第77話誘い(いざない)

周囲を緑生い茂る木々に囲まれてた中、爆発地の中央、そこで現在、セリムは最悪とも言える相手と遭遇していた。


こんな状態でなければ殺り合う事は出来た。しかし、呪印カースの副作用でまだ身体の自由がきかず、激しく動き回っての戦闘は難しい。



(こんな時に…)



聞こえない程度の舌打ちをすると考えを巡らせる。


容姿と名前については聞いていた。が、能力については聞いていない。


例え能力を知らないとしても神敵者と言う単語だけで油断できないであることだけは理解できた。



「黙っていられては困ってしまうのですが…」



困った笑みと言う表情を浮かべるラグリア。



「…」



仲間にならないかと勧誘をしている以上、答えを出すまでは手出しすることは無いだろう。


そう思いながらも警戒を怠らない。転がっている大剣にそぉ~と手を伸ばす。



(どこまで知っている…)



思い出されるのはラグリアが初めに言った"調べた"という言葉。


現状世に出回っているセリムの情報は少ない。


それだけの情報でセリム・ヴェルグであると断定するのはかなり難しい。だからこそ目の前の人物はカマをかけている、もしくは他の情報の事を言っているのではと考えるセリム。


が、情報が少なくどうにも憶測の域を出ない。ラグリアを観察し情報収集する。



「仲間…なんのだ? そもそもなぜ俺を誘う?」


「そうですね…強いて言えば"力"ですかね。私は叶えたい願いがありましてね、その為には力が、共に戦ってくれる方が必要なんですよ。その年で悪魔…Sはあるでしょうかね…それを単独で倒す貴方のお力…是非、お貸し願えませんか?」


(見られてたのか。まぁそんなことより神敵云々は言わないな…わざと外しているのか…)



あくまでも丁寧に下手に出るラグリアだが、その目は狂気に染まっており、とても真っ当な願いをかなえるために力を求めているようには見えない。


相手も言葉を選んでいるのか具体的な固有名詞などは出してこない。



「願い? 神にでも祈ったらどうだ…」



神敵者にとって神とは神敵の名が表す通り憎むべき敵だ。


己を世界の隅に追いやり、みつかれば死よりもつらいことが待っているかもしれない。そんな相手に祈りを捧げろなど相手が神敵者だと知ってるならば普通はやらない。


やってしまえば間違いなく怒りを恨みを買う。だがこと今回に限って言えば情報を引き出すこと、それから仲間への勧誘を断われば結果的に同じことになったかもしれないので言ったわけだ。



「それは拒絶と受け取ってもよろしいのですか?」



顔を窺い問題ないかと問いかけてくる。それに短く返事を返す。怒るでも恨むでもなく冷静に対処したラグリア。



「ならば仕方ありません。あまり…」と言った所で即座に転がっている剣を掴みながら立ち上がるセリム。後方へと飛び退くと簡単な魔法――ファイアーボールを撃ち込む。


放たれたファイアーボールはまっすぐに飛んでいくが、ラグリアには当たらず緑生い茂る木を燃やした。



「途中から軌道がずれ、た?」



無意識に口から出る言葉。飛び退きながら放ったとは言え、確実に当てるよう複数打ち込んでいた。


結果は周りの木々を焼き焦がし、焼き焦げた臭いが周囲に拡散するだけだった。


ばらつきはあれど殆どまっすぐに飛ばしたはずだが、まるでファイアーボールが自分の意志を持っているかのようにラグリアを避けた。


見たことがない現象に警戒レベルを上げ剣を構える。


パンパンと爆風でついた煙を叩き落とすラグリア。視線はこちらを向いておらず一見隙だらけに映る。



「いきなりとは失礼な方ですね…まぁ私の事を知っているなら当然の事とは思いますがね。ただ仲間にならないと言うのはこちらとしても無駄足になってしまうので遠慮願いたいものです。ですから無理やりにでも連れて行かせていただきますよ」



来るか、と思った次の瞬間見えない何かが身体にまとわりつくような不快な感覚に襲われる。


意識ははっきりしている。目もちゃんと見える。身体に力も入る。だが何か得体のしれないものが身体を乗っ取ろうとしてくる感覚がある。なんなのか正体が分からず混乱していると一歩また一歩と距離を縮めてくるラグリア。



「さぁ、剣を納めて付いてきて下さい」



ただそれが当たり前であるかのように気軽に話しかけてくる。



「誰がお前に付いて行くんだよっ!」



鈍い痛みの走る身体に鞭を打ち、剣を横薙ぎにふるう。上手く動かない身体だが、この位は問題なく振るえる。だが、目測を誤ったかのようにラグリアには届かず空を切った。


突如として振るわれた剣に特に驚くこともなく、数歩後ろへと距離を取りながら目にかかった前髪を払う。



「どうやら本当だったらしいですね…セリム君…いや、八人目の神敵者セリム・ヴェルグ君ですか」



何故それを…と言おうとして踏みとどまる。ここでそれを認めてしまえば面倒な事になる予感を覚えていた。


どうしてラグリアがそれを知っているのか必死に頭を巡らせる。も何も浮かばない。



「では改めて自己紹介から行きましょうか。色欲の神敵者ラグリア・フォルネスです」



ラグリアからの自己紹介。案に貴方も名乗ってくださいと告げられる。



「…神喰ゴットイーター セリム・ヴェルグ」



隠しても無駄かと諦め、名乗ったセリム。



「どうして知っているのかと解せない顔ですね。簡単なことですよ。事前に情報は仕入れていたと言うのもありますが…知ってます? 神敵者の能力は、自分自身に影響を及ぼすものと相手に影響を及ぼすものと二種類あるんですよ。神敵者は神敵者同士で戦った時に相手に影響を及ぼす神敵スキルは効果が十全には発揮されないのです。半減すると言ってもいいですね。だからこそ…とまぁここまで言えばわかりますか」


「さっきの嫌な感覚がお前のスキルか…」



正解とほほ笑むとマジックリングから何の変哲もない一本の剣を取り出す。そこへ魔力を注ぎ込む。すると剣が黄金色のオーラで覆われる。



「多少手荒になってしまいますが、そこはご容赦を」



似合わぬ笑みを浮かべると一気に接近してくる。歯を食いしばり自由の利かない身体を動かし迎え撃つ。


武器の持っている帯電能力を使うために魔力を流すとバチバチと音を立て、雷が剣を覆う。奇しくも似た色合いを宿した剣同士が激突した。


ぶつかった瞬間、火花が散り両者の手に身体に衝撃が返ってくる。



「っく…」



呪印カースの副作用により身体が思うように動かずたたらを踏み体勢を崩す。そこへ追撃が加えられる。が、紅焔者の骨鎧クリムゾナル・フレイマーを使い防御する。


構わず何戟も加え続けるラグリア。ガンガンと斬りつける音が鳴り、その合間にピキピキと言う異音が混ざり始める。



パキィンッ――



砕け散ったのは骨鎧…ではなくラグリアの剣だった。眩いばかりの黄金のオーラで覆われていた剣は今は見る影もなく粉々に砕け散り、鉄が光を反射し空中でキラキラと輝いていた。


一見すると幻想的な光景にも思える。だが、そんな光景に動揺もみせず、剣を捨てる。即座に距離を取り、先ほどまでいた場所を起点に直径一メートル程度の魔法陣を十数個程の作り出した。


魔法陣が光り、中から現れたのはBランク相当のモンスター。鬼将軍オーガジェネラル、ナーガ、身体中を針ーーまるで鎧のように鋭い棘に囲まれた熊型のモンスター、ニーズベアが召喚された。


見た目には反してニーズベアの動きは速く巨体を利用した体当たりを繰り出してくる。骨鎧によって生み出した炎の壁で防ぐ。



「初めて見るものですが何ですかね、それは」



んな事知るかよっ!と心の中で叫びながらも戦闘は続いていく。


剛腕を振り上げ攻撃してくるジェネラル、毒を吐き出すナーガ、鋭い針を纏った身体で体当たりしてくるベア。


普段ならどうと言うことは無い敵だ。だが今に限っていえばきついを通り越してヤバい。呪印カースによる副作用、複数の高ランクモンスターを喰った事による痛み…気を抜けばそのまま意識を失ってしまいそうだった。


自由の効かない身体の代わりに骨鎧を使用している為魔力もどんどん削られていく。




「はぁ はぁ はぁ」



剣を地面に突き刺し肩で息をしながらも何とか二の足で立つ。


魔力は切れる寸前、体力も尽きかけ、未だ引かない痛み。召喚されたモンスターを何とか倒したセリムだが既に限界だった。


周囲には殺したモンスターの死体が転がっている。焼かれたものや穴が空いたもの、切られたもの、死に方はそれぞれだが血の臭いが鼻につき良くない気分をより悪いものへと変える。



「何故そこまで抵抗するのです?」



理解しかねますとモンスターを召喚して以降、戦闘には参加せずに静観していたラグリアが問うた。


いつまで経っても抵抗を辞めないセリムに呆れた口調だ。問いかけられたセリムは肩で息をしながら苦しそうな顔で答える。



「…生憎と、復讐なんざ…する相手はいな…いんでね」


「いない…?」



一瞬訝しみ気な顔をするとセリムから視線を外し、地面を数秒ほどみる。すると何か思い至る節でもあったのかのように表情が和らいだ。



「そう言うことですか…どうやらあなたはまだ己がこの・・・・・・世界でどう・・・・・ゆう存在かを・・・・・・理解していない・・・・・・・ようですね」


「…怪物ばけものだろ」


「そう、君を含め神敵者とは怪物だ。神を害せる存在。だからこそそれを排除するのは当たり前でしょう? それも神敵者本人を相手にするよりももっと効率の良いやり方…お…」


「っ、黙れっ!」



それ以上は言わせてはならない。心のどこかにそう言った思いが浮かび、咄嗟に声を上げ遮り睨みつけた。


その先を言わせてしまったら自分の中にある何か大切なものが壊れてしまいそうで消えてしまいそうに思えたからだ…


怒鳴り声をあげられたラグリアだったが、その顔には不快感はない。不気味なまでの嬉しそうな笑みが浮かんでいる。



「セリム君、どうやら君の中には既に種があるようですね。あとは時間の問題でしょうか。君の種が芽吹いたとき、また迎えに来ますよ」



では、と軽く一礼すると何の警戒もなく身を翻した。そして木々の中へと紛れるように消えていく。



ーー迎えにくる。


そう言われた意味を頭ではわかっているが、心が拒んだ。


だからか直接問いただそうと声を上げた。それが矛盾した考えだとも知らずに…



「どう言う意味だっ!」



足を止めゆっくりと振り返った。



「今の君はまだ復讐に囚われてはいない。だからこそ無理やりに拐っても決して良い結果にはならないでしょう。だからこそセリム君、君が復讐者こちら側に来るのをもう少しだけ待ちますよ」



今度こそでは、とゆっくりではあるが木々の中へ姿を消していった。


残されたセリムは緊張の糸が切れて地面へと座り込む。



「…クッソ」



呟かれた言葉は、木々の間を吹き抜けた風にさらわれ、どこかへ消えていってしまった。




ーーーーーー




「どこだここは?」



そこは真っ黒な暗闇が支配している空間。見渡す限りどこまでも黒く黒く暗い世界。


その中でも不思議と自分の姿はハッキリ見える。まるで舞台にでも立ち、スポットライトが当たっているかのように自分だけが見える。


自身を見下ろしてみるも先程まで戦っていた傷などが一切無い。服も破け、所々肌が見えていた筈なのに今は何事も無かったようになっていた。


夢でも見ているのか?と思いながらも掌を裏返したりして身体の確認を続ける。


特に異常もなく、これからどうするかと顔を上げるとそこには、もう久しく会っていないこの世界での親――ハンス、シトリア、年齢は上だがまるで妹だなと感じていたルナ、剣を教えてくれたローウの姿が映った。



「っ!」



思わず息を飲む。


これは夢だと瞬時に理解する。夢だとわかっていても久々に見た顔は何一つ変わっておらず自然と足が動き出した。


最初は歩く速度で、徐々に早歩きになって最終的に走り出す。


黒く暗い空間では進んでいるのかどうかの感覚が曖昧だったが、それでも構わず走り続け。


だが、一向に距離は縮まらない。走っても走っても――



(何で何でなんでだよっ!)



縮まらない距離にフラストレーションが溜まるが諦めるかと走り続ける。


距離は縮まるどころか開いているようにすら感じられた。皆、動いている気配はないのに自身が走っている速度以上の速さで遠ざかっているかのように。


届かないと知りながらも手を伸ばす。だが当然それは届かない――



「まっ――」



引き留めようと声を出した瞬間気付いてしまった。自分の手が腕が血で真っ赤に染まっていることに…


それはもう陽の元で生きることを許されないかのように血塗られた手。


人間ではないと突き付けられた感じてしまった。それに気づいた瞬間、足は止まった。


暗闇に飲み込まれるようにして身体が消えていく。心を黒く塗りつぶすように。






沈んでいた意識が浮上し瞼が開く。窓から覗く空はどこまでも青く、降り注ぐ暖かな日差しが今の最悪な気分を清めてくれる。


どこかそんな暖かな世界に気分を癒されていると、今更ながら見たことない場所にいることに気付く。


起き上がり周りを見渡す。そこは殺風景な部屋だった。動くたびにギシギシと音の鳴るベッドに棚だけというものだ。唯一部屋を色付けているのはベッドの横にある、窓の枠に置かれた植物くらい。日の光を受けてすくすくと育っている。


見覚えのない場所にどうしたものかと取り敢えずベッドから降りる。


副作用による動きづらさや痛みは既に引いていたが倦怠感がある。のそのそと立ち上がり部屋の中を歩いてみる。ベッド同様歩くとギシギシと響いた。



「さむい…」



外は晴れて暖かい日差しが降り注ぐ今日、何故こんなに寒いんだと腕をさすると上半身裸な事に気付く。


下はボロボロではあるがズボンを履いている。だが、どうゆうわけか上だけ裸だ。白の手袋も嵌めていなかった。



「…」



胸にある痣に触れる。以前に比べかなり大きくなっている。



「どんどん大きくなってるな…」



腕を擦りながらドア開けると廊下が表れた。警戒しつつ見渡すと手すりを見つける。


廊下を数歩進むと窓がありそこから外の風景が見えた。緑豊かな木々が周囲を囲んでいる。人とそれ以外の空間を分けるように木の柵が建てられている。家はポツポツ見える程度で見える人もまばらだ。


見慣れぬ景色だがどこかの村だと感じとった。廊下を進み突き当たりの階段を降りる。下から複数の人間の話し声らしきものが聞こえてくる。


そろぉ~と壁に隠れながら階下を見下ろす。



「ダグラス、あの拾ってきた奴どうすんだ?」


「さぁな。それは本人に聞いてみんことには分らんだろうて」



話していたのはどちらもそこそこ年のいった男性だ。向き合うような形で座り木彫りのコップを片手に寛いでいる。


ダグラスと呼ばれた男は見た目五十代の総白髪だ。年に反して服の上からでも分かる張った筋肉にメリハリのある声。声だけ聞いたら年齢はもっと年若く感じる。


家の中ということもあり服装は至ってシンプルでシャツにズボン、ブーツだ。額のところに真っ赤なバンダナを巻いていることで前時代のオタクを思わせる。チェック柄のシャツにジーパン、リュックを背負っていればまごうことなきTHE✩オタクだっただろう。


もう一人は三十代の深緑髪の男だ。シャツの上から皮の胸当て、手には皮の籠手、足にはブーツを履いている。


こちらはオタク仲間ではなく、頭にバンダナは巻いていない。ダグラスと呼ばれた男程ではないがよく鍛えられているのが服から覗く肌から見える。



「それもそうか。ならあいつが降りてきたら再度話し合うか」


「そうだな。話しは白髪・・の坊主が降りてきてからだな」



白髪の坊主と言われ他にも誰かいるのかと疑問に思っていると一階にある開け放たれた窓から風が入り込んでくる。


風に靡いた前髪が視界に入り髪色が今までと違う事に気付く。


白くなっていると認識した瞬間、中途半端に足を置いていたせいで足を滑らせ階段を転がり落ちた。


ガガガッと腰やら腕やらを打ち付け豪快に転げ落ちもんどりを打つ。


何事かとおっさん達二人の視線が向けられた。


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