第78話村へ向けて

階段から転げ落ち、強打した部分の傷の具合を確認し終える。それから目の前に座る男たちに向き直った。


皮鎧を付けている男からケガを労わる言葉がかけられ大丈夫だと伝える。すると今度はダグラスと呼ばれた男がまた同じ事を聞いてくる。


ボケてんのか?と失礼極まりない事を思い浮かべつつ、「このくらいはまぁ」とおざなりに返事を返した。



「違うわい。誰も階段なんぞのことなどを聞いとらん。儂が聞いたのは森でのケガのほうだ」



ベッドから起き上がった時に既に確認済みであり、問題ない旨を伝える。


それからここがどこなのか二人が何者なのかなどを疑問に思ってた事を教えてもらう。


悪魔に続きラグリアとの戦闘後から意識を失って倒れていたらしいと判明する。


そこへ偶々近くを通っていた目の前の二人――ダグラス・サキュレータとニックと言う名の冒険者に助けられここに運ばれた。


他に二名ほど仲間がいるらしく四人で各地を転々としながら日々戦い抜いている。


現在は帝国領の外れの村、に滞在しつつ、モンスターを退治している。


そんな話を聞かされた。何はともあれ助けてもらった事には礼を言うのが筋て、頭を下げお礼を言う。



「助かっ…りました」


「なに、気にするな…と言いたいところだが、おかげで計画が狂ってしもうたからな」


「計画?」


「そうだ。儂らは元々、約ニヶ月後に開催される獣王祭に参加予定で、その道中、お前さんを見つけた訳だ…」



獣王祭と言う聞きなれない単語に聞き返す。


獣王国ローアにて年に一度開かれる祭りと返答がきた。


ローアの中心部に建てられた闘技場にて、トーナメント方式で優勝者を競う祭りであり、優勝者には褒賞はもちろんのこと、獣王への挑戦権が得られる。


優勝者の他にも優れた力をみせた者などにも褒賞があったりする。加えて国が好待遇で召し抱えてくれる可能性もあり、と中々に良いことずくめの大会だ。


力があればどんな人物であろうと種族関係なく好待遇で迎えられ、一発逆転の人生を狙えることから獣王祭は人気が高く、毎年多くの参加者が集まる。


多少予定は狂ったかもしれないが、別に参加すること自体は可能なのでは?と疑問を抱き、尋ねる。



「無論、二ヶ月あれば着くだろう。だがそこまで行くのに護衛が必要な訳だ」



そう言われて相手が何を求めているのかを理解した。


助けて貰った恩はある。だが、生憎とこれから行かねばならない場所があり、他のことに構っている暇はない。


金とか渡して解決にならないかと思考する。が、ここでいきなりNOでは気分を害してしまうか…と取り敢えず話を聞くことにした。



「護衛が必要なのか? あんたらは獣王祭とやらに出場するんだろ。少なくとも自分を身を守る位は出来るだろ」


「儂もそう思うんだが…他の奴らが付けるべきだとな」



隣に座るニックを親指で指しながら心底不満ありげに呟くダグラス。



「ダグラス、それは前にも説明したむろう。ここからローアまでは道程も長い、もし万が一怪我でもして参加できなかったら見ているだけになるぞ」

「ぐぬぬ…」



親子ほど年の離れた人物に注意され唸り声をあげるダグラス。


納得いってないようで机をどんどん叩いている。まるで子供がそのまま大人になったかのようだ。



「そもそも雇う冒険者はもう決めてあんの、勝手に雇おうとすんな」


「そんな誰でも良いだろうっ!どうせただの護衛なんだからよっ。というか何だ、もう決めてあるって。儂聞いとらんぞ!」


「だって言ってねぇもん。知ってたら怖いわっ!」


「んだとぉ」



目の前で大の大人二人が言い争っているのをただ眺めるしかないセリム。


何やってんだこいつら…と見ているのもバカバカしくなり視線を外す。


そこで自身が未だに上半身裸のままだったことに気づく。


先程から寒いとは思っていたが道理で…と一人納得しリングから予備の服を取り出す。


ズボンも所々破けていたりしており、ついでに履き替えたいところだ。しかし、初対面の人物の前ではな…と遠慮し無地の白シャツだけを着る。


着替え終わるとダグラスとニックははぁ、はぁ、と息を乱しながら言い争いを終えたところだった。



「で、俺はあんたらにどう恩を返せばいい?」


「恩だなんて考えなくていい。未来ある若者を助けるのは俺たち年寄りの特権だからな」


「儂は年寄りではないっ!」


「どう見ても年寄りだろーが。俺より幾つ上だと思ってんだ、この耄碌ジジイ!」


「もう一遍言ってみろ、この若造がー」


「若造って言ってる時点であんたは十分爺ですぅー」



今度は取っ組み合いの喧嘩? じゃれ合いが始まった。


さすがに二回目ともなると見る気もない。

そうして騒がしい時間は過ぎていく。



「ただいま」



二人がドタバタしている所に、出ていたらしい残りの二人が戻ってくる。


両者ともに拳骨をお見舞いされ鎮静化させられた。



「ったくあんたらは毎回毎回、何やってんの!」



呆れと怒気を孕んだ声が床に正座させられているおっさん二人の頭上から降り注ぐ。


両者ともに「だってこいつが…」と大人らしく罪の擦り付けを行っている。


さらに拳骨が炸裂し、素直に謝る二人。



「ごめんね。この二人いつもこうの。それで君は…」



片目を瞑り、顔の前で手を合わせたのは二十代くらいの女性。


各地を転々としながら戦っていると聞き、全員男だと勝手に思っていたセリムは内心意外だと思っていた。


女性はミコトと名乗った。


見た目二十代前半とおやじたちに比べて若い。茶髪を頭の後ろで結び灰色のローブを纏っている。腰には白の布が巻かれ、大きめの胸が存在を主張するかのように出っ張っている。服装からするに魔法を主に戦う職だろう。



「セリムだ」


「セリムね。よろしく。あっちにいるのがクリムさん」



後ろを指で指し示すミコト。


一緒に入ってきたもう一人の女の人がおっさん二人組の元へ行くと、頭を鞘に入った剣でポンポン叩く。



「ほんと、良い年したおっさんが何やってるのよ」



叩かれる度に二人は「はい、すいません」と同じ事を繰り返す。もはや、叩かれると謝罪を口にする機械のようだ。



「クリムさん、叩くのはそれ位にして、まずは色々説明してもらわないと…」



クリムと呼ばれた女性はミコトより年上の三十いってるかどうかの年齢で銀色の髪を肩の辺りで切り揃えられている。銀の胸当てに腰当て、剣をさしている。腰当ての下には膝上くらいまでのスカートを履き、膝から下には革のブーツを履いている。



ミコトの言葉で皆席に座りセリムの事の説明がなされた。





「そういうことね」


「はい、そうです。儂らが助けました」



借りてきた猫のように大人しくなったおじさんズから一通り事情を聞いたミコトは、何で倒れていたのか気になり訪へる。


とりわけ隠すことでもないので"洞穴の針山"の攻略した事を告げるセリム。すると皆の視線が一斉に突き刺さる。


マジで!?と驚き半分疑い半分と言った目をしている。



「その話が本当なら是非うちにパーティーに迎えたいね。どう?」


「悪いがこれから行かなくちゃならない所がある」


「そっか、それは残念」



セリムの話を本気で捉えていなかったのか、思ったよりも直ぐに引いた。


かわりにどこに行くのかと尋ねらる。


答えるべきかどうか迷いながら、村を離れて既に半年くらいだったかなぁと考えつつ、その半年程の村の情報を集めたい旨を伝えた。


その瞬間、四人の顔が訝し気に顰められた。次いで憂いを含んだような優しい声が発せられる。



「何をしに行くのか知らないけど、あそこには近寄らない方がいいよ。少し前に神敵者が出たって言うし、今は聖騎士が駐屯しているって噂もあるから、下手に近づけばどんな目にあうか分からないよ」



ミコトの話を聞いた瞬間、胸の内に何か言い知れぬ熱くドロッとするものが生まれた気がした。


思い出されるは村を、家族を見捨てて逃げた日。勇者を探して村まで来た騎士とそれに囲まれた白衣の男。


全てはそこから始まった。


話しを聞き余計に速く行かねばという思いが膨らむ。心配と焦燥が綯交ぜになり胸がむかむかと気分が悪くなったような気がしてくる。



「だからあまり行くのはおすすめしないよ」と心配してくれる声がかけられるが、今のセリムには聞こえなかった。


それから村の方角と掛かる日数を聞くとのそのそと席を立ち上がる。


四人が訝しむ中、頭を下げ礼を言うと木製のドアに手をかけた。



「ちょ、どこいくの!?」



慌てて席を立ち上がった結果、椅子が音を立てて倒れる。


がそんなこと気にならないとばかりに声を発する。ダグラスも怪我がまだ治ってないだろうから安静にしといた方がいいぞ、と心配の声を掛けてくる。それに続きニックとクリムも似たようなことを言ってくる。



「こんなもん直ぐに治る。それに…」




目を細め、掴んでいるドアノブを睨むように見つめる。自然と手に力が入りドアノブがカタカタと揺れた。



「まぁ、看病してくれて助かった。またどこかで会うことがあればその時に礼はする」



ドアノブに手をかけたまま振り返らず言葉を発したセリムは、今一度「世話になったな」と一言掛けて家の外へと出ていった。


徐々に閉まりゆくドアの隙間からはセリムの背中が見える。四人はドアが完全に閉まるその時まで視線を向けていた。






助けてもらった人物の家から出たセリムは、未だ怠さの残る身体で村を横切り森へと入った。


もうすぐでたどり着くという思いが歩く速度を速める。同時に、何か得体の知れない嫌な予感が胸中を占め、速度が上がったり下がったりを繰り返していた。そのせいで呼吸が乱れる。


乱れを落ち着けようと歩くのを止めて深呼吸をする。すると前方から吹き抜けるような風が顔に打ち付けた。


風に乗った緑の匂いが鼻を掠めそれが一種の安定剤のように気分が少し和らいだ。



「ここから約二週間か…」



先ほど聞いた話を思い出しながら再び緑生い茂る森の中を一歩また一歩と進んでいく。


そうして約二週間後、セリムは再び自分が生まれた村へと足を踏み入れることとなるのだった。




ーーーーーー




二週間後――


時刻は昼を大幅に過ぎた頃。


まだ見た目が子供の頃に何度か来たことのある森に入り、懐かしさを覚えながら進んでいく。道中現れるのは大抵がゴブリンばかりであり、懐かしさについ頬が緩む。


ここに至るまで森では幾度となくモンスターに遭遇したが、昔とは比べものにならない程に成長した今では、全てが酷く弱く感じられた。


ワームに比べれば仕方のないことだろう。身体の倦怠感も二、三日経つ頃にはなくなり、いつもの調子が戻ってきていた。



(あと少しか…)



約二週間で着くこともあり、そろそろ着く頃だろうと考えていると森の中から懐かしいのゴブリンが顔を覗かせる。


木陰に隠れてこちらを狙っているゴブリンアーチャーが二、陽動作戦なのか目の前に姿を現し、手に剣を持ったゴブリンファイターが二、さらにその後ろにゴブリンメイジが一匹いる。




(そういや、昔似たような事があったような気がするな)



呑気に思い出に浸っているとファイターが二匹攻め込んでくる。その背後ではメイジが魔法の準備に取り掛かる。


奇声のような雄たけびを上げなが突っ込んでくるファイター。手に持つ剣を振り上げ切りつけようとするが中を空振った。次の瞬間、剣を持っていた腕を目にも止まらぬスピードで叩かれ腕が千切れた。



「ギギャアァァァー」



汚らしい声を上げるゴブリンの腕を落としたのはもちろんセリムである。身体から分離した手に握られていた剣を中空で奪い取ると、無傷のファイターの顔面に向かって投げつける。まだ生きている腕なしファイターの頭をつかみアーチャーに向かって投げつけ、射線をつぶす。


丁度その時メイジの魔法が完成した。火球が飛んでくるが、虫でも払うかのように軽く手首を振り"受け流し"でアーチャーの方へと角度をいじると受け流す。爆発音が響いた。


背後から矢が放たれる音がするが全てファイターに突き刺さる。その間に落ちている石を拾いアーチャーに向かって投擲、キラーンと言う前時代のマンガの様な表現を残し、石は頭を爆砕、彼方へと飛んで行ってしまった。


一瞬のうちに仲間が消え、不利だと悟り逃げ出そうとするメイジ。足止めのためか火球を放つがセリムは先程と同じよう受け流す。


森の中に爆発音が響き渡り、鳥たちが慌てたように飛び立っていく。


焦げた臭いが鼻をつくも、特に気にも留めずに死体を飛び越え森を抜けた。


そして数時間後、セリムは目的の地、ソート村へと辿り着いた。





やっと着いた!と思ったセリム。だが、その足が止まった。


異変を感じとったのだ。



「なん、だよコレ…」



久々に訪れた村には人っ子一人見受けられず静寂が支配していた。田畑は荒れ、長らく手入れされれいないことを感じさせる。


大体の家が一部もしくは全体に壊された跡が見受けられ、地面にはいつのものなのかわからない程黒く固まっているものがこびり付いていた。


直ぐにその正体が血なのではないかと思い至る。間違いなく村に何かがあったのだとそう思うには十分すぎるほどの状況だった。


それでももしかしたら――淡い希望を抱き近くの家の中へと入る。


ドアを開けるとむわぁっとカビ臭い臭いが広がり、家内はまるで強盗が入ったかのように荒らされていた。争った後だというのが伺える。


テーブルや椅子は壊れ、食器も割れている。ガーデニング用の植物など植木鉢に埋っている植物も元気なく萎れ茶色くなっていた。


歩くたびに埃が舞い上がり、窓から差し込む光に当てられるとキラキラと輝きを放つ。長く使われていないことを示す証拠だ。



「…」



言葉を失いたたらを踏むセリム。それでもきっとこの家の人だけで他は…と言う根拠のない事を信じ、他の家にも足を踏み入れる。


だが、結果は変わらなかった。全てを家を周り中を確認したがどこも同じで長らく使われていないこと、もう人一人いないことをまざまざと見せられる結果となっただけだった。


壁に寄りかかるとそのままズリズリと力なく腰を下ろす。衝撃で埃が舞い上がりキラキラと輝きを放つのがやけに燗にさわる。



「っ…」



舞う誇りを鬱陶しそうに手で払うが、払っても払っても消えず、いつまでもキラキラと目障りな光を放ち続ける。



『村は酷い有様だった』



いつだったかネルファに言われた言葉が蘇る。


あの時は信じる気はなかった。だが日を追う事に不安の種は育っていた。


セリム自身、もしかしたらと何度も思った事があるがその度ににありえない!、あっちゃいけない!と否定し続けてきた。だが現実を見ればその考えは、思いは、ただの現実逃避だったことを思いしらされた。



「ハハッ」



渇いた笑い声が主を失った家に虚しく響く。


背を壁に預け俯くセリムの顔から雫が流れた。スゥーと床に吸い込まれるようにして落ちた雫は床に当たり弾けて四方に飛び散る。飛び散りバラバラになった様が今の自分に似ているように感じられこれ以上は見たくないと目を閉じた。


そうして数分経った頃涙はもう止まっていた。


頭の中では自身の存在意義や、あの時の選択は間違っていたのかなと自問自答を繰り返される。



ーー俺は何の為にここを出たのか…



何度考えても答えを失った問はループを続ける。答えなど出るはずもなかった。


その時、外から鎧の擦れる音が聞こえてきた。窓から外を覗くと目を見開く。


目に飛び込んできたのは、村を逃げた日に来た騎士と同じ鎧を着た人物が二人、村を歩き回っていた。


ミコトが聖騎士がいるかも…と言っていたが今の今まで会わなかった。てっきりいないものだと思っていたのだが、どうやらその考えは違っていた。


聖騎士達は話しながら村の中を見回っている。今はまだ声が聞こえないが近づいてきているのか徐々に声を聞きとれるようになっていた。



「ったく見回りは面倒だな。何でこんな廃村をわざわざ…」


「仕方ないだろ。誰かがこの村に入ったって魔術師が言うんだから。そもそも神敵者が戻ってくるかもしれないだろ。そしたら俺たちで捕まえないといけないんだよ」


「俺たちで捕まえられんのか?」


「さぁ? まぁでも人質・・がいるんだしいざとなれば脅せば何とかなんじゃねーの? どうせ相手も人間・・・・、家族が人質に囚われてたら…なぁ~」



同意を求めるように黒髪短髪の男は隣にいる髭の生えた男に向かって言う。


髭の男は「そうだな、そしたら脅して俺たちで捕まえるか!」と特にまったく恐れ知らず事を笑いながら口にした。


神敵者の力を知っていたらあのような言葉は口が裂けても言えないだろう。彼ら二人は陽気に「誰かいるのかぁ~、出ておいで」とふざけたことを叫びながら再び侵入者探しを再開した。



(人質?)



先程黒髪の男が言っていたセリフを脳内で反芻する。


最初はどういう意味だ?と混乱する頭で考えていたが、時が経つにつれ、スポンジに水が染み入るがごとく意味を理解する。


瞬間胸の内にどす黒く、身を焼きそうな炎が灯された。


心の中でふざけるなっ!と叫びを漏らすと強引に家を破壊。外へと飛び出す。


身を焼くほどの地獄の業火を宿して――


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