第二章ー1:明日の夜、高いところで-13

 扉が大きな音を立てて閉まる。

「……ほうき、持って行ってしまったな」

 姿を見送っていた高橋が、ぽつりと呟いた。……あ、本当だ。

「……まあ、屋上のほうきなんて滅多に使われないし、いいんじゃないかな……」

「そうなのか、それならよかった。さて」

 高橋が屋上の扉から目を逸らし、振り返る。

「どうやら俺が見たのは、伊吹が隠していた『穴』だったようだな」

 右手の人差指で太陽光発電のパネルを指差し、低い声で呟くと、じわり。滲んで広がるように、パネルの上に黒くて暗い「穴」が現れた。

 そっか、高いところに行けなくて、消すことができていなかった「穴」を、伊吹さんはばれないように隠していたのか。

「慌てて隠したからか、隠し方が雑だが。……はい、最終手段、っと」

 すごく気軽に最終手段を唱え、光が降り注ぐ。「穴」はあっさりと見えなくなった。

 ……あれ? でも、屋上に来るだけで伊吹さんはあんなに怖がっていたのに、よく「穴」を隠せたよなあ。っていうか、隠せるなら、そのまま消しちゃえばいいのに。

「それにしても」

 その右手を、そのまま口元に当て、高橋が再び視線を屋上の扉へ向ける。

「……任務でこの学校へ潜入、か」

「守本中学校に、何かがあるってこと? でもただの、何の変哲もない公立中学校だよ」

 尋ねると、高橋は首を横にひねった。

「確かに、そういう話は聞いていないな。伊吹が任されているくらいだから、大した問題ではないと思うが」

「最終手段しかぶっ放さないあんたが何言ってんのよ」

「俺は高いところも犬も平気だぞ。ハムスターは苦手だが」

「ハムスターより、明らかに犬の方が怖くない!?」

「いや、昔、ひまわりの種をあげていたら、放すタイミングを間違えて噛まれた。あれは痛かったな……」

 昔を思い出してなのか、高橋が遠い目をする。思い出してる内容は残念だけど。

 その目が、ゆっくりと細められる。

「高橋?」

「……いや、何でもない」

 呼びかけると、首を振って、歩き出した。

「そろそろ帰らないといけないな。思っていたよりも時間がかかってしまった。伊吹のせいだな」

 高橋を追おうとして、……その言葉を聞いて、あたしはふと足を止めた。なんだろう、すごく大事なことを忘れている気がする。「時間がかかった」。なんとなく、自分が持っている通学カバンを見る。……急いで適当にものを詰め込んで、かたちが崩れた通学カバン。どうしてそんなに急いでいたかっていえば。

 ――そうだ、冬休みの宿題!

「たっ、高橋、今何時!?」

「今か? ……ああ、もう九時だな」

 九時! 明日の朝、始業式が始まる八時半まで、いち、に、……十一時間! これはまずい! まず十一時間っていうのが宿題をするのに十分なのかそうじゃないのかが分からないっていうのがまずい!

「しかしもう九時とは。寝る時間だな」

「どこの小学生よ、その就寝時刻!」

 あたしは高橋のせいで残っている宿題のおかげでまだまだ寝れそうにないっていうのに、くそ、こいつ……!

「早寝早起きだからな。明日の朝は二時に起きるし」

「それ、もはや朝って時間じゃないけど!? ああもうそれはどうでもいい、早く降りて高橋、あたし急いでるから!」

 騒ぎながら、あたしと高橋は縦に並んで階段を降りる。そういえば息吹さんが鍵を持ちっぱなしなので、屋上の扉は開いたまま。

 高いところをあとにして、あたしたちは夜を降りていく。明日の朝が近づいてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る