ワタシの愛した人形

ひよこ倖門

 初めて出会った時も、それから度々会うようになった時も、あの人は赤を基調とした着物を身につけていた。派手な牡丹柄の時もあれば、質素な梅柄の時もあり、けれどどの衣装であってもあの人の美しさには敵わなかった。

 本来であれば、ワタシのような人間があの人に近づくなど畏れ多いことだ。けれど、あの人は道に迷い、紛れ込んでしまったワタシを叱責することもなく、おいでなさいなと淡く微笑わらって手招いてくれた。

 それから度々あの人に会いに通い、あの人もワタシを迎え入れてくれたのだ。




 ソレを見つけたのは偶然だった。

 だけど、誰かが言っていた。偶然は必然なのだと。

 その偶然でソレを手にいれた。

 頬が淡く染まった、黒髪の美しい、人形。

 愛しきあの人に、よく似た、人形。

 愛しすぎて、憎らしいあの人に、よく似た、人形。

 これでもう、あの人はワタシの傍から離れることはできない。




 手にいれた人形を持ち、あの人に会いに行った。自慢してやるつもりだった。そっくりでしょうと。

 カタカタと軋む音を立てながら、あの人へ繋がる戸が開く。あの人は確かにそこにいた。

 赤く、赤く、そして鉄臭い、溜まりの中に。




 ワタシは溜まりに小指を浸す。

 あの人の溜まりはまだ温かく、それはまるであの人の温もりのようだった。

 抱えてきた人形の口許に小指を寄せる。

 ツ、と小指を引いて、人形の口許を赤く彩っていく。

 もう一度、溜まりに小指を浸す。

 今度は、あの人の口許へ。




 お揃いだった。

 紅のように留まらないそれは、互いに口許を汚していく。

 それはひどくワタシを興奮させた。




 人形のように、毎日毎日着せ替えられていたあの人。

 人形のように、ただただ微笑んでいればいいと言われ続けたあの人。




 それは、鮮やかな蝶のようでもあり、粘りつく蜘蛛のようでもあり。




 あの人は、人形ではなくなった。

 赤く、赤く、そして鉄臭い、溜まりの中で。



 それでも、あの人は綺麗だった。

 溜まりの中で、溜まりで紅をひかれても。

 あの人の美しさは損なわれたりしなかった。




 静かに口許に口許を寄せて。

 溜まりの赤が、ワタシにうつる。





 愛しきあの人によく似た人形は、本当はあの人には似てもいなかった。

 けれど、溜まりから紅をひいた口許だけは同じだった。




 あの人は、人形にもなれなかった。

 溜まりの中で、眠るあの人は、ただの肉塊だった。




 静かに眠らせてあげるのが、せめてもの、想いだと思った。

 あの人を人形と化したまま帰らぬ人に、この綺麗で淋しい溜まりの中のあの人を見せたくはなかった。




 赤く、赤く、そしてぜる臭い、高く包まれた赤色の中で。


 あの人はワタシの人形となり、あの人に似た人形はあの人になり、高く包まれていく。




 溜まりの赤が、紅となり、てらてらとワタシの口許を彩っている。




 愛しくて、それと同じくらい憎くて、可哀想なあの人は。




 その口許を拭うこともせず、ワタシは高く包まれていく赤色を見つめていた。

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ワタシの愛した人形 ひよこ倖門 @yuanchan

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