第一章 あたしと魔物とエクソシスト-4
だって。だって。
「でっ、でかすぎだろ――ッ!!」
おお、今度は声になった。……じゃなくて!
確かに目の前には黒いライオンが現れた。突然現れたこれが、現実の――この世界のものじゃない、つまり「魔物」なんだってことはすぐに理解できた。
けれど、魔物をこの目で見たという衝撃なんて吹き飛ばすくらいに。このライオン、「少し大きくて」と言った高橋の説明と違って。
「ゴラァ高橋ィ!! 何これェェェッ、めちゃくちゃでかいだろ!!」
「え、俺は別にそれほど大きくないが。百七十八センチだから、あと五センチは身長が欲しかった」
「お前のことなんて言ってねェェェッ!! デネボラじゃぁぁぁぁ!!」
「まぁ、多少大きいかな」
「多少じゃねェェ、相当でかい! 説明と全然違うって!!」
「日本語は難しいな」
「そういうコミュニケーションミスのレベルを超えてるよ! 何これ、ビル? ビル!?」
道をふさぐようにして立ちはだかるデネボラさんは、縦にも横にも非常にでっかくいらっしゃる。周りの二階建ての家なんて目じゃない。大迫力の図体を持つデネボラが、ぎらぎらと輝く真っ赤な目であたしたちを見下ろしている。
高橋は「その辺りは置いておいて」と言い、――あたしの背を押した。
「ほら、お前の出番だ、神の使い」
「バイトだしッ!」
「バイト? ……そうか、しかしバイトだろうとなんだろうと、神の使いには変わりないだろう」
「変わりあるし! おみくじ渡してただけの一般人だから、あたしは!!」
騒いでいるうちに、デネボラが一歩、一歩、あたしたちの方に近付いてくる。大きな足が持ち上げられ、地面に卸される度、この世界の存在じゃないからか音は全くしないのだけれど、代わりに息苦しいくらいのプレッシャーが胸を襲う。たてがみがゆったりとなびき、開いた口には黒い牙が見える。さすがにここまではまだ届かないはずの生温かい息を、けれどあたしは感じていた。
「いっ、嫌ぁぁぁぁ! あたし一般人! 超一般人だから!!」
「超一般人? 『超』とは『すごい』という意味だろう? すごい一般人、つまりはすごい能力を持っているんだろ」
「違うッ、『超』は『一般』までしか修飾してないの――!」
あああ、この間にもデネボラが、デネボラが赤い目を向けてこっちに――!!
「仕方がないな」
自分の喚き声の合間から、腹が立つくらい冷静な声が聞こえた。ふわり、とマントを風になびかせ、高橋が一歩前に進み出た。
「ひとまず、俺だけでもやってみる」
高橋はまた、すっと右手を前に突き出した。
「……!!」
さっきと違うのは、高橋の手に光が宿り始めたということ。
広げられた右手の手の平に包まれるような位置で、ピンポン玉くらいの大きさの、真っ白な光の球が浮かんでいる。
「た、高橋、それ何っ……!?」
「言っただろう、俺はエクソシストだと」
真っ直ぐにデネボラを見つめたまま、高橋が答える。
「境界に干渉し、魔物を本来あるべきところに返す光だ」
うっ、うわっ、高橋のくせにちょっと格好いい。
光は急速に膨らんでいく。大きな手からはみ出るくらいまで一気に膨らみ、そこで一度止まった。止められた光が、堪え切れないかのように震え出す。揺れが、せき止められた光が、限界に近付き、そして――。
「いくぞ!」
そして高橋は、光を、放った。
放ったまではよかった。
「……」
「……」
「……遅っ」
高橋が放った光は、クラスで飼っている亀の方がよっぽどましなんじゃないかっていうくらいのスピードで、ひょろひょろと魔物に近付いていく。その間あたしと高橋だけでなくデネボラまでもがじっと見守っていたんだけど、ついに光がデネボラに触れそうになったとき、残念ながらあっさりと跳ね返された。しかもデネボラは、前足をほんの少し動かしただけだった。
「……ミスった」
「ミスりすぎだろッ!!」
「ごめんだっぴょん」
「だから可愛くないッ! むしろ気持ち悪い!!」
「褒め言葉か?」
「けなしてんだよ――!!」
どうしてあたしは、わけの分からない魔物退治に巻き込まれた挙句、こんなに必死になって高橋に向かって叫んでいるんだろう。叫んでいる途中、息継ぎをしたとき、ふとそんなことを考えてすごく空しい気持ちになった。
しばらく自分の右手を握ったり開いたりしながら首を傾げていた高橋は、やがてあたしの方へ顔を向けた。
「……まあ、安心しろ」
「え?」
「残念ながら失敗に終わったが、しかし俺が他の対策を何も考えていないと思うのか?」
この瞬間、今のところまったく変化を見せていない高橋の顔が、突然頼もしく見えた。
「まだ、策はあるの……?」
「ああ」
高橋は頷いて、指を三本立てた。しかも三つもあるんだ! なんだかんだ言ってすごいじゃない、
「一つ、そこの十字路をまっすぐに逃げる。二つ、そこの十字路を右に曲がって逃げる。三つ、そこの十字路を左に曲がって逃げる」
「逃げるしかねえじゃねえかぁぁぁぁぁっ!!」
「あ、まだ選択肢があった。次のT字路で曲がって逃げる」
「何の解決にもなってねえよバカ――!!」
叫びながら、でも残念ながら選択肢はその「逃げる」しかなくて、高橋とあたしは同時に身を翻して駆け出した。
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