第68話攻略開始

「あぁぁぁっ! い、たい いたい いたい いたい くるじいぃぃ…」



魔法陣以外の光が一切ない暗い部屋の中、苦痛に苦しむ声が響いていた。


喉が張り裂けんばかりに叫ぶ者の正体は、数週間前に消失したアルフヘイムの民エルフだ。


部屋中央の魔法陣の中に顔中から血を流しながら横たわっている。服は捲れ、素肌が見えている部分からは根性焼きの痕がいくつも見える。


エルフの誇る美しい容姿は、今では見る影もない。血や煤によって酷い汚れようだ。



「何て言えばいいんでしょう…強いて言うならば"絶望への足掻きの叫び"とですかね…」



人が死に近づく様を眺めながら比喩表現をするのはラグリアだ。


ここはラグリア達復讐者ルヴァンシュの拠点である森の奥深くにある屋敷。


現在、エルフたちを使った実験という名の"儀式"が行われていた。


魔法陣から放たれる光によって照らされた室内には、場違い感漂う椅子に座り、優雅にティータイムと洒落こむラグリア、そして対面には女が一人座っている。


見た目は二十台前半、金と茶色を混ぜたような髪色をしている。胸を隠す布だけを巻き、下はだぼだぼのズボンを履いている。腰の両横には切れ目が入っていて肌、ふんどしの捩じれた紐が見えていた。ダボダボのズボンの足首は紐で結ばれている。


額からは二本の角を生やしている。根元が肌と同じ色なのに対し、先端に向かうにつれて真っ赤に染まったいる。


角の生えた女はだらしなく涎を垂らしながら指を加え、魔法陣の中にいるエルフの少女を見つめていた。



「ねぇ~ラグリー、あれまだ食べられない?」



催促する角の生えた女。



「食べられませんよ。まだ死んでないので死ぬまで待ってください」


「え~、だってもう成功しそうにないじゃん」


「だからって駄目ですよ。というかあまりそういう顔で彼女達を見ないで下さい。皆怯えちゃうじゃないですか、牢屋にいるあの子とか、ホラ」



そう言ってラグリアは、魔法陣の向こう側にある牢屋を顎で指し示した。


牢屋の中には老若男女のエルフが数十人入っている。恐怖で固まっている者や、苦痛の叫びを聞かないように耳を抑える者、声を上げないよう必死に堪えながら大粒の涙を絶え間なく流す者…様々な状態のエルフ達が入っている。



「キシシシッ。 それはワタシじゃなくラグリの儀式の所為」


「フォルカ、私だって傷つくことはあるんですよ?」


「キシッ、そんな顔してない。嘘下手すぎ」



本心なんですけどね、と肩を竦めるラグリア。既に興味が他に移っていたフォルカは、そんなことよりもとエルフの少女を指さす。



「分かりましたよ」



腰を浮かせ苦しむ少女の元へと足を運ぶ。近づくにつれ徐々に魔法陣から放たれる光が弱まる。


少女はやっと痛みから解放された事で荒い呼吸ながらもどこか安堵したような表情を浮かべた。


だが、それも次の瞬間には絶望へと変わった。



「やだ、いや、だよ…やめて…お、ねがい」



必死に懇願する少女が目にしたのは、鈍色の光を放つ剣だった。


これから自分がどうなるのか、分かりたくなくとも分かってしまった。ラグリアの持つ剣が自分の命を奪うだろうと…


己の命の奪うものは薄暗い部屋の中でも輝き、自然と視線が引き寄せられる。目が離せなかった。いや、もしかしたら離すことは出来たのかもしれない。それでも少女は目を離さなかった。


それは死への抗いかーー


あるいは…



ーースパンッ



ドサッ…



少女の首から上が地面に転がり次いで身体が傾いだ。



「やれやれ、さすがにエルフといえど一人では召喚するのは難しいのですかね」



誰に尋ねる訳でもなく、一人ごちる。


次は複数で試すべきかと牢の中にいるエルフ達を一瞥した。



「フォルカ、もういいですよ。お好きにどうぞ」


「やったー!」



子供のような無邪気な声を上げ、今しがた命の灯が消えたエルフの元へ嬉々として近寄っていく。


その喜びようは子供がお菓子を買ってもらった時の感じに似ている。だが、とてもかわいらしいと呼べるものではない。



「前々から思っていたのですが、人なんて食べておいしいのですか?」



ボギッ クチャ ヌチャと骨が折れる音、肉を裂く音、咀嚼する音など生々しい音が響く。ラグリアから発せられた質問に口の中にあったものを飲み込むと答えた。



「キシッ! ラグリーも食べれば分かる。特に子供、女、筋肉のない肉は柔らかい。それにこういう命を奪うのは楽しい。 キシシシシ」


「遠慮しときます、お腹壊したくないですから。それから後片付けちゃんとしといてくださいね」


「今日はこれで終わり?」


「えぇ。少し調べものをしなくてはいけないので」



そう言って部屋を出ていくラグリア。


彼の出ていった部屋では咀嚼する生々しい音だけが響いていた。




ーーーーーー




パチパチと静かな森の中で焚き火の音が響く。焚き火を前にセリムは寝転がっていた。


時刻は既に夜、辺りは夜の帳が降り、すっかり不気味な雰囲気を醸し出している。


街を出てからまだ数時間、それなりに進みはしたが、1日で着くことなど出来ず、絶賛野宿中だ。


食料、水に関しては買い貯めがあるので心配はいらない。なくなったとしても森の中だ。食料も水もどうとでもなる。


夜空を見上げ同じ空を見ているであろう両親、ルナ、ローの事を想う。


元気にしているだらうか、会ったら何て言おうか…そんな想いを馳せる。


そうしているとふと、記憶の片隅に追いやっていた言葉が蘇った。



"私から言えることがあるとすれば…村は酷い有様だった、と言う事だ"



それはネルファに言われた言葉だ。



「ざけんなよ…そんな、あってたまるかよ。そしたら俺は何のために…」



枕代わりにしていた手を強く握りしめる。


大きく息を吐き出しやめだ、やめやめ、と負の考えを頭の隅に追いやり就寝した。




ーーーーーー




「つーか何で俺なの? 相談とか受けたくないんだけどぉ…」



街中であるにも関わらず、身体をロープで縛られ引きずられていくハルト。周囲からはまたやってるよ…といった呆れを多分に含んだ目を向けらている。


当のハルトは、「どもぉ~」と適当に挨拶をしている。全く恥ずかしがる素振りを見せない。相当慣れているのが分かる、そんな雰囲気だ。


代わりに引っ張っているアイリの方が恥ずかしがっている。



(何故私がこんな恥ずかしい思いをしているのに、こいつは…)


はぁ~とため息をつく。


慣れとは恐ろしいものだと改めて感じたアイリだ。



「ハルト、少しは恥ずかしいと思わないのか? こんな格好で連れられて」


「恥ずかしいも何も楽だからいいじゃん。俺の最終目標は、誰かに養ってもらって、ヒモとして末なが~くお世話してもらうことなのさ。その為なら人の尊厳などいらん! キリッ」



滅茶苦茶いい顔で言い放つハルトだが、格好が格好なだけに全く格好やくない。寧ろ哀れにすら映る。言ってる内容も内容なだけに余計にそう感じられる。


再び溜め息をつくアイリだった。





「私だ。相談したいことがあると聞いてきたのだが」



ハルトを引きずって訪れたのは水路近くにある一件の家だ。白を始めとして薄い緑や茶色などといったレンガの家が立ち並んでいる場所にある。


家の中からドタドタと物音が聞こえ、ドアが開かれた。



「すいません。お忙しいところをわざわざ」



中から出てきたのはステイツというエルフだ。



「私はハルトの世話で忙しいだけで、特に仕事とかは忙しくないから構わない」


「相変わらずですね。もうなんだか夫婦に見えてきましたよ」


「なっ、ち、ちがう。誰がこんな甲斐性なしなんか!」



顔を真っ赤にし攻め立てるように言い募るアイリ。その剣幕に押されたステイツは軽く謝った。



「またまたぁ~、そんなこと言ってぇ本当は満更でもないくせに」



声を上げたのは未だロープで縛られているハルトだ。とてつもなくウザい顔をし茶化し出す。



「死ねっ!」


「よっ!」


「避けるな! このっ…スキルを使うなっ!」


「避けなかったら痛いじゃすまないだろって」



茶化されたアイリは憤慨し鞘のまま、斬りかかった。イモムシ状態ながら神敵スキルを使い相手の速度を落とす。そうすることで完璧によけ続ける。神敵スキルの無駄遣いだ。


現場を一人見ていたステイツはハハッ…と渇いた笑みを浮かべていた。





「それで今日来ていただいたのは相談したい事…というよりお願いがありまして」


「お願い?」



言いずらそうに、視線を彷徨わせ逡巡するステイツ。時折言いだそうと口を開くが声が出てこず閉ざされてしまう。


再度視線を巡らせたとき、寝転がされているハルトへ視線が向いた。



「大丈夫なんですか?」


「これが大丈夫に見えんなら、あんたの目はどうかぁっ!」


手元のロープを引っ張り、大丈夫だと告げるアイリ。うげっという声を出したハルトはぐでっ~と脱力した。


その様子を見て気が楽になったステイツは、「あのですね」と話し始めた。






「お願い出来ませんでしょうか?」


「と言われてもな…私一人の力ではどうすることも…」



床に倒れ伏すハルトへと視線を向けるアイリ。釣られてステイツも懇願するように視線を向ける。が、当の本人は…



(こっち見んな! 俺はそんなことしない。しないったらしないんだからねっ!)



二人の視線を感じ、謎のツンデレを発動させ不動を貫いていた、もはや生きた屍状態だ。


何故ハルトがこういった反応を返したのか、それはステイツが齎した話がとても面倒な事案だったからだ。


ステイツの願いというのはエルフの民の奪還だった。同族であるアイリとしては諸手を上げて賛成したいところ。だが、これにはいくつもの問題があり、そう簡単にはいかない。


一つ目は相手が神敵者であること。二つ目は居場所が分からないことだ。この二つが問題だった。


仮に居場所が特定できたとしよう。だが、敵は神敵者、並みの者では勝負の舞台にすら上がらせてもらえない。


それどころが敵の手に落ち、手駒となる可能性もある。神敵者の相手は神敵者に任せるべきだ。故に協力は必須だが…



(ラグリアは人間だが、殺すのはそう簡単じゃねぇんだよ)



同じ組織に居たからこそ相手がどういう存在かを知っている。それだけに態々危険を犯してまでやる意味はないい。


一人助けないプランを組み立てるハルト。そこへ久方ぶりの声が響いた。



「その話、聞かせてもらったよー」



元気いっぱいの幼子のような声が部屋に響き渡った。



「だ、誰だ?」


「この声は…」



二人は立ち上がり部屋中に視線を巡らせる。しかし、声の主は見つけられない。


すると声の主は見つけてもらえなかった事の不満を表すように窓を平手でバンバン叩いてアピール。


窓へと視線を向けると、そこには頬を目一杯膨らませた水色の髪をした女の子がいた。


サイドテールが気付いてもらえなかったことを怒っているかのように激しく揺れていた。





「もう、まったく何で気付いてくれないの!」



家に入って既に何回も同じ問いをしていた。頬は無理して膨らませ続けているのでは? と思わせる程にずっと膨らんでいる。顔は赤くなり、限界なのに本人はやめようとしない。


時々頬をなでなでしては、痛みを堪えている。やめればいいのに…と思うが誰も言わない。


むぅ~と唸る少女だったが、少女と共に入ってきた男が、お菓子を差し出すと喜んで受け取った。もぐもぐと食べ始める。



「すまんね、うちのミルフィーは我儘で」


「それぐらいなら可愛いものだろう。こいつに比べたらなっ!」



足でハルトを突くアイリ。それに男もそれもそうだと苦笑いを浮かべる。



「ところでデイーン何故ここに?」


「仕事が終わってネルファ様が迎えに来てくれたんだけどよ、お嬢がチョロチョロしてくれたせいで迷子になったんだ。そしたら丁度迷ってたら二人を見つけたって訳だ。そしたらお嬢が追跡ごっこしようって…後は御覧の通りだ。それでアイリたちは何でここに?」



問われたアイリはステイツへと視線を向けた。



「ステイツ、もう一度話しててもらえないだろうか?」


「え、あ、はい」



事の成り行きを見守っていたステイツは、急に話しかけられどもりながらも返事を返す。


頭の中ではこの二人は誰なのかという疑問もあった。アイリと親しげに話す様から知り合いなのだろうと推測した。


それから先程と同じことをディーンと呼ばれた男に話した。



「なるほど…そりゃ無理だ。お嬢とハルト様は能力は問題ないんだが…あ、ちなみにお嬢ってのはそこでお菓子食ってる子供のことな。一応あれでも暴食の神敵者だ。で、問題は性格なんだよ。相手がラグリアとなると、相性的にガルロのじい様は厳しいし…そうなると必然的にネルファの姉御に頼んで見るのが一番だと思うが、もしくはキルレ…いや、ないか」



毛皮のついたベストから覗く腕を組みながら、さらっとミルフィーが神敵者であることを告げたディーン。


ステイツは、「え、あ、え!?」と驚く。その驚きは次の瞬間、更なる驚きに染まった。



「それフィーがやるー」



真剣に話し合われていた場の雰囲気がその声一つで霧散した。



「お嬢何言ってんだよ。お嬢の力だけじゃラグリアはともかく多人数相手だと厳しいだろ。一対一ならいけるかもしれないが…」


「じゃあ、もう一人誘えばいいんだよっ!」



名案とばかりにぺちゃんこの胸を張り、どや顔をするミルフィー。



「俺はパスで!」



今まで死んだ魚のようにピクリとも動かなかったハルト。だか、巻き込まれると悟るや否やすぐさま参加しない旨を伝えた。



「まぁ、ハルト様が参加しないことは分かっていましたよ。お嬢、どの道他の神敵者の方々に相談するべきだろうよ」


「んじゃ、言ってくるー」


「ちょ、お嬢!?」



現れる時もいきなりならば帰る時もいきなり。勢いよくドアを開け放つと、楽しそうにに走って出て行った。


その後を溜め息を吐き、仕方ないと慣れた感じで追っていくディーン。


傍から見れば180㎝近いおっさんが135㎝程の女の子を追いかけるという犯罪臭満載な絵面だ。



「行ってしまいましたね」


「そう、だな」



残された面々は呆然とそれを見送った。




ーーーーーー




都市アルスを出発し二週間と数日。


野宿したり道中見つけた村で休息をとったりしながら進み、なんとか目的のダンジョンへと辿り着いていた。


Sランクダンジョン、"洞穴の針山"だ。


周囲は高い木々に囲まれ視界は悪く、唯一見えるものは西にある大きな赤い色の山だけだ。



「名前から想像していたが、やっぱり洞窟がダンジョンなのか」



見つめる先、そこには森の中にぽっかりと口を開く、洞窟が一つ。まるで獲物が自ら口の中に入ってくるのを待っているかのようだ。


森の中にいきなり表れた洞窟は、入り口の大きさも相まって不気味さ、不自然感がある。高さは約五メートル近く、幅は約三mはある。


不気味さを醸し出す洞窟だが、セリムは怯むことなく一歩を踏み出した。


"求めるのは力"


その為ならば、この程度で恐怖をなど感じている暇はない。



ーー大切と思えるを護りたい。



その想いを胸に抱きながら地面を踏みしめた。


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