第二章ー1:明日の夜、高いところで-3
――今日は一月七日、水曜日。冬休み最後の日だ。
冬休みが明けたとき、待っているのは何か。
始業式、その後のホームルーム。
告げられる――宿題の回収。
そう、今日は、冬休みの宿題をしなくてはいけないのだ!
本当なら昨日には終わっているはずだった。なのに、なぜ終わっていないかって? 昨日の一月六日も、一昨日の一月五日も、その前の一月四日も、手がつけられなかったからだ。どうしてって? 目の前にいる自称エクソシストが魔物退治に巻き込むから、それどころじゃなかったんだよ!
そういうわけで、今日は。今日こそは。この自称エクソシストに見つからないように家に帰ろうとしていたのだ。高橋に出くわしたり、魔物が出てくるのは、夕方から夜にかけて、人気のない場所が圧倒的に多い。つまり、暗くならないうちに、明るくてにぎやかな道を選んで帰ればいいってことじゃないか!
と、考えて。部活動が終わった後に友達とろくに話さず大慌てで準備をして、たこ秋のたこせんを我慢して学校を飛び出し、わざわざ遠回りのにぎやかな道を選んで、ここまですれば大丈夫、これで大丈夫じゃなきゃ世の中がおかしい、……はずだった。
なのに。
「なんっ、で、」
思ったよりも大きな声になってしまって、慌てて小さくする。
……どうやら、あたしが思っている以上に、世の中はおかしいらしかった。
「なんでコンビニから出てくるのよ高橋――!!」
しかもその、飾りだのなんだのがついたマントを着込んだ状態で! 暗い夜道ならまだしも、夕方まだ明るくて人通りの多い時間、しかも賑やかなコンビニでその格好は駄目だろ! すっごく目立ってるんだけど、問題ないのかエクソシスト!?
道を挟んだ向こう側で、高橋が首を傾げる。
「買い物をしていたからだが」
そんな当たり前のように言うな、こいつはもう――!!
ドアを出たところで立ち止まっていた高橋が、コンビニへやってきたお客さんに気づいて、場所を譲る。入り際にお客さんが、案の定高橋をちらっと見ていった。じっと、ではなくちらっと、しか見られないあたりに、今の高橋の怪しさが表れていた。けれど高橋はそのお客さんの反応を気にする素振りもなく、そのまま左右を見て、車が来ていないことを確認し、あたしの元へ歩いてくる。背が高くて歩幅の広いファンタジー人間は、あたしが何かを言う間もなく、目の前に立っていた。
コンビニの中の店員さんやお客さん、道を行く方々の視線が明らかに高橋に、そして今やあたしにも、ちらちらちらちらと向けられていた。
す、すごく居心地悪い。できれば友達に見つかる前にここを去りたい、いや、去るしかない!
あたしは高橋の、高い位置にある胸ぐらを掴み、引き寄せた。きょとんとした顔の高橋の耳元で、小さな、でもできるだけ強い声で早口で言う。
「た、高橋、あたし今日、しなきゃいけないことがあるから! だから今日はあんたの魔物退治に付き合ってられないから!」
よし、言ってやった! そうだ、下手に避けたりなんてせず、きちんと断ればよかったんじゃないか。あたしはきびすを返し、自分にできるだけの颯爽とした歩き方で立ち去る。
「のばら?」
後ろから高橋があたしを呼ぶけど無視!
「すまない、早口でよく聞こえなかったんだが」
上から何か言ってるけど無視!
……上から?
「えぇ!?」
思わず立ち止まり、少し暗くなり始めた空を仰ぐ。すぐ上に、あたしを追い抜かすように飛ぶ、高橋の後ろ姿が見えた。
あたしの目の前に着地する。音はない。ふわりと広がっていたマントが、一拍遅れて落ちる。そしてくるりと振り返る。
「もう一度言ってほしいのだが、どうかしたのか?」
そしてあたしの顔を覗こうとする。
「どっ……」
ようやくあたしは、自分がぽかんと口を開けていたことに気づいた。間抜けな口を閉じて、
「……うかしたも何も、ちょっ、何飛んでんのあんた!!」
我に返って、即、開けた。
「何か問題があったのか?」
「ありすぎだろ、こんな、コンビニ前なんて人のいるところで飛んだらぁぁぁ!」
「ああ、そういうことか」
慌てて周りを見回そうとしたとき、高橋の手があたしの肩へ伸びた。
「大丈夫だ」
そのまま、ぽん、と優しく手を置く。
「まずいと思っても、下手にきょろきょろせずに、堂々としていた方がばれにくいものだ」
「そ、そういうもの……?」
「今日の朝、テレビの占いで言っていた。失敗をしても、素直に言えば許される。ラッキーアイテムは消しゴムだと」
「占いかよ!! 失敗をしても、って失敗だってお前も思ってんじゃねえか!!」
「でもそこのコンビニで消しゴムも買ったぞ」
消しゴムでどうやってこの状況を解決するんだよ!!
改めて周囲に目を向ければ、当然のように高橋(ビニール袋から、買った消しゴムを取り出した)と、ついでにあたしは、多くの通行人の方々の視線をしっかりと集めていた。「人が飛ぶ」なんてとんでもないものを見て、ある人は携帯電話を握りしめたまま硬直し、ある人は口に手を当て、叫び出す寸前の状態。
この緊張の中、高橋が、首を傾げた。
「……あれ、おかしいな」
「お前は一回くらい、不審者として通報されておけェェェ!!」
でも、その通報にあたしも巻き込まれるのはごめんだから!
あたしは高橋の腕を掴み、コンビニ横の小道へ全力で駆け込んだ。後ろの方から、一拍どころか何拍も遅れた悲鳴が聞こえた。気がした。気のせいにしたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます