第47話看病

Cランク冒険者であり現在のラッツ、メルの指導役を担当していると言うリアナと別れたセリムは、宿に戻ってきていた。


宿の受付を通り過ぎると食堂の方から声が聞こえてくる。明け方から時間が経っているのもあり食堂を開けたのだろう。その横を通り過ぎ階段へと向かい己の部屋へと歩を進める。


ボフンッと言う音とともにベットに倒れる様に寝転がるセリム。少し前までは感じなかったがまた眠くなってきたのだ。



「あー、体が重い…」



独りつぶやく。当たり前だがこの部屋にはセリム以外誰もおらず答えなどはかえって来ない。軽く息を吐きだし寝るか、と瞳を閉じる。するとそれ程立たぬ内に意識は闇へと飲まれ寝息が聞こえ始めるのだった。




コンコンッ!


数時間後――セリムは誰かがドアをノックする音で覚醒した。



「んだよ、いませーん」



睡眠を妨害されたことでノックに対し適当な答えを返す。寝起きだから頭が回ってないのか、いないのに返事をすればいることの証明にしかならないだろう。そんなことを全く気付く様子もないセリムは

返事をした直後再び目を閉じ睡眠をとろうと意識を闇に落としかけた瞬間、バンッと先程までのノックよりも一際大きな音がドアから発せられる。さすがにこの音では二度寝を決め込むことは出来ずベットから起き上がりドアの前へと移動しドアを開ける。



「さっさと開けなさいよ」



開けたドアの先に立っていたのは金髪碧眼、そして種族の特徴を表す長耳を生やしたキーラだった。何故彼女がここにいるのか分からず考えこんでしまうセリム。するとキーラは一言だけ断りを入れると部屋へと勝手に入っていく。



「お邪魔するわ」


「おい、勝手に入んなよ」



考え事をしていた所為で中に入られてしまう。入んなよとは言ったが、その言葉は本気で嫌がっている風には聞こえない。部屋の主を無視して入ったキーラは、窓際の所にある机と椅子の所へと向かい椅子を引き座る。セリムはベットへ腰掛けた。



「で、何しに来たんだよ、つーか何でここ知ってんだ?」


「フィーネに聞いてきたのよ、ていうか何で今日ギルドにいないのよ。ずっと待って…」



そこまで行った所でキーラは言葉に詰まり「あ、あれよ」と慌てて話題を逸らしにかかるが、そこまで言われればさすがに分かってしまう。何を恥ずかしがってんだか…と思いながらも訪ねてきた理由について触れていた言葉を思い出し、訪ねて来た理由を理解した。



「何でって言われてもな…別にパーティー組んでんじゃねーんだからいいだろう。それに今日は休みたいんだよ



素っ気無い返答を返す。事実、ここ最近は結構一緒に居ることが多かったがアーサーが面倒を見ると言った時に一時的にパーティーのようなものは組んだが、あくまで一時的なものだ。だからキーラとはパーティーを組んではいない。にも関わらずほぼ毎日一緒に居たのだ。もはや家族? 恋人?と疑ってしまいたくなるレベルだ。



「なら、今から組みましょう、決まりね」


「はい? 今なんと」


「パーティー組んでないとダメなら組めばいいでしょ、簡単な事じゃない」



まさかパーティーの勧誘が勧誘ではなく決定事項でくるとは思っておらず思わず聞き返してしまう。



「いや、悪いが、今日は体調が悪いから無理だ」



その場しのぎの噓――嘘ではないのだが――をついてやり過ごそうとするセリム。さすがにパーティーなんて組んだら今でもかなり行動範囲が狭いのに余計に

狭くなり動きずらくなってしまうと言う懸念を抱かざる得ない。だが、そこはキーラ。容赦してくれるほど甘い性格はしていない。



「なら、明日登録ね。それと体調悪いなら看病してあげてもいいわよ」



やり過ごす事などで出来ず、明日への持ち越しに…加えて、まったく

看病と言う言葉が似合いそうにないキーラが面倒を見ると言い出す。


はぁーとため息を吐くとセリムは好きにしてくれと看病することの許可を与えるのだった。「看病してあげてもいいわよ」そう言った直後のキーラの顔を見るとなんだか緊張しているような心配しているようでありながら、優しさみたいなものが見えた気がしたのだ。さすがのセリムでも断れなかった…




「私の看病はどう?」


「最高に痛い…」



そう問うのは看病を始めてから30分くらいたった頃だった。まず、体の状態を聞かれ答えると大人しくしてないさよ、とベットに叩きつける勢いで肩を押さえつけられた。


そのあまりにも唐突な行動に驚き身を起こそうとしたのが間違いだった。キーラの押さえつけに抵抗に成功し起き上がった瞬間キーラの胸へと顔が

向かっていってしまったのだ。そして胸が無い訳ではないだろうが、慎ましやかなその胸にダイブした結果、ものの見事に頬を染めたキーラに左頬を叩かれ立派な紅葉型の手形が出来てしまった。それが先の会話である。



「悪いけど疲れたから寝るわ、おやすみ」



これ以上紅葉を作る機会を与えてたまるかと言わんばかりにセリムは夢の中へと逃避行しようとする。その言葉にキーラは一言「おやすみ」と声を掛けるだけだった。キーラの返事を聞き少し経つと

ウトウトし始め、本日3度目の夢の世界へと旅立っていくセリム。


スー、スーと寝息が聞こえ始めこの部屋で起きているのはキーラだけになる。キーラは椅子から立ち上がりベットへと近づいていく。



(寝てるわよ…ね)



寝ているかどうか念の為に顔を覗き込みわざわざ確認する。確認ができると顔を離しベットへと腰を掛けた。ギシギシと普段ならば気にしないような音が今日はやけに大きく明瞭に聞こえ、慌てて腰を浮かすキーラ。そしてもう一度起きてないわよねと確認を計り、今度は音を立てないようにと意識しながら

再度腰を降ろしていく。


セリムに根中を向けた状態でベットに腰を付けたキーラ。その体勢からセリムの顔がある方向へとゆっくり回転していく。そうして振り向かなくとも顔が見える位置まで来ると徐に手を伸ばす。



(起きないわよね!?)



極度の緊張によりうっすらと額に汗を浮かべる。

だが、それに構うことなく手は進み続け、とうとう目的の者へとたどり着く。キーラの手は今現在セリムの頭の上にあった。



(こうして寝てると中々にかわいい寝顔ね)



いつものキーラからは想像できない優しさ、慈愛とでも呼ぶべきものに満ちた表情が寝ているセリムへと向けられる。そうしてその表情のまま頭に乗った手を左右に軽く動かし始める。所謂なでなでだ。 


そうして撫でながらキーラは一言つぶやくのだった。



「ありがとう、セリム」



頬どころか耳まで赤く染めながらも普段は絶対に言えない、言わないであろう台詞――今までに助けてもらったことなどに対する感謝の言葉をセリムの

頭をなでながら告げた―――

                                      


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