頭転坊
たぶん飛蛮頭とかの親類なんじゃないかな
頭転坊
「先ほど発見された遺体は頭部が切断されており──」
俺は横になっていたベッドから体を起こし、聞いていたラジオのスイッチを切った。片耳イヤホンを外す。
全く物騒なことだ。
世間では首を切り落とす事件が流行っているらしい。
同じような事件のニュースを何回か聞いた。いずれにせよ犯人は捕まっていない。
静かな病院の夜。消灯時間はとうに過ぎている。昼に寝すぎたせいか、まだ眠くはない。金を払ってまでテレビを見るほど面白そうな番組もないし、さてどうするかな、と俺は思った。
おととい、高い熱が出たのでコロナかよと思って救急車を呼んだ。ところが検査の結果は陰性だった。
手の消毒が割と浸透してきた世の中で数を減らしている、インフルエンザにどうしたものか感染してしまったらしい。コロナにかかっていたのと、どっちがよかっただろうか? まあ、ほっとしたのは事実だが。
半日点滴を受け、また飲んだ薬がよく効いて熱はすぐに下がった。
そうすると、病院というところはすることがない。
喉が渇いた。
「スポーツドリンクでも買ってくるか……」
コンビニが入っているような大きい病院でもなく、狭い売店はすでに閉まっている。
買うなら二階下の自販機があるだけだ。
「寝てばっかりで身体なまってるからな……階段で行くか」
仕事に復帰した後のことも考えると、すくなくとも体力を取り戻す準備はするべきだ。本格的な運動は退院後に行うとしても。
だいぶナースステーションから離れた病室だし、手のかからない患者と思われているのだろう。さっさと退院しろみたいな話も今朝、医師から冗談交じりに言われた。盆休みを控えて空きベッドを確保したいらしい。ぶらぶらと小銭を片手に夜の病院を歩く。
階段は消灯した廊下の間接照明に比べれば、わずかに明るかった。LEDの照明なので、古い蛍光灯のようなジジ……という音さえもなく、静寂が包んでいた。まるで空間に重しでも置いたかのように。
病院の階段には、まず誰もいない。
エレベーターが完備しているし、普通ならそちらを使う。病院という施設の性質上、わざわざ体力を使いたい人間がいるか?
あ、俺か。
でも俺は退院間近のレアケース。
一般論としては、夜の階段を使おうなんて物好きはいない。
なのに。
背後からの、妙な視線を感じていた。
誰も、いないはず。
忙しい看護師だって階段なんて使わないだろう。
しかも複数の、ちくちく首筋に刺さるような視線だ。
もちろん、振り返っても人っ子一人いやしない。
あたりまえだ。
病院の怪談というやつか……? 階段だけに?
くっだらねえと思いながら降りる。
そもそも病院ってやつは非日常である<死>と近いところにある。その思い込みが、墓地や廃墟と同じように、舞台装置として心理的な不安を煽っているのだ。
幽霊なんて錯覚だ──。
ごとり、とはっきりとした音が聞こえた。
振り返る。
俺がさっきまでいた踊り場に、黒い毛の生えた丸い何かがあった。
──なんだ……?
それはころり、とひとりでに転がった。
そこにあったのは、男の顔だった。
LEDの妙に青白い常夜灯の光の下で、俺と目が合った。
人間の頭だ。
頭だけが転がって落ちてきて、俺を見て笑ったのだ。
それが分かった瞬間、俺は悲鳴をあげて階段を駆け下りた。
後ろを確認せずにはいられなかった。
それは一つ──一人? ではなかった。
頭が十個以上。
上から怒涛のように転がってきて、俺を押し流す。
勢いに飲まれて、足が階段から離れた。
俺は宙を舞い、そのまま真っ逆さまに──階段の最後の一段の角が俺の頭にぶち当たった。
首の骨が嫌な音を立てる。
そうして俺は死んだ。
その瞬間、首がぽろっと外れて、俺の頭はころころと転がった。
──ああ、あいつらの仲間になるのか。
明日になれば俺の首なし死体が発見されるんだろうな。
俺は頭だけで転がりながら、ひどい視点酔いに悩まされていた。
吐きたいのに胃はもうないし、泣きわめきたいのに肺はもうないのだ。
俺は転がり続ける。
……。
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