第57話悪夢再び
「あいつらは何だったのにゃ?」
ネルファとヤーコプの二人組が去ったあと三人共セリムの下に集まってきて、何があったのかと事情を尋ねてくる。それに対しなんて応えればいいか迷い、時間稼ぎのつもりで「立ち話もなんだし馬車の中にいかね?」と誤魔化しに移るのだった。
「で、あれは何だったのよ」
馬車の中へと移動し、再び問い詰められるセリム。移動する事で時間を稼いだのだが、それも数十秒と短く、なんて応えるか決まっていなかった。寧ろ決まるわけがなかった。
「あ~ えーと えー… 隣の家の山田さん?」
問い詰めてくる三人から目をそらし、適当な考えを口にする。それも異世界の人間には絶対に伝わらない日本人のありふれた名前を。
「ヤマダにゃ?」
「ヤマダって誰よ?」
「ヤマダ?」
三人が一様にヤマダと言う名を口にし、首を傾げながら、訝し気な目で見つめてくる。それに対しセリムは「誰でもいいんだよっ!」と逆切れ気味に応えを返す。対して三人は不服そうだったがセリムが答える気がないと見たのか、今後についての話しへと移行していった。
「その何にゃ、ヤマダ?あの人物が何なのかは知らにゃいけどにゃ、試験中に襲われたのは事実としてマスターに報告するにゃ」
クロが「試験は安全面を考慮して中止にゃね」と言う。それに対しセリムが反論し、意外にもキーラが乗り、ベルもそれに加わってきた。
「審査官に逆らうのにゃ? 審査官権限で皆不合格にしちゃうにゃよ~」
「んなぁ、それは横暴だろ」
クロの審査官としての特権を行使するにゃ~とい脅しにベルを含め三人がぶーぶーと反発する。
「文句言ったって意味ないにゃ。私は今回、皆の面倒を見るのも仕事の一つとして請け負っているのにゃ、だから危ない事はさせられないのにゃ!」
三人が三人とも|さっきまで戦闘してたじゃねーか!(危ないこと)と心の中で突っ込むが、クロにその想いは届かなかった。
「んにゃ、帰るのにゃー」
「イヤよ! ランクアップしてもっと強くなんなくちゃいけないんだから」
「オラももっと強くなりたいんだな」
「そーだそーだ」
帰還を促す声に三人?とも嫌だと抗議するもクロは頭の上に着いた黒毛の耳をペタっと頭と折り畳み「聞こえないのにゃー」とふざけた行動をとり始める。
いくら街道を通っているとは言え、モンスターが襲ってこないわけではない。そんな事もお構いなしにクロと三人はあーだこーだと言い争いを始めるのだった。
「あの、私はどうすれば…」
その光景を見る御者のおじさん。一人輪に加われずポツリと立ち尽くしていた。輪に加わりたそうに馬車の影からチラッと顔を出すも誰も気付くことはなかった。
ドカーン ドカーンと何かがぶつかり合うような音が響く。
「おぉー おぉー 派手にやってんなぁ」
突如として地震がおこり、何事かと窓から街を見てハルトが呟く。ハルトは台車に座っている為に、窓まで近づかなければ外の様子が見えないので窓から見える煙を見て喋っていた。そんなことよりも今、街には悪夢の再来と言うべき事態が起ころうとしていた。
「おいおい、こりゃ一体なんだ?」
外の音を聞き、部屋の内部にいた全員が窓から外の様子を見る。そこで見た光景は街を覆う結界に炎弾などが撃ち込まれているという光景だった。辛うじて結界が防いでいるお陰で時間稼ぎにはなっているものの、既にヒビが幾本も入ってきており、破壊されるのも時間の問題だというのが窺えた。
「こ、これは…まさか」
目を驚愕で見開き、終始「何で…ありえない」と口にするステイツ。その態度に周囲の者たちはどうしたのかとステイツに尋ねた。
「いえ、あ、あの…」
「落ち着けステイツ。ゆっくりでいいから話せ」
街からは悲鳴があがり、城の内部もあわただしく人が行き来する音が鳴り響いている。そんな中ステイツは深呼吸して気持ちを落ち着かせてると思い出したくないものを必死に思い出すかの如く苦しそうな表情で話し始めた。
「すいません、取り乱してしまって… 時間がないので移動しながら話させて下さい」
そういったステイツは了承の声も聞かず、一目散に部屋のドアへと早足で向かっていく。それに遅れないようにアーサー含む復興支援隊のメンバーが続いていく。上記の全員が出ていった部屋にハルトとアイリの二人だけがぽつりと残った。
「この国、結界なんてあったんだなぁ」
「攻撃を受けた時の防衛魔法だ。長くは持たないだろう」
未だ状況が分からない筈なのになぜか落ち着いている二人。「よっこいしょ」と爺くさい掛け声をあげながらここへ来て初めて自身の脚で立ちあがろうとする。台車から脚だけを出し、座っていた部分に手を付き脚と手に力をこめる。そうして立ち上がったハルトは城の窓から外の様子を窺った。
「まさか、来て早々面倒事に巻き込まれるとはなぁ。しかもこのモンスターの量やランクからして…」
窓から見えるだけでも結界の周囲を飛行する複数のモンスター。はぁーとこれから起こるであろう事に気分が沈み、ため息を吐く。
「アイリ、ここはお前の国だ。今は離れたとは言え、思い入れはあるだろ?避難誘導や警護に回ってくれていいぞ。もちろんその後は戻ってきてもらえると助かるけどさぁ」
「そこは格好よく、ここは俺に任せて皆を頼むとか言えないのか…」
「いや、それ死亡フラグだからね。何、俺勝手に殺そうとしてんの」
ハルトの残念感満載の物言いに呆れるアイリ。
「それに、その台詞はアイリにお似合いだよ。俺みたいなチャラチャラした奴が言っても格好よくないだろ?だから俺の権限であげる」
「お前に一体何の権限があるんだっ! それよりもお前ひとりで出来るのか?」
「いやいや、出来ないから言ってるんでしょ、戻ってきてって。まぁ~あ、でもゆっくりでいいよ」
はぁ~面倒だなぁ~と露骨にやりたくないと言うアピールをしながらも「ゆっくりでいいよ」と言った時のハルトの顔はいつもとは違い、少し、ほんの少しやる気が出ているように感じられた。
「で、どうゆう事なんだ?」
ステイツの後に付いて行き廊下を早歩きで進むアーサー達一行。
「ここへ来た時に一度話したとは思いますが、以前に襲撃された時もこのような事が最初に起こり、結界が破られると同時にモンスターが門を破壊したんて。それからモンスターが字の如く雪崩込んできました」
「それがまた起こっていると?」
「分かりません。ただ、あまりにも似ているのです」
以前の事を思い出してか、違ってほしいと言う思いが感じられた。
「で、俺たちはどこに向かってんだ?」
歩きながら話しをすると言っていたので、どこかに向かっているんだろうとは思っていたアーサーだったが、具体的な事は一切聞かされていない為に出た
質問だった。
「部隊の集合場所です。折角復興の名のもとに来て下さったのにこんな面倒事ばかり起こってしまい、申し訳ありません」
そこまで言うとステイツは急に立ち止まりアーサー達へと振り返る。
「願わくばもう一度お手をお借りしたく思います。お願いできないでしょうか?」
目を閉じ深く腰を折り頭を下げる。普通なら事情を説明するとは言え、何も話さず、ついてこさせといて参加してくれないか、と言われれば都合の良すぎる話だと蹴ってもおかしくはないだろう。だが、ここに集まったのはそう言った連中ではなかった。
「頭をあげてくれ。さっきも言ったが、俺たちはこの国を助けにやってきたんだ。あんたは自分の仕事をしろよ」
「ありがとう…ございます」
腰を折ったままの姿勢でお礼を言うステイツ。心なしか声が震えているかのように聞こえる。それも無理のないことかもしれない。こんな国を壊滅させたかもしれない奴がまた来たのだから、いくら助けに来てくれたとは言え、命を張るようなことはしてくれないんじゃないかと思っていたのだ。だがそれは、いい意味で裏切られた。
「それじゃ、俺たちは街に行ってモンスターを仕留めつつ住民を救助する」
「はい」と言ったところでステイツは顔をあげ真正面から頼みますと言おうと視線を巡らせたことで、あの二人がいない事に気付く。
「アイリさんとハルトさんは?」
ステイツの声で皆、後ろを振り返り二人の姿を確認するがどこにも見当たらない。迷子だろうか?と思ったその時、パリィンッと言うガラスが砕けるような音が鳴り響く。
「結界が破られた…」
「もうかよっ!」
結界が破られるや否や街にモンスターどもが侵入し始め蹂躙を開始していく。歯向かう者は容赦なく殺し、逆に歯向かわない者は生け捕りにされる。戦っても戦わなくても結果として死なのかもしれないーー
「ちっ、ステイツ俺らは先に行く」
そういうや否や腰の鞘から一本の剣を引き抜くアーサー。それを壁に向け壁を切り刻む。「王城になんてことを…」などと誰かが言っている気がしたが緊急事態だと割り切り、あけた穴から一気に飛び降りる。ちなみに現在アーサーがいるのは3階だ。地上から数十メートルの高さにある。
「さっさと行くぞ、おめーら」
「無茶苦茶だよ、あんた」
「あぁ、死ぬかも」
「俺帰ったら結婚すんだ」
「玉がフワッって…」
十人十色な感想が漏らしながら皆地上へとダイブしていく。
「私も用が済み次第すぐに駆け付けますので、どうかご武運を」
破壊された壁を見つめ、呟いたステイツは直ぐに転移魔法を使い目的の場所へと向かうのだった。
一人城を出たハルトは他の者達とは別行動をとっていた。街には既にモンスターが侵入し、せっかく復興しかけていた街に再び悲劇と言う名の爪痕が刻まれていく。家は壊され瓦礫が散乱し、木は抉られている。街の中を流れる川には飛び散った血が混ざり、変色している。
「まったく、何が目的かは知らんが面倒事を起こしてくれるな。やっぱあの時に殺しとくべきだったんだろうな…」
抜き身の刀を手に持ちながら瓦礫で埋まった地面を歩く。その姿はいつも通りのやる気の無さそうなものだったが、それがより刀を目立たせていた。手に持つ刀は刀身が100cm近いものなのだ。今の服装は袖が青の七分のシャツに、薄茶色のズボンだ。首にはいくつものネックレスがかけられ、右手に二つ、左手に一つ、リングが嵌まっている。そんなラフな格好の人物が100cmを超える刀を持っているのだから目立たない筈がない。
「ったく、どいつもこいつも邪魔くせぇし数多いし、うぜぇ~よ」
目立つ格好の所為で狙われているとは微塵も思わず、何故かさっきから結構な頻度で狙われていることに疑問を覚える。だが、狙われても片っ端から斬り殺していく、どのモンスターも一撃で。頭を斬り飛ばす。心臓のある右肩から脇腹までを切り裂き血管全てを切り裂いていく。その中にはAランクモンスターすら混じっている。だが、どいつも一撃だ。
彼の"スキル"の前ではことごとく全の
無論、スキルなど使わなかろうが一撃なのは変わらないのだが。
「さて、あいつはどこにいんだか」
面倒だと言いながら着実に敵を屠り進む。その様は戦闘と言うより作業に近いだろう。己よりも弱いものを一方的に処理していく。そうして襲撃の犯人と思われる人物を探すハルトであった。
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