第三章-1:恋の話をしよう-9
「ジルくん、うどんおいしいねーっ」
黙々と食べていた瑞穂さんが、一度うどん鉢から手を離して水を飲み、ぷはあという声とともにカウンターに向かって大きな声を出す。
「ありがとー」
水の音に負けないように、ジルさんが振り返りながら言う。
「うどんは手打ちなのか?」
「や、業務用のを茹でてる」
「そうか」
割り込んでそれだけ聞いて、また高橋はうどんを啜り始める。再び瑞穂さんがカウンターへ声をかける。
「一年くらい、ここでうどん屋やってるんだっけ?」
「うん、それくらいかなー」
「まだしばらく光原にいるの?」
「うーん、まだ『穴』が消えないからねえ……、あ、っと」
困った笑顔で話していたジルさんが、あたしを見て一度口を閉じた。それから、少し首をひねって高橋を見る。
「あれ、でもさっきエクソシストどうこう言ってたし、僕のことも『うどん屋兼エクソシスト』って紹介してたっけ……、ノディ!」
「どうひは」
「……あー、うどん食べてるところごめんね。のばらさんってノディの生徒でいいんだよね?」
「兼、神の使いだが」
「……、えっと……?」
若干笑顔が消えて、困った顔になったジルさんがあたしに目線を移す。うっ、うわ、あたしが説明しなきゃいけないのか、この神の使い云々を。高橋の足を踏んづけてから、あたしは箸を止めて言う。横から、「ひはひ」とうどんを食べながら高橋が何か言ってきたけど無視。どうせ痛いって言ったんだろう。
「あたし、冬休みに学校行事で、神社の手伝いで巫女をしてて……それを見た高橋がなんか勘違いしたらしくて、それ以降、高橋に連れ回されているというか……」
「う、ううん……?」
ジルさんが首と蛇口をひねり、水を止めた。布巾をしぼり、こちらを向いてカウンターの上を拭く。
「えーと、……僕が今確認したいことだけとにかく確認すると、のばらさんはエクソシストのことは大体知っているわけだ。エクソシストではないけれど」
「はい、そんな感じです」
「ふうん、そうかー……」
カウンターを拭き終わる。少し伸ばした語尾が消えて数秒、ジルさんは後ろを向いて蛇口をひねり、布巾を軽く洗ってからまた振り返った。
「じゃあ、のばらさんがいる前で話しても大丈夫なんだね。実は、ちょうどこのカウンターの奥のところに、『穴』があるんだよ」
「お店の中にあるんですか!?」
驚いて思わず聞き返すと、ジルさんが笑った。
「『穴』があったからここに店を建てたって方が正しいかな。結構大きい『穴』でねー、簡単に塞げそうにないから、とりあえずの処置として僕がうどん屋をしながら見張ってるんだよ」
うどん屋、何の意味もなく兼ねてる訳じゃないのかあ。
「見張り出してから一年経って、少しずつだけど小さくなってきてたから、もうそろそろ塞げる頃合いかなって思ってたんだけどねー。最近またこの『穴』が不安定になってきてるのがちょっと気がかりなんだよね。ここのところ、この光原市周辺に出現する『穴』の数自体も急に多くなってるし」
うーん、とのんびり言いながらジルさんが腕を組む。何となしにあたしが伊吹さんを見ると、伊吹さんがじろりとあたしを見た
「これは出現する『穴』自体が増えたってことで、私が『穴』を消せていなかったことは関係ないから」
「あ、うん、ごめん」
「ほんとにごめんって思ってる?」
「思ってる思ってる!」
まったく、と伊吹さんが座り直す。力を込めて箸でうどん鉢をつつき、残っていたうどんを啜ってぱんっと手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
気付けば、瑞穂さんはとっくに食べ終わっていたらしく、水の入っていたグラスも空っぽだった。高橋もグラスでちびちびと水を飲んでいる。あたしも早く食べよう、と麺がまだ半分くらい残っているうどん鉢を抱える。
「しかしジル、そうなのか」
高橋がグラスをテーブルに置いた。あたしはうどんを咥えながら顔を少しだけそちらに向ける。
「伊吹が消し損ねている分を差し引いても、『穴』が多いなとは薄々思っていたが」
「ちょっと、いちいち私を引き合いに出さないでよ!」
「やはり、多いのか」
「多いねー。他のエクソシストからも話を聞いてるけど、この光原市周辺が多いね。この冬に入る頃にじわじわと増えてきて、特に最近、それもすごく最近だよ、年が明けてからは急激に増えてるね……」
そう言って高橋を見ながら、ジルさんが目を細める。高橋はテーブルのグラスをもう一度手にとって飲んでから、くるりとあたしの方を向いた。
え、ちょっと待った。いや、変わらず高橋は無表情のままなんだけど、なんというか、これは嫌な予感がする。そう、流れ的に、この後続く言葉が……。
「ということで、最近『穴』が多いそうだ。昼食を食べ終わったら、皆で魔物退治に行こうか」
「やっぱりそう繋ぐか!! っていうか、皆で魔物退治って何だよ、ピクニックみたいに誘わないでよ!!」
「俺はピクニックよりハイキングの方が好きなんだが。それとものばらはウォーキング派なのか」
「違い分かんねえよ!!」
「ピクニックは外へご飯を食べに行くことよ」
あたしと高橋の言い争いに、凛とした声が割り込んだ。
「ハイキングは長距離を歩きに行くこと。つまり結果として内容が似ていても、そもそもの目的が違う」
コン、といい音を立てて。言い終わると同時に、伊吹さんがグラスを置いた。そしてすっと顔を上げる。
「でもどっちにしろだめよ」
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