第60話 世界の秘密

 次に目覚めると転生した時と同じように、『クリエイト・ワールド』のキャラクター作成時に出てくる全年齢作品には不似合いなイケイケな恰好の女性が覗き込んできた。


 ちぃ、この女か。まさか俺また死んだとか言われねえだろうな。


 目の前で覗き込んでいる女は、俺を言いくるめて半ば強制的に転生させた女神だった。


「いやあねぇ、そんな無粋なことは言わないわよ。キッチリと仕事をしてくれる子は好きよ。転生の時はバタバタしてご挨拶できなかったけど、私はイクリプス。とりあえず、天なる国ヘブンスのお偉いさんから、この世界の管理を任されている女神よ」


 イクリプスと名乗った女性は、先ほど俺がぶち壊した神像と全く同じ顔と身体つきをしている。顔は細面で金色のウェーブが掛かったミディアムヘアをなびかせ、気の強そうに吊り上がった碧眼でこちらを覗き込んでいた。


「とりあえず、ルシア達は大丈夫なのかっ!」


「あら、自分のことよりルシアちゃん達のことが心配だとは驚きだわ。ぼっち君だと思ってたけど、意外と仲間思いなのね。まぁ、ルシアちゃんは可愛いからね」


 イクリプスはヘラヘラと笑いながらこちらへ視線を送ってくる。その態度を見ていると無性にはらわたが煮えくり返ってくるが、状況を把握したいがためにグッと我慢をして状況を尋ねる。


「どうなっているか教えろ」


「あーはいはい。今の所、ツクル君が化け猫の火球で焼け死ぬ直前で時を止めてあるわ。こう見えても一応、この世界の管理者だからそれくらいはできるのよ」


 イクリプスは何もない空間に触れると、モニター画面のようなものが現れていた。そこには、溶けて崩れた鎧を着てルシアを守るように、仁王立ちしている俺の姿が映し出されている。


「このままだと、みんな全滅ね。古の魔王が私からメンテナンス権を奪い取ってからロクにメンテしてないから、色々とバグが発生しているのよ」


「言っている意味が理解できねえ。アンタ、あの世界は『クリエイト・ワールド』を模した世界だと言ったはずだが、あのゲームに修練のダンジョンなんてなかったぞ」


 ルシアと出会えた今となってはどうでもいいことであったが、せっかく女神に会えたので聞いてみることにした。


「あー、あの修練のダンジョンねー。あれは私からメンテナンス権を奪った古の魔王が作り出したMODよ。つまり改造データね。おかげでこの世界は『クリエイト・ワールド』とは一部の世界観を共有する別世界に変わり果てているの。おかげでバグが至る所で発生して貴方が死にそうになり、貴方の大事な人が死にそうになっているのよ」


「はぁ!? 魔王が作ったMODだって! しかも倒さなきゃ出られないダンジョンマスターがあの強さだなんて、ゲームバランス崩れ過ぎたクソゲーだろっ!!」


 他人事のようにモニターに映し出された俺を見ているイクリプスに向かい悪態をついてしまう。


「だよね~。おかげで天なる国ヘブンスのお偉いさん達からは、早く世界をメンテしろと矢の催促をされているのよ。まったく、困ったことよね~」


「メチャメチャ他人事に聞こえるのは気のせいか? それって、アンタが無能ってことの証明なんじゃないか?」


 無能と言われたイクリプスがピクリとこめかみを動かすと、モニターを見ていた顔をこちらに向けてきた。その顔はヒクヒクと引き攣った笑顔をしていた。


「この天なる国ヘブンス転生女神検定一級を合格したベテラン転生女神の私を無能扱いするだなんて……きぃーーーーっ!!」


「いやだって、転生女神としては有能でも、世界の管理者としてはどう見ても無能でしょ。管理世界のメンテナンス権を他人に奪われるのはハッキリ言って無能と言うしか……」


 俺の言葉を聞いたイクリプスは目に涙を溜めたかと思うと泣き出していた。


「うわーーーんっ!! だって、古の魔王であり、初代転生ビルダーのユウヤがメンテナンス権を私から奪っていくなんて思うわけないでしょ!! その後、奪われたメンテナンス権を取り戻そうと何百人も転生させたビルダーを送り込んだんだけど、みんな魔王軍によって滅ぼされていったの。修練のダンジョンまで入ってメンテナンス権の一部を封じた神像を破壊できたのは貴方が初めてよ。さすが、ゲーム馬鹿ね」


 泣いたり、喚いたり、褒めたりと忙しく表情を変えているイクリプスを見ていると、無性におっとりとしたルシアたんとイチャイチャしたくなってしょうがなくなる。


 つ、疲れるぅ~~!! なんだか、面倒な女上司みたいな気がして嫌な予感しかしねぇえ。


 新人社畜時代に仕事が上手くいかないと喚き散らす女上司がいたが、目の前のイクリプスの言動はその女上司に酷似しており、決まってその後には無茶振りが降り注いだ記憶が蘇ってきていた。


「だから、ツクル君はこの世界に点在している古の魔王の作った修練のダンジョンを全クリしてメンテナンス権限を私に取り戻してきなさいっ!!」


 ビシッとこちらに指を突き立ててキメポーズをしているイクリプスを見て、盛大にため息をついた。


 はいー、無茶振りキマシター!


 なので、盛り上がっているイクリプスには悪いが、再度現状を直視してもらうことにした。


「あー、盛り上がっているところ悪いのですが、そのモニターに映し出された現状では、俺はあの化け猫にぶち殺されかけて全滅寸前なんですが」


「それなら、問題ないわ。貴方が神像を壊してくれたおかげで、奪われたメンテナンス権の一部機能が回復したようで、あの化け猫のステータスを弄れるようになったからダンジョン相応LV5まで下げておいたわ。それにユウヤが作ったMODも一部の権限が私に書き換えられたようね。MOD名は『ナショナル・シンボル』……建国MODみたいね。どうやら国が作れるようになるMODみたい。とりあえず、面白そうだから追加しておくわ」


 俺が最後の力を振り絞って投げた木槌が壊したイクリプスの神像は、古の魔王ユウヤがイクリプスから奪ったメンテナンス権とMOD使用権限を封じたアイテムだったようだ。おかげで、イクリプスは管理者としての能力の一部を取り戻したと言っている。


「ふむ。まず確認させてくれ。LVが下がったことであの化け猫に俺は殺されることはなくなったのか?」


「そうねぇ。LV5まで下げたから、ツクル君にはほぼダメージは与えられないわね」


「あと一つ確認させてくれ。何で勝手にMODを入れる」


「何でって、そりゃあ、そっちの方が面白そうだからかな……ツクル君も建国とかうぉおおおとか萌える男の子でしょ? MODの内容をチラ見していると、色々と建国イベントが発生するようになるMODね。どう、ゲーマーとしてのプライドがくすぐられない?」


 『ナショナル・シンボル』はちょっとだけそそられるが、バクを誘発するMODを自分の管理世界に何も考えずにノリで導入する女神も大概な気がする。


「待て、無能管理者! バグ原因を導入する馬鹿がどこにいる」


 イクリプスが『馬鹿』という単語に反応にして再び頬を引き攣らせる。


「ここにいるわっ!! ユウヤのMODを外すと世界が歪みかねない所までバグが拡がっているのよ。現状はメンテナンス権とMOD使用権限を手に入れてバグを潰していくしかないのっ!! 私はこれからバグを潰すから、貴方は別の修練のダンジョンを見つけて潜りなさい。そうしなければ、いずれこの世界は致命的バグを誘発して消えて無くなってしまうわ。そう、貴方の大事なルシアも含めてすべてなかったことにされてしまう」


「はぁ!! ふざけるなっ! そんな話聞いてねえよっ!! この世界が消滅するなんてマジか!!」


「まぁ、今言ったからね。知らないのはしょうがない。どうせツクル君も今までの転生ビルダー達みたいにガチ攻略に走ってバグハマりして魔王軍に殺されると思ってたからね。これからもこの調子で頼むわよ」


「ま、待てーーーい!! 今、俺もすぐに死ぬかなと思ったと言っていたが、この世界には復活リスポーンは無いんだな」


「そんなのあるわけないじゃない。ゲームを模して造られている世界だけど、命は一度きりよ。まさか、復活するとか思ってわけ?」


 驚いているイクリプスの顔を見て、とてもじゃないが『復活すると思ってました』とは言えなくなってしまった。


 マジか……死ぬのかよ。尚のこと安全第一でいかねえと、ルシアたんとイチャイチャ生活がおくれねえぇ。ああっ!! でもそうするとバグの影響で世界が消滅する可能性もあるし……。うぁあああ!! どうすればいいんだよっ!


 イクリプスから告げられた世界の秘密に値する重大発言により、俺は頭を抱えて考え込んでしまう。ルシアと俺が住むこの世界を救うには命を賭けて、古の魔王ユウヤがイクリプスの力を封じた修練のダンジョンをクリアして、イクリプスにメンテナンス権を取り戻さねばならなかったのだ。


「ちっくしょうっ!! 俺のルシアたんとのイチャラブスローライフ生活を返せーーー!!」


「うるさいわねー。とりあえず、今回解放されたメンテナンス権を行使すれば、致命的バグ発生までには数ヵ月の猶予はできるわよ。焦らずじっくりと次の修練のダンジョンを探しつつ攻略法を練りなさい」


「マジか!! 数ヵ月ってなんだよっ!! 聞いてねえよ。この世界は消滅寸前ってことかよ」


「そうね。色々と手を尽くしてきたけど、そろそろガタが出てきているわ。けど、ツクル君がメンテナンス権を取り戻してくれるのを待ってるわね」


 イクリプスはニッコリと邪悪そうな笑顔を浮かべると、ブンブンと手を振っていた。


「待て!! このポンコツ無能女神っ!! お前絶対に他人事だと思ってるだろっ!! おい、俺の話を聞けぇ」


 邪悪な笑みを浮かべるイクリプスに詰め寄ろうとすると、そこで急激に意識レベルが低下していき。辺りは闇に閉ざされていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る