴り響く。


もうもうと舞い上がる爆煙の中を猛速度で脱出する物体を捉える。"縮地"を使い一気に接近、手刀による一撃を振り下ろした。



「これはっ!」



手刀が触れた瞬間、攻撃が加えられた者は幻であったかのように消えてしまった。この時になりディレットは気づいた。幻術だったか、と。


爆発の中から出てきたのが本物でなかった、ならば本物は?と周囲を見渡すと叫ぶような、この一撃に全てを込めたかのような声が響いた。


そう煙の中から。



侵略の混乱インヴェルズ・オルドヌング!」


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