第6話 ドゥ・イット・ユアセルフ

 霧の大森林でルシアに心をがっちりと鷲掴みにされてメロメロにされてしまったが、何とか無事に拠点となる小屋にまで帰ってくることができた。


 ルシアも自分の言ったことが、結構恥ずかしかったと理解したようで、帰りの道のりはちょっとだけ距離が開いていたが、チラチラとこちらに視線を向けていることが多かった。


 ……これは、俺が耐えられねえかもしれんな……出会って一日で朝チュンまで済ませてしまっては、全国一千万のルシアたんファンに申し訳が立たない。ここは、男として意地を貫き通して、断固朝チュンは回避せねば。


「ここがツクルにーはんのお家どすか? こないな僻地に、よー住んでますなぁ~。夜は魔物や幽霊が襲ってきませんか?」


 ルシアは崖を背に立っている掘っ立て小屋を見て、心配そうな顔をした。


 ゲームでは、夜になると魔物の活動が活発になり、自分が作った街に押し寄せてくることもあるし、壁をすり抜けてくる幽霊の存在もあった。


 ルシアがそういった敵の存在を気にしているということは、この世界でも同じようなことが繰り広げられていると思われる。


「大丈夫。とりあえず、今から防壁作るから、ルシアは小屋の中の焚き火で【石鍋】を使ってウサギ肉を焼いてもらっていいかい? 料理できるよね?」


「調味料があらしまへんから、そこまで美味しい物は作れまへんが……」


「大丈夫! 【塩】は今から生成するよ」


 素材取集中に岩塩らしき岩肌を見つけて、木槌で岩塩ブロックを手に入れていた。その岩塩ブロックを料理用の焚き火の上に置く。


 >岩塩ブロックを精製しますか? YES/NO


 精製するかのコメントが出たので、『YES』を選択する。


 ボフッ!


 料理用の焚き火の上にあった岩塩ブロックが消えると、布袋に入った塩が飛び出してきていた。袋の中の白い粉を舐めてみる。間違って違う白い粉だと非常に困るので、味見だけはしてみた。


 しょっぱー。うん、これはちゃんとした塩だ。問題なし。


 ビルダーの生成を始めて見たルシアが、ぽかんとした顔でこちらを見ている。目の前で手を上下に振ってあげたが、ピクリともまぶたが動かなかった。


 あれ……この世界って、こうやって物を生産するのが基本じゃないの……あれ? あれ? まさか、特殊な生産方法だったとか……。


「あ、あのぅ……ルシアさん……おーい、ルシアさん。帰ってきてー」


「はくぅうんっ! しょっぱー。どないなっとるんどすか~? ブロックが塩に変わったなんて。こんなの初めて見せてもろたわ~。ツクルにーはんが、大丈夫って言われた意味がよく分かるわ~。ホンマに凄いことどすなぁ~」


 目をぱちくりさせて帰ってきたルシアが、精製された塩を手に取り味見をしていた。


「もしかして、この方法ってビルダーだけの特殊な生産方法だった?」


 気になってしまったので、街に住んでいたことのあるルシアに特殊なことか尋ねてしまった。


「そうどすなぁ。普通は岩塩を切り出した塊を金槌と金床で細かく砕いて使うんが一般的どすなぁ……こないな方法で短時間に精製されることなんてありませんよ~。やはりビルダーの力は凄いんどすなぁ~」


 ルシアは尊敬の視線を向けてきた。もしかしたら、インチキ女神が言っていた転生初心者ボーナスとはこのビルダーという特殊職業のことなのかもしれない。


 そう思えば、かなりお買い得な転生だったかもしれないと思える。好きなゲームの世界で自由に世界を創造する力を得て、カワイイすぐる狐娘の同居人まで用意してくれたのだから。


「そうか……ありがとう。勉強になった」


「あれ、ツクルにーはんは街に行かれたことはありませんか? その歳までここで一人で暮らしていたんどすか?」


 ルシアに自分が転生者だと明かしていいのか、判断に迷ってしまっていた。転生してこの地にいることを伝えれば、狂人と思われてルシアが逃げ出してしまうかもしれないからである。


「あー、実は一部の記憶が欠落してしまっていてね。この世界の常識がわからなくなってしまっているのさ。ルシアさんと出会った時に不用意に狐耳を揉んでしまったのは、そういった理由があったからなんだよ」


 この世界における常識的なことがわからない理由を記憶の一部が欠落していることにして、ついでに、出会った時にルシアに行った破廉恥行為の言い訳を考え出すことに成功していた。


 マジで俺は天才かもしれない。これで、ルシアたんは俺に疑いを持たないはず。そうなれば、ルシアたんとの同棲ウハウハ生活が始まるのだ。


 妄想に耽っていたら頬にひんやりとした感触を感じたかと思うと、ルシアが両手を当ててこちらを心配そうにのぞき込んでいた。


「本当に記憶の一部があらへんのどすか? そらエライことどすなぁ。うちにできることがあれば、なんでも申し付けてください。うちはツクルにーはんの同居人になるんどすから」


 心配そうに見つめるルシアの翡翠色の瞳は少しウルウルと潤んでいて、本当に心配をしてくれているようだった。


 はうぅうぐぅう!! ごめんよ!! ごめんよ! ルシアたんに転生者だって打ち明けれなくって、ごめんっ!! 絶対にいつか必ず本当のことは伝えるから……今はごめん……


 本気で心配してくれているルシアに心の中で謝っていた。


「ありがとう。助かるよ。さて、塩も用意できたし、ルシアさんには夕食の支度を任せるよ。俺は夜までにここに魔物が入れないようにしておくから」


「へー、まかせておくれやす。腕によりをかけた夕食を作りますね」


 インベントリから出したウサギ肉と食用キノコをルシアに渡すと、鼻歌を歌いながら石鍋で調理を始めていた。その後、料理を始めたルシアから【石包丁】が欲しいと言われたのですぐに生成して渡してあげると更に気分よく調理に戻っていった。


 夕食ができるまでの間に、夜間に魔物に侵入されないように、崖になっている部分以外、小屋の周囲二〇メートルほどを平らに均し、一辺が一メートルある土のブロックを三段重ねて三メートルの防壁を築き、防壁の外側は幅二メートル、深さ五メートル溝を掘り込んでいた。


 この溝は後で水場から引っ張って来る水を入れて水堀にする予定だ。そして、今日の作業の最後に出入り口の扉を生成することにした。


 石の作業机で生成できる扉を調べる。


 【木製の扉】……木材を補強してできた扉 耐久値:120 消費素材:木材10 石10 ツル草10


 かなりの素材を消費するが、出入り口を付けないと素材収集などで出かける際にいちいち防壁を打ち壊して出入りをしなければならない手間を考えれば、作っておいて損はない。


 ボフッ!


 高さ二メートル、幅二メートルの幅の木製の扉が現れた。重さは感じないため、片手で持つと出入り口用の空間にはめ込むと、ピッタリと隙間が埋まり扉の開閉ができるようになった。


「よしっ! 今日の作業はここまでにしておこうか……まぁまぁの出来だな」


 作業を終えると、小屋からルシアが出てきて夕食が完成したことを伝えてきた。


「あらまぁ、ツクルにーはんは、ちょっとした間に立派な物を作りましたね~」


 完成した土の防壁を見た驚きの声を上げていた。


「これぐらいしっかりしたものを作っておけば、この辺りの魔物には近寄れないからね。明日は、水場から水を引っ張る水路を作る予定だ」


「ツクルにーはんは、働き者どすなぁ。ほな、明日の英気を養うために、今日の夕食はいっぱい食べてもらわんと。うちも腕によりをかけて作りましたさかいに~」


 ウキウキした顔でこちらを見ていたルシアの頭をポンポンと撫でてやる。もう、すでに言ってくれるセリフが新婚妻のそれと同じであった。

 

 ……水場の設置ができたら、ルシアに綺麗な服を作ってやるための道具と素材収集にいくかぁ……エプロンドレスなんか着て、さっきのセリフを言われたら、辛抱たまらんなぁ……。


「ツクルにーはん? どないされたんどす?」


「ああぁ、何でもないよ。ルシアの調理していた匂いでお腹が鳴っていたところさ。楽しみだな」


 ルシアが手を引き小屋に向かって二人で歩き出した。

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