第91話作戦

獣王国ローアの王城。その廊下を一種異様とも言える集団が歩いていた。


先頭を歩くのは獣神エグル・フェーダ―。続いて獣王レーヴェ・リオン。牙獣戦士団二と三の席次を除く六人。最後に色欲の神敵者ラグリア・フォルネス。


もしこの場にいる者の事を知っていたならば、これから何かやらかす気では?と勘ぐってしまうだろう。だが、幸いと言うべきか誰ともすれ違うことは無かった。


何かヤバイ事を企んでいそうな集団は、廊下の壁に嵌められた鉱石によって明かりを確保しつつ、目的の部屋を目指していた。


先頭を歩く獣神エグルの足が止まった。



「ここだ」



そう言って立ち止まったのは豪華だとか煌びやかさなどまるで感じられない良く言えば質素。悪く言えば味気ないそんな扉の前だった。


扉には開閉を行う為のドアノブがついておらず、扉というよりも壁に近いだろうか。


高さ200cm、幅150cm程の灰色の二枚の扉が合わさったもので表面には魔法陣が彫り込まれている。離れて見てみれば遺跡などにある壁画のように見えなくもない。



「ここは?」



見たこともない部屋に獣王が質問をする。王として城のことをある程度は把握しているはずなのだが、目の前にある扉の部屋は見たことも聞いたこともないものだった。


自国の王ですら知らない物が王城内にあることに牙獣戦士団の面々は表には出さないものの、何か得体のしれないものを感じ緊張が高まる。



「ここは俺が作った部屋だ」



ドアに掌を当てる。すると彫り込まれた魔法陣に徐々に魔力が流れていき輝きを放たれる。


見たこともない扉の仕掛けに場にいる誰もが興味深そうに観察している。全ての魔法陣に魔力が行き渡ると重い音を立てながら扉が開いた。普通の扉同様開閉式だったらしく、灰色の壁のような扉は手前ではなく、押し扉だ。



「来い」



自身についてくるように顎で指し示す。だが、開け放たれた部屋の中は真っ黒だった。一切光が差し込んでおらず、光をも吸い込む暗闇だけがあった。


現在外はまだ太陽が昇っており、ここまでの暗いなど異様としか言えなかった。通常カーテンなどをしていてもここまで暗くはならない。


一寸先は暗闇。


そんな言葉があるがまさにぴったりの場所。そんな中、エグルは躊躇なく進んでいく。ラグリアを除く彼ら彼女らは獣人だ。本来ならば夜闇の中でも関係なく見通せる目を持っている者もいるはずなのだが、先になにがあるのか見通すことはできない。


何も見えず分からない場所を前に躊躇が生まれ、足が進まずにいると背後から人を馬鹿にする声が響く。



「あれ、皆さん行かないのですか? 私最後列なものでして、皆さんが進んでくれないと行けないのですが…困りましたね」



発した言葉自体は速く進めというものだが、言外に含まれている"進めないのは臆しているからですかね"という煽りまくった言葉を正確に理解した獣人たちの顔に不快感が宿る。


ラグリアはそれに気付いるのだが、それでも尚「さぁさぁ」と煽る。



「始めて見るゆえ観察していただけだ」



吐き捨てるように獣王が言うと「そうですか。それはすいません」といい大人しく引き下がっていく。


煽りが無くなり少しは気分が戻り始めた頃、先に部屋の中に入っていた獣神エグルから早く入れといった急かしの言葉が飛んでくる。獣王は短めの返事を返すと一寸先も見えぬ闇の中へと進んでいった。


獣王に続けと言わんばかりに牙獣戦士団の面々、ラグリアも入っていく。



「これは…」



誰が発した言葉か。暗闇が支配する部屋に入った一行だったが、扉の外から見えた景色と部屋の中にある景色の違いに驚きの声を上げた。


部屋に入る前は闇に包まれて黒一色だったものが、入った途端正面に数十人が座れそうな程の長テーブルが置かれていた。テーブルの上には白色のクロスが敷かれ、等間隔に燭台が置かれている。燭台の上には蝋燭がセットされ、オレンジ色の明かりを放っていた。


テーブルを超え視線を壁に向ければ、そこには食器棚らしきものがある。白磁の食器がいくつも置かれている。かと思えば食器棚隣には本棚、さらに隣にはガラスなのかは不明だが透明なケースに入った武器が飾られている。


何とも一貫性のない部屋であり、何をする為の部屋なのか考えさせられる。


一番の上座に座っているエグルに早く座れと促され、位の高い順に上座から埋めていく面々。



「ラグリア、お前は俺のとなりだ」



腐女子が聞いたなら、あらやだ、イケメンが執事ーー執事服を着ているだけで執事でもなんでもないがーーを誘ってるわ!と興奮したかもしれない。だがエグルにそんな趣味はない。



「私はローアの住人ではないので、戦士団の方たちが座って余った席でよろしいですよ」



言外に貴方のとなりなどまっぴらですと伝えるラグリア。



「お前が何かした時に真っ先に手を打てるようにしているだけだ。らしくもない遠慮なんてしてんじゃねぇよ」


「信用されていないようで悲しいですね」



肩を竦めながら如何にもと言った雰囲気を作りだす。



――今まで色々散々やっておいてお前がそれを言うかっ!



きっと獣人の皆さんの心はこの言葉を心の中で叫んだことだろう。


「では」と言うとエグルに示されたとおり隣席に腰を下ろす。それを見届けたエグルは「さて…」と視線を巡らせると口を開いた。



「先も話したがここは俺が作った空間内にある場所だ。俺が許可した者以外に入ることは愚か、盗聴なども不可能だ。無論退出もできない。そこで話したいのがこれから"戦争"を仕掛けるまでにあたり、やらなければいけないことについてだ」



喜悦とでも呼べばいいのかエグルの言葉からは実に楽しそうな気が溢れている。それほどまでに人間を殺せることが嬉しいのだろう。



「まずやらなけばいけないのが戦力の増強だ。巫山戯た事にもそこの神敵者とその連れの神敵者が我が国に被害を与えたからな。よって戦力増強は急務だ」


「それならば獣王祭でそれなりではありますが集まるのではないでしょうか?」



玉座にいるときのようにふんぞり返った態度ではなく礼儀正しい姿勢を保ちながら口を開く獣王レーヴェ。


見る者がが見たら笑ってしまうかもしれない。現にラグリアはフフフと馬鹿にしたような笑みを浮かべている。それに睨みを聞かせた視線を向けるレーヴェだったが、エグルが口を開いたことにより視線は戻された。



「お前の言う事も一理ある。だが、所詮集まる数はある微々たるものだろ。獣王祭が開かれるたびに戦力になりそうなものは引き抜き、種族関係なく高待遇で迎えいる。だが数が少ない」


「ではどのように?」


「今現在、獣王国の研究所で所長であるシエルに頼み、エルフどもを使った実験をしているのは知っているな?」



ラグリア以外の全員が頷きを返す。



「これが中々上手くいかず行き詰まっている。当初はこれを戦力として起用するつもりだったが最悪の場合は使えないことも想定しなければならない。ある程度は形にはなってきているが、どうにも自我をなくしたり施術の後遺症とかで使い物にならないんだと」


「ヒヒッ そう言えば、私も何度か処理に向かったことがありましたね。獣人では考えられないほどの高い魔力を持ち、魔法を使う彼らは確かに強かったですよ。ヒヒッ ですが私の敵ではありませんでしたね。何故か…それはこの筋肉があるからです。見てください。この二の腕」



椅子に座りながら腕を持ち上げ力コブを作り自慢し始める。全くと言っていい程筋肉のない腕を。


寧ろどこにあるのか疑わしい程ガリガリで血色の悪い男――バイセンがムキッムキッと決めポーズを連発する。


席順が獣神を一番の上座に、次いで獣王、対面にラグリア、獣王の隣に一ノ牙である青みがかった銀色の髪を持つ獣人ゼルフ、正面には空席だが二ノ牙の席がある。このことからも分かると通り空席でないところの者以外は皆誰かしらが前方にいる。


八ノ牙の席次のバイセンの前には七ノ牙の人物が座っている。


七ノ牙――カリギュラは身長が二m近くありながらも決して太っているなどというものではなく、無駄のない引き締まった肉体を持つ獣人だ。トレードマークは黒と黄色の縞模様の髪の毛だ。


カリギュラは目の前で繰り広げられるガリガリの男の筋肉自慢にげんなりとしつつも顔を獣神エグルの方向に向ける。


だが、どんなに顔を背けてもバイセンが目に入る。いつまでもムキッムキッと筋肉を褒めてもらいたそうにポーズを決め続ける。毎回のことなので慣れてはいるのだが、さすがに鬱陶しい。



――てめぇのどこを見れば筋肉があんだよっ! 鏡見て出直して来いやぁ!!



そう、声を大にして叫びたいカリギュラだったが堪える。


何故ならば昔、ゼルフがどこに筋肉が?と問い返したことがあった。それに対しバイセンは「我が筋肉美を見よ!」といきなり服を脱ぎだし目の前で永遠に決めポーズを見せられ続けた。


挙句その日は一日中マッスルポーズなるものを一緒に研究させられ、翌には「キンニク ニク ニク ニンニク」と訳の分からないことをつぶやきながら気を失っていたという話を後になって聞かされたのだ。


そんな事があったのを知っている為にカリギュラは言えない。


それに筋肉を愛しすぎて頭のおかしな言動をしているが実力では自身より上なのもあり、躊躇を増進させるのだ。


よってバイセンを極力視界に入れないように左目を開いているかどうかギリギリのラインに留めることで何とか乗り切ることを決意する。



「バイセン、筋肉筋肉うるせぇぞ。鏡みて出直せ」



瞬間、エグルに集まっていた視線の力が全員増す。



――エグル様。それはやばいですよ!!



誰もがそう目で訴えかけていた。


鏡を見ろと言われた本人は…



「ヒヒッ 何を仰いますか。私の筋肉は鏡を使って確かめるまでもなく…健・在・で・す☆ ヒッヒッヒッ」



モスト・マスキュラーと言うポージングをしながら自身の横の席にいる六ノ牙、フェルメス・アルメロイに「どうですこの筋肉?一緒に鍛えませんか?」などとエグルの言葉に怯むこともなく同士を増やそうとしている。



「う、うむ。バイセン殿の勧誘は素直に嬉しいのだが、生憎私はこれでも一応は貴族の身なのだ。時間がとれそうもない。すまないな」



如何にも済まなそうに眉を八の字にし、頭から生えている狸の耳を縮こまらせる。


だが、口元は盛大に引きつっており、先の言葉がバイセンを気遣ってのものだと言うのが伺えた。


筋肉バカことバイセンに謝罪をしたフェルメスは、貴族に産んでくれて父上、母上ありがとうございます! そう心の中で感謝し、さっとバイセンを視線から外した。


フェルメスが言い訳に貴族と言う言葉を使ったが、獣王国ローアにおいて貴族とは人族のものとは大きく違っている。


似たような書類などの仕事もあるにはあるが、主な仕事は獣王国の出入り口である北、南、東にある三つある門を守護することだ。


一つの門に付き、一、二の貴族の家が防衛と言う目的の元監視をしている。


もし不埒物などが侵入してきた場合は即座に排除に動けるように門の近くに屋敷が建てられており、門をくぐり抜けた瞬間、目にはいるのは貴族の屋敷だ。かなりの圧迫感を感じるだろう。


ローアにおいて貴族になる条件は他国と大差ない。


元々貴族の家に生まれた者はもちろんのこと、何かしら功を上げたものなどだ。


ローアでは牙獣戦士団にて席次を預かる者になると必然的に貴族としての話が舞い込んでくる。国の防衛のためにも強いものが貴族に選ばれるのだ。


フェルメスのようにもともと貴族生まれで牙獣戦士団に入団出来るだけの才を持つ者は貴族でいられるが、才が無いものは牙獣戦士団の誰かがそこに収まる。そういう仕組みになっている。


貴族になれば各々門近くの屋敷に住むことになり、北なら北のあたり一帯の管理を任される。これがローア貴族の主な仕事だ。


他国とは貴族の意味合いが違うローアでは、貴族は五家しかない。


しかもその一つはラグリアが潰してしまっており、現在機能しているのは四家だけだ。早々に誰がアルター・ゲオリックの跡を継ぐのか決めなければならないだろう。


バイセンと複数が絡む一連のやり取りをみていたエグルは、はぁ~と大きなため息を吐いた。



「カリギュラ。何だお前ウインクなんかして…キモいからやめろ」


「…いや、ですがこれは…」



そこまで言ったところでチラリと横目で見てみればそこには「ヒッ ヒッ ヒッ」と笑い声を上げながら未だマッスルポーズをとり続けるバイセンが。


「何か」とでもいいそうな顔を向けられたカリギュラは慌てて顔を逸らす。こういう状況なので…と無言で訴え掛けに出る。



「やめろ。俺にウインクを飛ばすな。バイセンにしろ」



――それじゃ片目瞑った意味ないでしょうがー!!



ツッコミを入れようとしたカリギュラだったが、周囲の戦士団から何か悟ったような哀れみの目を向けられているのに気づく。



――分かる。お前の気持ちは痛いほど分かる。悪いのはバイセンでお前じゃない。



そう言ってくれているかのような眼差しだ。


カリギュラは心の中で感謝の言葉を述べるとバイセンが視界に入るのも厭わず、勢いよく目を見開いた。それはもうクワッと音がしそうなほどに。


部下の行動に胃が痛くなる思いをしながら獣王レーヴェはエグルに「お話しの続きをお願いします」と告げた。



「話が大分脱線したが戻すぞ… 俺が言いたいのは、戦争までにエルフを使った実験が成功しなかった場合に備えて戦力を増やすというものだ。考えている中では悪魔が一番使えるだろうな」



悪魔と言う単語が出た途端、先程までまったく関係ない筋肉の話で騒がしかった面々が今度は違う意味でざわついた。



「それは悪魔を召喚するということですか? だとすれば素材は? 召喚の際に使う触媒にエルフ達をお使いに?」



髪の毛と同じ茶色の狸耳をもったフェルメスが耳をピクピクさせながら興味深そうに質問する。



「それは最終手段だ。期限ギリギリまでは実験に使う予定だ」


「では、何を触媒に?」


「決まっているだろう。王国と仲の悪い帝国民だ」


「…なるほど。そういうことですか」



今までだんまりを決め込んでいたラグリアが口を開きエグルの考えを理解したことを告げる。


周囲からどういう事だ?という視線を向けられると、「私が言ってもいいのですか?」と視線でエグルに尋ねる。頷きが返ってきたのを確認すると話しだした。



「エグル様は悪魔の召喚に用いる触媒を帝国で代用すると仰いましたね。場所は帝国のどこかの村などで行うと思うのですが、その際に王国がまた・・しても悪魔召喚をしたと言う風にわざと証拠を残すのです。出来るだけ大人数を贄にし帝国が無視し得ない、それこそ戦争を仕掛ける大義名分を作ってあげるのですよ。そうして帝国が戦争を仕掛ける前にこちらから王国に戦争を仕掛ける。するとどうでしょう。腸の煮えくり返る思いの帝国はこちらに味方し戦争に参加してくださることとなりましょう。大国と言われる二つの国が手を組み、一国を潰す…そんなところでしょうかね」



エグルに視線を向けると的を射ていたのか、忌々しそうに顔を歪めフンッと息を吐きだしていた。



「何故我らが先に戦争を仕掛けるのでしょうか?先にルペリア帝国に戦争させ疲弊したところで叩けばよろしいのでは?」


「まぁ普通はそうだろうな。だが帝国に"神格者"はいない。クロントと正面から戦っても負けは見えている。だから奴らは神敵者を欲してんだろな」



レーヴェからの質問に答えたエグルはさっさと手を打つべく任を任せる者の選定をし始めた。


戦士団の面々を見渡し力量や種族柄の特性などを考慮し、視線はフェルメスを捉える。



「フェルメス、この任をお前に任せる。種族柄人を化かすのは得意だろう。それからディレイズ、レイラお前達二人も同行しろ」


「その任、必ず獣神様のご期待に添えるようこのフェルメス・アルメロイ、全力を尽くさせていただきます」


「獣神エグル様からの任、ディレイズ・ギルビルト見事全うさせていただきます」


「え、あ、はいっ。わ、私も頑張らさせていただきますです!」 



とても獣王国最高戦力である牙獣戦士団に属し、席次を預かるものとは思えないほどビクビクした態度をとっているレイラと呼ばれた人物。


水色の髪をし、目は臆病さを表すが如く垂れ下がっている。とても強そうには見えない。頭頂部からは髪色と同様の猫耳が生え、こちらも態度と同様に何かに怯えるようにピクピクしている。


しょっちゅうビクついている所為で部下からは「毎回大丈夫ですか?」と心配されることも多く、背後からの物音には直ぐにビビリ飛び跳ねてしまう。


先のセリムとケルドゥとの戦闘でも一人耳を塞ぎながら身を縮こまらせプルプルしていた。


そんなことで人をイラつかせることが多いが、逆にそれが嗜虐心を煽る。加えてレイラは押しに弱く強く出られると相手に従っちゃう癖があるためそれも嗜虐心を煽る一助となっていた。



「で、ですが…わ、私達席次を預かる者が三人も国からい、いなくなってしまっていいのでしょうか?」



もっとな質問だ。


なんせローアにとっての最高戦力なのだ。道中何かあって死んでしまったでは国にとっての損失は計り知れない。国の防衛戦力もがた落ちだ。



「問題ない、俺がいるからな。お前らは任を果たして無事に悪魔を連れ戻ってこい」



心強いセリフに一同がおぉ!と感心したような声をもらす。


ラグリアだけは「かっこいいですね。是非私も一生に一度は言ってみたい言葉です。憧れますよ」と思ってもいないであろうことをペラペラしゃべり煽っていた。


イラッする気持ちを抑えるとエグルは次の話し合いの議題を提示する。



「戦力増強はこれで問題ないな。だが、戦争はそれだけで勝てるほど簡単じゃねぇ。戦力を増やすと同時に敵の戦力を削る」


「ど、どのように…そ、その削るのでしょうか?」



戦争とはたった一人の強大な力を持った人物が戦況を変えることだって有り得る。


だが、ただ強大な力ならば最終的には物量などで潰すことができる。一部の例外ーー神敵者などーーを除き大抵はそれでカタがつく。


そうなるとやはり数は強力なものとして戦争を左右していくことになるだろう。いくらローアが戦力増強したところで相手も同じことを考えれば数対数の潰し合い、結果としてどちらがより強力な駒を多く集められるかが鍵になってくる。


だが、今ならまだそうなることを避け、ローアにとって有利に物事を運ぶことが可能となる。だからこそルペリア帝国が戦争を仕掛けるよりも先に仕掛けるのだ。


何故ならば――


まだ宣戦布告していない・・・・・・・・・・のだから。


帝国が先に仕掛けてしまえばクロント王国は帝国との戦争に向けて戦力を揃えてしまう。


獣王国と相対するときよりもはるかに少ない数だろうが障害にはなりうる。それを防ぐためにもこちらから先に仕掛けるのだ。ローアとしても準備に時間がかかるので王国に戦力増強の時間を与えることにはなりはする。だが、先のエグルの発言、「敵の戦力を削る」これを戦争を仕掛ける前に実行に移せばクロントは集められる戦力が減る。これこそがエグルの狙いだ。


戦争とは毎年行われていたりしない限りは国の防衛としての戦力増強くらいしかしない。


大幅な増強となると何かしらの大規模な戦闘でもなければありえない。加えてクロント王国は幾つもの都市を保有しており、守るために戦力を分散している。集めるのにも時間がかかる。


だが、ローアにとってはそれはこの上ないほどに相手の戦力を削れるいい機会なのだ。


都市から出張ってくる防衛戦力のほとんどは騎士などの国から派遣された者たちではなく冒険者だ。


無論冒険者も戦争には参加するので削れば削った分だけクロント王国の戦力を削ぐことが出来る。戦争を有利に進められるだろう。


つまりエグルの言いたいこととは――



「クロント王国にある各都市に侵攻作戦を実行する」


「それは戦士団などを引き連れて各都市を襲え…と言うことでしょうか?」


「違うなレーヴェ。考えてもみろ。それじゃ俺たち獣族が他国の地を犯した挙句、民を惨殺しまくったとして第三国からクロント王国を助けるため、とか言う名目で戦争を仕掛けられるだろうが」



その言葉でこの席に一人だけ獣王国ローアに属していない人物へと視線が集まる。



「やはり私ですか…確かに適任でしょうが随分と無茶な要求をされたものですね」


「お前を信頼・・してのことだ」



「随分と薄っぺらい信頼な気がしますがね…」と口には出さないが内心まったく信頼されていないことにため息を吐く。


そもそも今までやってきたことを考えれば信頼も信用もあったものではないが…それでもお互いに目的が同じであるからこそ協力関係を結んでいるのだ。


だからこそお互いに目的が果たされるまではどう思われようが裏切りはしない。


使って使って使って使い潰すまでは…



「分かりました。でも都市一つの防衛戦力を削っただけでは…まさかとは思いますが、全ての都市に侵攻を仕掛けろなどとは言わないですよね?」



「そのまさかだ。加えてめぼしい戦力はお前の力で連れ帰ってこい」



言い切るエグル。


そのかなりの無茶ぶりに思わず笑いがこみ上げ、胸元のポケットから白いハンカチを取り出す。口元を抑え、笑いを咬み殺す。



「…出来なくはないですが私一人では厳しいですね。各都市の戦力を潰す為にはそれだけの戦力となるモンスターを集めなくてはなりませんから。時間も手間もかかりすぎます。ですので、この作戦には私以外の者も参加させますがいいですよね?」


「こちらに損害が出ないならな」



言外のこっちからの支援はないという言葉に協力の意味とはなんでしょう…と思わず考えさせられてしまう。


複数ある都市の防衛戦力を削れと言う無茶な命令を出すのに何もしてくれない。何とも理不尽かつ傲慢なリクエストだろうか…さすがは"神"と言える存在だ。


そうしてラグリアが一人どうやって攻めるかを考えている間にも会議は進みフェルメス、ディレイズ、レイラの三人は近い内に一回目の悪魔召喚の為、ルペリア帝国に向かうことが決まった。


全てをクロント王国の所為にする為にこちらの証拠は何も残さないよう命が下され、派手にやり過ぎて帝国が先に戦争を仕掛けるような真似は避けるようにと厳命がなされた。


ラグリアに関しては獣王祭開催と同時に侵攻作戦を実行するように告げられた。



「最後に、俺がいるとは言え国の防備はしっかりとしてもらう。国の門を守るのが貴族の者としての役目だが今回は二名が任で離れる。代わりに戦士団の誰でもいいから付いとけ…以上だ」



会議の終わりを告げるように皆が入ってから閉じられた扉が一人でに勝手に開く。退出を促すように。


獣王を含む牙獣戦士団の面々が席を立ち扉に向かい歩いて行く。それにラグリアも続いて出て行くのだった。










どこまでも広がっているかのように見える青く澄んだ空。青を際立たせるように様々な形の雲が浮かび海鳥が自由に空を飛んでいる。


海は穏やかで一定の感覚で浜辺に打ち寄せる波。ザーと押し寄せてはザーと引いていく。


後に残るは、波が押し寄せを教えるかのように黒く変色した地面。


周りを見渡せば緑生い茂る木々に、木の隙間から見える街々。吹き抜ける風は心地よく、街から人の声を運んで来てくれる。


どこの大陸とも繋がっていないこの島にいると、まるでバカンスにでも来たようなそんな気分にさせられるだろう。


それほどまったりとした雰囲気の中、その場に似つかわしくない奇妙な声をあげる人物が海岸をのそのそ歩いていた。



「おろぉ~」



よく見れば全身ずぶ濡れでボサボサの髪は湿ったことで顔や首に張り付いている。


チャーミングポイントとでも言うかのように頭にはワカメを乗せ、肩にはヒトデらしきものがくっついている。髪同様服も濡れており、その所為で透けてぴっちりと身体にフィットちゃん状態だ。


手には飾り気はないがそれが逆に気品を感じさせるような刀を持っており、砂浜に突き刺しながら一歩また一歩と進んでいた。



「やっと…着いたぁ…」



荒い呼吸を繰り返しながらも何とか念願だった地に辿りつくことが出来、嬉しさから頬が緩む人物。


だが、まだここじゃ終われねぇ、そう言うように気と顔を引き締めなおすとえっちらおっちらと砂浜を耕しながら歩いていった。



「この、恨み…必ず…」



そんな言葉を呟きながら…


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