巻き戻し

日高 森

巻き戻る

 最後のテキスト保存をした、夏の日の夕方。その日は朝から入力やら検品やらがたてこんでいて、忙しなく動いていた。ペーパーレスをうたう職場だが、やたらと印刷物に印鑑を押す仕事が多い。

 デスクのパソコンに表示された時間は、17時25分。まだ5分あるから、近くにある総務課へ郵便物を取りに行くことにした。

 郵便物のボックスを眺め、何もないのを確認した。なにげなく振り返ると、総務課の壁掛け時計が17時30分をさしている。

 定時退社を旨とする私は、慌てて自分の課に戻った。当然ながら自分の課の時計も、17時30分をさしている。

 素早くパソコンを閉じ、デスク上を片付けた。引き出しからバッグを取り出して、私は階段を4階分駆け降りた。

 通用口近くのタイムレコーダーへ社員証をかざそうとして、違和感につんのめる。

 タイムレコーダーのデジタル表示は、17時25分をさしていたから。

 焦って再び階段を4階分駆け昇り、自分の課に戻る。そして見上げた掛け時計は、やはり17時25分を示していた。

 ため息をつきながら、パソコンを再び立ち上げる。幸い、入力したテキストはきちんと保存されていた。

 そしてまた17時30分になり、私はおそるおそる課室から出て、階段を4階分降りた。

 通用口のタイムレコーダーは、17時30分をさしている。私は大きく息を吐き、誰かが巻き戻ししたのだと心で毒づき、帰途についたのである。

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巻き戻し 日高 森 @miyamoritenne

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