第75話不在

セリムがダンジョンへと旅立って翌日。



都市アルスのとある宿屋の一室にて、キーラは朝の準備をしていた。


桶に水魔法で水を張り顔を洗う。タオルで顔を拭くと、鏡の前に映る顔を確認する。



(勝手に口角が上がってる…)



指で無理くりぐぃーと下げる。だが、また直ぐに上がる。



「んもぉー ちょっと優しくされたからって、なんなのよー」



意図的にブスッとした顔を作ると髪を櫛で梳かした。それからエルフのイメージカラーでもある黄緑色のローブを着て、部屋から出た。


宿屋に併設されている食堂で朝食を済ませ、ギルドへと向けて歩き出す。


時刻は朝と昼の丁度中間位。冒険者や店を営む人たちはすでに動き始めており、街の中は活気に満ち溢れていた。


元気よく客の集客に努める露天商、こんな時間だというのに顔を赤く染め、笑い声をあげる者がいたりと騒がしい。


いつものアルスの姿。そんな日常の姿の中でちょっぴり非現実的な出来事を思い出す。


昨日ことだ。



仲間パーティーなんだろ。頼りないかもしれねーけど、力貸すくらいはする』



『国を襲った奴を倒したいんだろ? ならそれに協力するって言ってんだよ』



嬉しくも有り難くもある言葉。思い出すと自然と口元がにやけてしまう。朝も思いだして勝手に口角が上がってしまったので気を付ける。


街中でニヤケ面なんてしていたら不審者呼ばわりは必須。にやけそうになるのを堪えつつそう言えば…と思い出す。



(お礼を言って無かったわね)



今日会ったら言おうと脳内でシュミレートしながらギルドを目指すキーラ。






中途半端な時間帯という事でギルドにいる冒険者は疎らだ。


ギルドの中に足を踏み入れると目的の人物がいるか見渡す。


今の時間帯なら酒場の椅子に腰掛けぼぉーとしているかクエストボードの所にいる筈。そう思い見るがそこには目当ての人物――セリムの姿は無かった。



(珍しいわね)



少し待って来なければ明日でもいいわよねと気持ちを切り替える。依頼が貼られているボードを見て過ごすキーラ。


キーラのランクはC。自身のランクから上一つまでが受けられる依頼だ。


つい昨日ランクが上がり、Bランクまで受けることが可能になっていたことで、そっちを見た。


以前挑んだことのある闘技のダンジョンにてミノタウロスの魔石獲得の依頼、ゴーレム、ナーガ討伐の依頼。


他はダンジョン攻略の依頼がある。゛水牢のダンジョン゛と゛死の遣い゛と呼ばれるダンジョンだ。


この二つはパーティーを募集するものだ。だが、ダンジョンに潜るとなると少なくとも数日は帰ってこれなくなってしまう。そこを考えると却下だった。


ボードを見終わり、休憩に近場の椅子に腰掛けた時ーー



「だ〜れにゃっ?」



背後から目を覆われ、声を掛けられた。


普通こんな事されれば多少なりともイラッとするものだが、今のキーラは暇を持て余していた。暇つぶし程度に付き合うことにした。



「クロでしょ」



一瞬も考える素振りすら見せずに答える。



「にゃ、にゃんで分かったのにゃ!?」


「何で分からないと思ったのよ」



キーラが知る限り、にゃなんて語尾を付ける人物は一人しか心当たりがない。よって簡単に正解へとたどり着くことが出来たのだ。


というより出題者が隠す気があったのかそもそもそこが疑わしいところだ。


クロの反応を見る限り本気で驚いているようだったので、本人からしてみれば問題無かったのかも知れないが…



「それで何の用なの?」


「特に用はないのにゃ。強いて言うならただ見かけたからってのが答えかにゃ。キーラの方こそ何してるにゃ?」



人懐っこい笑みを浮かべながら問いかけてくるクロ。



「…セリムを…待っているの。まだ来てないみたいなんだけど知らない?」



年頃と言うこともあり、恥ずかしそうに言葉を詰まらせながら話すキーラ。


問われたクロはさっと視線を巡らせた。



「残念ながら私も知らないにゃ~」


「そう…」


「ちょっと待ってるにゃ。私が皆に聞いてきてあげるのにゃ」



そう言うと止める間もなくスタタタターと軽い動きで去っていった。




ーーーーーー




「呼び出して悪いな」


「ほんとだよ。悪いと思ってんならさっさと帰らせろ」




社交辞令で言っているにも関わらず呼ばれた人間――ハルトは悪びれもせず悪態を吐く。顔にはうげぇ~といかにも迷惑だと言う表情を浮かべている。


ミルフィー、ディーンの二人――主にディーンからエルフの国の事について話された翌日のことだ。


ハルトはアイリと共にネルファの屋敷に呼び出された。



「はいはい。そんな急がしいのなら単刀直入に言うぞ…仕事の話だ」



仕事という単語が出た途端、ハルトの顔が先ほどより一層ひどくゆがむ。


顔芸をしていると言ってもいいくらいに顕著な有様であり、隠す気がないのが丸わかりだ。その顔を横に座り見ていたアイリははぁ~とため息を吐いた。



「昨日ディーンから情報が齎された。ラトル火山近くにあるゲーテと言う国があるのは知ってるか?そこに神適者を名乗る輩がいると言う噂だ。二人にはそこに行って確認してきてほしい」


「…どうせその情報もガセだろ~。そもそも自分から名乗るなんてどこの馬鹿だよ。確認するまでもないだろ。と言うことでお疲れさん!」



キリッといい顔で仕事はしないと告げる。席から立ち上がり部屋から出ていこうとする。


さっさと行こうとアイリにウインクしながらドアの方を顎でさす。対してアイリは曖昧な表情だ。


そこへ凛とした声が響いた。



「ヤーコプ、ドアを抑えろ」



背後に控えているヤーコプに命令を下す。短い返事と共に音もなく一瞬でドアお前に陣取るヤーコプ。




「流石はヤーコプお爺さん、中々いい動きをするじゃないか」


「お褒めに預かり光栄です」


「だが、この俺の働きたくないパワーがその程度で止められると思うな…よっ!」



言うが早いかドアに向けて突き進む。


言うだけあり、左右、前後のフェイントを入れつつ一気に距離を詰めていく。そうして目前まで来たところでヤーコプを避け、華麗にターンを決めた。


手を伸ばす。ドアの取っ手まで後数センチと言うところまで来たがーー



「ぐぺっ…」




カエルが潰されるような声を上げ地面に転がされた。



「いたっ! イタイ、イタイよ爺さん。若者なんだからもっと労ってくらよ」


「申し訳ございません。ハルト様に手加減していては簡単に抜かれかねませんので…そういうわけですのでお席にお戻りください」



どういう訳だよと腰をさすりながら起き上がり渋々元いた席に戻る。


ネルファはそんな下らないやり取りに、咳払いをして削がれた気をとりなすと続きを話す。



「出来る限り早めに調査してもらいたい。八つ目の神敵スキルが見つかって以降、何か事件がある度に神敵者がいるから、現れたからよくないことが…などど世迷い言を言われてはたまったものではない」


「たまったものじゃないって言われてもな。現にアルフヘイムをやったのは神敵者なわけだからなぁ。それにどの道俺らは厄介者だぞ。存在しているだけで周りを傷つける、今更評価なんて変わるのかねぇ~」



神敵者は存在するだけで他者を傷つける。


正確にはこの世界に存在する神の力を持った者たちが彼ら彼女ら神敵スキル保持者を悪にするためにある事ない事全てを押しつける。その為ならあの手この手で悪感情を煽る。


神格者共は、自身を護る為に徹底的に排除に動くのだ。おかげで神敵者には生きづらく、その名が恐怖の象徴としてなってしまった。


これらを覆すのは容易ではない。だからこそどこの誰かも知らない馬鹿にこれ以上悪名を広められては困るのだ。



「確かに一理あるが何事も行動してみなければ分からないものだよ」



それだけ言うと行った行った、と二人を追い出した。



「評価を変える、ねぇ… 神なんてもんがいる限り俺たちはずっと日陰もんだよ」



ポツリと消え入りそうな声でつぶやかれた言葉。誰の耳にも届く事はなく、ドアが閉められる音によってかき消された。




ーーーーーー




「聞いてきたにゃー」



セリムのことを聞きに行った時同様、軽い足取りで戻ってくるクロ。その姿を訝し気に見つめるキーラ。



「何にゃ?」


「本当に聞いてきたのかと思って…」



と言うのも、クロの聞き込みの仕方が抱き付いたりとじゃれつく猫の如くボディタッチの連続ばかりだったからだ。


無論、言葉を交わしているところを見てはいるため、聞いているのは理解していた。だが、聞かずにはいられなかった。


侵害だと言わんばかりに耳と尻尾を立てながら抗議するクロ。が、キーラはそれを華麗にスルー。結果を早くと急かした。



「…どうやら昨日ダンジョンの事について聞き回っていたらしいことは分かったにゃ。にゃけどそれ以降は分からなかったにゃ」


「そう…」



僅かに期待したが、芳しくない答えに気分が落ち込む。


「今日は偶々よね!」と無理やりに納得し、明日に期待することにすることにした。


だが――


それから二日、三日と時は過ぎていったがセリムは現れることはなかった。


セリムがギルドに顔を出さなくなって五日が経った。


その間もキーラは毎日のようにギルドへと顔を出し、待っていた。思いは報われることはなく無慈悲にも時だけが流れた。


一日や二日ギルドに来なければ偶然で済ませられる。が、さすがにこうも連続で続きくと不安が大きくなった。


キーラはギルド内だけではなく、街やセリムが宿泊しているであろう宿屋に顔を出したり、話しを聞きに回った。


そして分かったことがあった―――


試験合格者が発表された日、その日に街から出て行き、現在も戻って来ていないことが…



「何で勝手にどっかに行っちゃうのよ…」



門番をしている兵に話しを聞いた帰り、一人街中を歩きながら呟やく。周囲を行く人々の喧噪によってかき消された。


暗い表情のままギルドへと向けてトボトボ歩く。周りを見渡せばどこもかしこも活気に満ち溢れ、今の自分と相反する様が煩わしく感じていた。


そんな中でも足取りがしっかりしているのは、セリムが自分の意志で街を出ていったことを知り得たからだ。



「キーラ」



ギルドに入るなり声を掛けられる。声を掛けてきたのはここ数日で知り合った男女の冒険者ラッツとメルだ。


セリム捜索話しを聞いて手伝ってくれると申し出てくれたのだ。


女の冒険者メルが酒場の方から手招きしている。隣り合う形でラッツとメルが座り、対面にもう一人が座っていた。


ラッツの対面席へと腰を降ろすと「そう言えば初めてだよね」とラッツが隣にいる人物を紹介した。



「この人はリアナさん。先輩冒険者で色々と教えてもらってるんだ。ランクはCでキーラと同じはずだよ」


「というわけラッツが紹介してくれた通りリアナよ。よろしくね」



微笑みながら自己紹介をするリアナ。


茶色の髪をうなじの所で一つ結びにして、ちょこんと申し訳程度の尻尾髪が揺れている。


軽装の装備や、身に付けているポーチなどの姿から盗賊系の職業と予想ふるキーラ。それからキーラ自身も自己紹介した。


自己紹介を終え、さっそく話しはセリムの事へと移った。そこで先程門兵の人に聞いた事を告げる。


場に沈黙が降りる。数秒の後、沈黙を破ったのはリアナだった。



「こういう言い方はどうかと思うけど…そんなに気にする必要ないんじゃないの?」


「それは…」



喉元まで出かかった言葉だったが、詰まった。


冒険者は一か所に囚われず、あっちそっちに移動するものだ。だからそこまで心配する必要もない事は分かる。


けれど、短い間ながらも一緒に過ごした人物がいきなりいなくなっては心配だった。


ただでさえキーラにとっては一回目のアルフヘイム襲撃の際に家族、隣人、知人全てを突然奪われたのだ。それが状況は違えど突然いなくなるということで重なってしまい胸中を不安が満たしていた。


そんなわけ無いといくら否定したところで、もしかしたら…と言う思いが消えない。燻っている不安の種火が、また居なくなってしまうかも、と思いを煽る。


口調は少し乱暴なところはあるけど仲間と言ってくれた。


力を貸してくれるとも言った。


助けてももらった。


お礼だってまだ言えてない。



(このまま帰ってこなくて約束破ったら許さないんだから!)



この胸のモヤモヤを晴らす為にもいなくなってほしくは無い。結局は身勝手な理由だが、一緒にいたいのだ。



「…」



この想いを何とか言葉にしようとするが、恥ずかしさで中々口に出せない。すると背後から聞き覚えのある声がかかった。



「どうしたよ、そんな辛気臭い顔並べてよ」



そう言って片手を挙げて近づいて来たのはアーサーだった。



「おう、久しぶりだな」



テーブルの面々を見渡しながらキーラとリアナの丁度中間に腰を落とす。



「何でそこに座るのよ!」


「おじさんになると女の子と触れ合う機会が少ないんだよ。だから両手に花が欲しいの」



欲望丸出しの言葉に、沈んでいた場の空気が多少和む。キーラの表情も心なしか明るくなった。


そこでアーサーがはセリムの件について口を開いた。説明したのはキーラだ。



「なるほどな。あいつはこの街にはいないのか… それでどこに行ったんだ?」



キーラが首を振る。そこへフィーネさんから聞いたんですけどと、メルが話に入ってくる。


メルが話したのは数日前にセリムが受付嬢にダンジョンについて聞いていたという話だった。


そういえばクロからそんな話を聞いた覚えが…と思い出すキーラ。眉をひそめ、はぁ?と隠そうともせずに何言ってんだと言う表情をするアーサー、眉をしかめるリアナ。そんな周囲の反応を見て疑問顔を浮かべたラッツが問いかける。



「何をそんなに驚いてるんですか?」


「ん、あぁ。洞穴の針山ってのはSランクダンジョンなんだ。俺も昔にAランクだけでパーティーを組んで挑んだことがあるが攻略出来なかった」



そう語るアーサーの言葉に皆が息を飲む。



「セリムはそれに挑んだってことですか?」


「さぁな。セリムの力がずば抜けているのは知っているがそれでもSランクダンジョンに挑んで勝てるとも思えない。他に余程強い仲間がいれば別かもしれないが…」


「それで、どうするの?」



皆が驚きに囚われる中、問いかけるリアナ。


長年冒険者をしていればこんな時にどうするかなど明白、冒険者とは全てにおいて自己責任。だからここは勝手に挑んだ奴が悪いということで見捨てるーー



「そのダンジョンはどこにあるの?」


「確か帝国領付近の森だったと思うが…ってもしかして行くつもりか!?」



慌てた様子でキーラの方を向くアーサー。顔にはバカな真似はやめろと浮かんでいる。



「無理ね… 私じゃあ…」


「そ、そうか」



己の早とちりで良かっと安堵するアーサーだが、言葉では否定したものの、本当はどんな気持ちはなのか膝の上に置かれている手を見れば分かった。


固く握られ、かなり力を込められ小刻みに震えている。



(これはただの推測で何の確証もないものだ。それに冒険者は全てが自己責任。だからここではその判断は正しい…仕方ない。仕方ないことだよな…)



アーサー自身も分かっている。


わざわざ確証もない事に首を突っ込んで命を散らすなど愚の骨頂だと。


今までの生きてきた中で、下手に首を突っ込んで死んでいったやつを何人も見てきたのだ。


それでも――


一応親代わりをしている身としては、キーラの思いを汲んでやりたい気持ちだった。


人とは時折不効率な考えの元行動する。もし、この不効率な行動の正体に名前を付けるなら゛心゛や゛想い゛なんてものだろう。


人は心に想いに突き動かされるものだ。それがどんなに無謀なことでも…


頭をガシガシと掻きつつはぁ~と息を吐き出す。



「攻略を考えなければダンジョンに潜ることは可能だ。道程は二週間と少しってところか」


「え…」



誰が漏らした呟きか――どこからとなく聞こえる驚きと歓喜に満ちた呟き。


皆から視線が集まる中改めて言葉を告げるアーサー。



「攻略は無理だが、様子を見に行く位は可能だ。だから行くなら準備しろ。準備出来次第と言いたい所だがメンバーが集まり次第行く。メンバーの方は俺が集めるから心配しなくていい。それと危険があるのは承知してくれ。以上!」



これ以上はもう言わん!と席を離れた。


アーサーが立ち去った場には未だ言葉が信じられず、ポカーンとした顔の者たちが残った。




それから数週間後、他の街にいたアーサーの知り合いの冒険者ーーAランクとBランク冒険者の二人が合流。


準備を整えると都市アルスを出発した。


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