脆弱系魔術 ~その理論と実践

ふぃろ

第1話 「サエワタリ草中毒者のケース」

俺は、子どもたちに囲まれている。

師匠が居る小屋からわずかばかりのところで、子どもたちに捕まっていた。

この村に旅人が来ることは滅多にないらしく、子どもたちの質問攻めを受けている。

「どうして来たの?」「どこから来たの?」「どうやって来たの?」と俺の質問を無視して聞いてくる。

「へ~それってどんなところ?」ってドンドンと話は脱線していく。

「おいおい。君たち、困っているじゃないか」と村の大人が見かねて声を掛けてくれた。

蜘蛛の子を散らすように子どもたちが俺の元から離れていくと、今度は村人が俺に近づいてきた。

「すみませんね。子どもたちが……それで、どうなんです?」

と村人は聞いてきた。

「いいんです。俺も手持ち無沙汰なんで……」

俺は少し距離を取りながら、村人の質問を軽く聞き流してやや突っぱねるように答える。

村人は更に俺に近づいてきて小声で

「やっぱり、苦戦しているんですかい」と尋ねてくる。俺には村人がほくそ笑んで馬鹿にしているかのように見えた。

「いや、まあ、俺の出る幕ではないって意味ですがね……」と師匠のことを思いながら、師匠の居る小屋へ足早に戻っていく、背中に村人の指すような視線を感じながら。

俺が小屋に戻ると、はらりと護符が床に落ちていくところだった。

師匠は俺の入ってきたことに気が付き、「どうして戻ってきたの?」と苛立ちを露わにしながら聞いてきた。

この苛立ちが俺が戻ってきたことに対する苛立ちで無いことは分かっている。



師匠はすぐにブツブツと独り言を言いながら、紙にものを書いたり、分厚い本を覗き込んだり、柱に縛られた青年を睨んだりしている。

師匠がイライラし始める全ての始まりは、この村の特産品である「サエワタリ草」に問題があり、「サエワタリ草」を無心に食べ続け、それ以外のものを口にしなくなった「サエワタリ草中毒」の青年について、相談を受けたのが切っ掛けだった。

かつては、冒険者たちが魔物を討伐していたころ、魔物の混乱術から回復するために重宝されていた「サエワタリ草」であったが、どうしたわけか中毒性が発症してしまった。

村人が口々に「これは魔物の仕業に違いない」と言うので、師匠が護符の魔物に対する実用性を所属する機関に知らしめようと問題を解決するために名乗り出たというところだ。

それがどうやら肝心の護符が効かないという状態に陥っている。

あらゆる護符を何枚も試してみてはいたが、はらりと直ぐに落ちてしまう。

何枚も落ちる護符を見ていると、師匠が「あなたは、そこでぼんやりしてないで、中毒患者のこれまでの行動とか情報を集めてきて!」と中毒患者の身辺調査を俺に依頼してきた。

すんなり解決できるとふんでいたから、何枚もの護符が落ちるのを見ていたけど、そんなことがなく手こずってしまっていることに恥ずかしさを感じたのだろうか、俺を小屋から追い払って集中したかったのか、どちらにせよ。俺は師匠の居る小屋を後にして村人に質問をしに出かけ、そして今帰ってきたところだった。

大した成果を得ることもなく、 もうすぐ一日が終わろうとしていた。


俺は師匠が青年の治療を諦めるのだと気が付き、携帯用の食料を火にかける為に、寝泊まりする部屋へと向かった。

青年は衰弱しており、いつ魔族に体を乗っ取られてもおかしく無い状態に見える。

猶予は後、二日だろうか?

部屋に入ると俺は、護符を使って暖炉に火を付けた。

こんな所を見られたら、楽をしたことを師匠に怒られるかもしれない。

暫くすると師匠が戸を開けて部屋へ入ってきた。

やはりうまく行っていない様子だ。

「今回の魔物は護符じゃ無理なんですかね?」

こんなに失敗するのを見るのは初めてのことだ。

脆弱性魔術の限界なのだろうか?

「護符が効かないってことが?」師匠は少しイライラしているようだ。

師匠を苛つかせているのは、俺の発言ではないだろう。

「はい。他にどういうケースが考えられますかね?」

護符の力だけでなんとかするのもそろそろ限界なのかもしれない?

「魔物の属性によっては護符との相性が悪いということは考えられる。それと、サエワタリ草の効能が、護符の効果を弱めているということがあるかもしれない」

師匠は淡々と、今日の作業をまとめているかのように話し始めた。

「魔物の属性が特定できればいいのだけど、この地方と地形から想定できる属性の組み合わせは全て試した。残りの組み合わせを全て試すとなると、数日どころでは済まないし、まず手持ちの護符用紙が足りない」

護符用紙は特別なものだ。その辺にある板や壁なんかに文字を書いたところで人物に直接影響を与えるわけではない。



「私の師匠が言っていたんだけど、『魔物は整合性をもたない。自分たちのやりたいようにやるので、理由や意味にこだわると足元をすくわれる』のよ」

今日の自分を反省しているかのように、俺の顔も見ずに話しを終えた。

「魔物の意図は何なんでしょう」

俺は今回の症状を村人に聞いて回ったが、どうにも魔物の意図がわからなかった。

「村人を混乱に陥れる以外ないでしょ」

師匠は俺の質問を言い捨てるように答えたが、何故か納得が出来なかった。

「でも、それならもっといい方法が……ところで、師匠の師匠ってどんな方なんですか?」

俺は釈然としないまま話題を変えた。

「うーん、そのまんまの人」「そのまんま?」

師匠は時々、答えになってないようなことを言う。 俺は思わず聞き返した。

「整合性をもたなくて、自分のやりたいようにやる人」師匠は暖炉の火を見つめながら軽く答えた。

さっきの説明と被っている……

師匠は効果のなかった護符を暖炉にくべて、時々護符を見つめて、振り切るように火に入れる。

「じゃあ、彼にサエワタリ草ばかり食べるようにさせるというのも、何の意味もないんですね」

俺は今日一日何をしていたのか、どっと疲れに襲われて床に寝そべった。

「魔物自身の特性を表してるのかとも思ったけど・・・それも意味に捉われてたかなあ」

師匠は火を見つめながら、まだ今日の反省をしているようだった。

「意味なんてどうでもいいのかもしれないですね」俺はほとんど寝言かのように呟き目を閉じた。


俺が目を閉じ伏せていると、師匠は何かに気づいたかのように慌ただしくゴソゴソと動き始めた。

それでも俺はこれまでの疲労の蓄積から目を開けることができず、重苦しい暗がりに落ち込んでいった。

暫く音にだけ耳を傾けていると、師匠が部屋を出て行ったのが分かった。

目を覚まして後を追いかけるのが良いとは思ったが、体は金縛りにあったかのように動こうとはしなかった。

耳だけは敏感に物音を察知しているようだったが、戸を開けて出ていった師匠のその足音はやがて大勢の子供達の足音に変わっていく。

その足音はこの部屋に入り込み俺の体の周りをグルグルと回りだし、俺を叩き起こした。

「あの人の事教えてあげるから来て?」

俺の体は自然とふわりと起き上がり、子供達の手に引っ張られるように寝泊まりしている部屋から飛び出していく。

「ねえ、どうしてこんなことしてるの?」

そういう声が手を引っ張っていない別の子どもから聞こえてくる。

「やっぱり、失敗したんでしょ?」

そうだ。今回、師匠が行った護符の効果は尽く失敗だった。

「え?失敗しちゃったの?」

だからなんだ。そんなことはしょっちゅうあることだ。大したことじゃない。

「間違えた使い方だったんだよね」

「ワザとじゃないんだから仕方ないよ」

「僕だって同じ間違いするもの」

「誰だってやる失敗だったんだよ」

「その人が誰かを傷つけたって証拠はあるの?」

そんなこと、俺が知るものか。依頼があったから来たんだよ。

「傷つける必要は無かったんじゃない?」

違う。違う。そんな話じゃない。

こいつら何を言っているんだ。


「君がやったのか!!」

子供だと思っていた俺の手を引っ張っていた人は、険悪な顔をした大人になって俺の身長を遥かに超えていた。

気がつくと、俺は子供に戻り別の町の入口に足を踏み入れようとしていた。

「いやだ!やめろ!」

俺は抵抗するも虚しく、大人対子供の力の差で、力づくでその町の中に引きづられた。

「嘘だ!なんでまた!」

大人の腕に噛み付いて腕が解けたところで逃げ出すも呆気なく大人に捕まり引きづられる。

「僕じゃない。僕じゃないよ。知らないんだ。僕じゃない」

この光景は覚えている。何度も繰り返される悪夢だ。

師匠、俺を起こしてくれ!

もうこれ以上は見たくない!この夢から起こしてくれ!

「その木に縛り付けろ!」

「辞めて!僕じゃないよ!」

幽体離脱したかのように俺は幼い頃の俺を少し離れた空の上から、大人たちに木に縛り付けられる自分の姿を見下していた。

手には燃える護符の業火が渦を巻き解き放たれるのを待っている。

俺は勢いをつけて、そこに居る大人と子供の頃の自分自身に炎を投げつける。

その炎は、大人たちの影をすり抜け、木に縛り付けられる幼い頃の自分すらもすり抜け、地面に着火した。

着火した炎は渦を巻き自分に襲いかかる。

瞬間、自分の周りの全てが炎に包まれ、俺は炎の中で身動きの取れない子供となり蹲っている。

いや、俺だけじゃない。明らかにもう一人俺の隣に蹲っている。

「熱い…熱いよ……」

ごめん。ごめんなさい。

誰か助けて!!助けてください!!

誰か助けてください!!


「助けて!?……」

俺は暖炉の火が消え掛かる早朝になってから悪夢にうなされながら起き上がった。

起き上がったというよりかは勢い良く立ち上がった。

一人ぽつりと部屋に立ち尽くす。

周りを見渡しても誰もおらず、嫌な汗をかき暑かったはずの体は急激に寒くなり、息切れした呼吸は肩を揺らし、鼓動が未だにバクバクと早い。

師匠はあの晩、結局寝ずに青年のために護符を使っているのだろうか?

うまく青年から魔物を取り除いても、衰弱した体では太刀打ち出来ないだろう。

その時は俺が魔物を喰い止める。

今ある鬼符を利用しても太刀打ち出来ないかもしれないが、師匠の命には変えられないだろう。

師匠の元へ訪れると昨日と同様に護符がハラリと落ちているところだった。

それでも師匠は怯むこと無く、次の護符を貼り付ける。

その作業は流れ作業のように昨日ほどイライラもせず淡々と黙々と熟している様子に見えた。

何か進展でも合ったのだろうか?

「魔物の属性が特定できたんですか?」

「あら、早起きね」

あ、おはようございます。ところで答えになっていません。などとは言えず、集中している師匠の邪魔をしない程度に距離を置いた。

足元には青年からハラリと落ちた大量の護符が散らばっている。

俺は何気なく手に取る。

「これは、え?どうして『忘れん坊符』を?」

魔物撃退にまさかこんな手段があったとは、俺には盲点だった。

「君の言う通り、『どうでもいい』のよ。迂闊だったわ。」

俺の言うとおり?何の話をしているのか。


幾つかの護符を師匠が青年に対して利用していると、青年の反応に少し変化が現れた。

「何をしているか、分かった?」

青年の変化には気がついたが、どうしてこのような変化が発症するのか俺には不明だ。

「いや、どういうことなんですか?」

と、俺は聞き返した。

「魔物の仕業だということを疑わなかったでしょう」

師匠の背中を見ながら俺は疑問を投げた。

「魔物のせいではないんですか?」

「それは分からない。分からないというか、それがとりあえず『どうでもいい』」

流石に意味がわからない。

護符を貼られた青年がビクンと反応する。

「『何の仕業か』は分からない。でもそれが『いつ起きたか』はこの忘れん坊符で分かるでしょう」と言いながら、次の護符を貼る。

忘れん坊符にそんな使い方があったのか。

「今使っているのは、いつのことを忘れるかのみの指定だから」

一瞬正気に戻りまた取り憑かれる。これを青年は繰り返している。

「その中毒が発生した時期を特定するということですね」

理屈は分からなくもない。

「そういうこと。それが本部に依頼があった日から、3、4日前だというところまで、今分かったわ。」

それほど昔のことでもない。比較的最近のことか。

「時期が特定できた後は、どうするんですか?」

俺が確認すると、師匠は大きく背伸びをした。

「それは任せる。私は寝てるから、また情報収集してきて」

師匠はふらふらと寝床に戻っていった。

村人の警戒の為に付けた護符を剥がしながら、表の様子に耳を傾ける。

表に人の気配があったが、今は床に散らばった護符を片付けることのほうが先決のようだ。


俺が護符を片付けていると、突然扉が開いて男が入ってきた。

今回の依頼を当局へ依頼した村人だ。

さきほど、外でガヤガヤと村人が幾人か騒いでいたような気がしたが、誰かが依頼主を呼んできたのかもしれない。

「ところで、この青年は魔物の憑依から開放されますか?」

彼は入ってくるなりぶっきら棒に俺に押しかけてきた。

隣では俺の言葉をまたずに、柱に縛り付けられている青年の頬を軽く叩き「おい!しっかりしろ」と声を掛けている。

青年は項垂れた首を持ち上げて、うつろな目を依頼主に向けている。

焦点は定まっていないようだ。

「ふん!まだダメか」

鼻で吐き捨てるように息を出すと落胆したかのように芝居じみた姿を俺に見せた。

師匠はその音を聴きつけたのか、奥から姿を現した。

「昨日、成果はありましたよ。青年が依存症になった時期を探り当てました」

師匠は嬉しそうに昨晩あったことを細かく説明し始めると依頼主は頷いているもののどこか怪訝そうな顔もちで聞き流しているようだった。

「ああ……そうなんですね……そ、それでは引き続きよろしくお願いします」

依頼主は、師匠からの質問を正確には答えずに適当にあしらい、この場からそそくさと出ていってしまった。

依頼主が見えたのに何の情報も聞き出すことが出来なかったなんてことは、初めてのことだったが師匠は昨晩からの疲れもあり寝床へ戻るといい、後のことを俺に託した。

もうすぐ治療出来るというのに肝心な情報が不足している。

俺は師匠に言われた事をなすために情報収集を始めることにした。



村人が勝手に踏み込まないよう護符の鍵を貼り外に出ると、昨日よりも静かなことに気がついた。

昨日であれば、子どもがガヤガヤと近くによって来ていたが、この近辺で遊んでいる子どもの姿も声も感じられない。

昨日もどこかよそ者として見られていたようで、大人たちに出会っても警戒されているようでよそよそしく出会う回数も少なかったように感じていたが、今日は昨日に増してさらにひと目を避けているかのように村人たちの存在を感じられない。

子どもの声がする方へ寄っていくと、子どもたちは更に「別の場所行こうぜ」と言って姿を隠してしまう。

暫く歩いて居ると、開けた土地にやってくる。

所々にサエワタリ草が落ちている。

この街の特産品はサエワタリ草であったが、魔物が一掃されてから状態異常の回復に使われていた薬草の売れ行きも伸び悩み、次第に村は荒廃していったと言う。

この村を出た村人の話しを思い出した。

この広い場所だけ、野草のように引き抜かれたサエワタリ草がやたら多く散らかっている。

俺は散らかっているサエワタリ草を拾い始めた。

どこからか年老いた老婆が籠を担いで近づいてくる。

「すまないね。若いのに、この前来た青年もサエワタリ草の現状を見て、村に協力してくれるって言ったきり、村祭からとんと見なくなってね。あの青年はどこ行っちゃったのか。この村でやっていくには若すぎたのかね。あんたも知らない土地に足を踏み入れるんじゃないよ。そのサエワタリ草、籠に入れなさい。何しに来たんか知らんが、村のことなのにすまないね。私が処分しとくから、拾ってくれてありがとうね」

この前来た青年?村祭り?


この前来た青年が、柱に縛られている青年だとしたら、元々はここの村の人物じゃないということなのか?彼はどこから来て、この村で何をしようとしていたのだろう?

それとも、別の青年が村祭りの時に何かをやらかして、柱に縛られている青年に魔物を取り憑かせ、シマッタとばかりに村から逃げていったのだろうか?

今聞いた情報だけで判断すると、この2つの可能性が有るということだ。

これは師匠に話しておく必要がある。

俺は一先ず、一時の宿場に戻ることにした。

しまった。さっきの老婆をここに連れてくれば、柱に縛られている青年がいなくなった方なのか、町に元々いた青年なのか分かったんじゃないか?

宿場に向かう途中で、気が付いて引き返すも元いた場所に戻ってきた俺の目に、あのヨタヨタ歩きの老婆の姿は見えなかった。

老婆はどこへ行ってしまったのだろうか?

依頼主からは、極力村の人達に俺達が何をしているのかを感づかれないようにお願いされていたけれど、俺達が村に入ったときには何故か村人全員が俺達が何をしているのか既に知っているような気さえしていた。

むしろ、依頼主は俺達が村人と接することを拒絶しているかのようだった。

村全体がきな臭い雰囲気に包まれているのを感じて、俺は深い溜め息をもらし空を見上げた。

今回の依頼は、簡単じゃなかったな。

重い足を引き釣りながら、一時の宿場に戻ることにした。

宿場に近づくにつれて、先程の静けさから徐々に町人の賑やかな話し声が増えてくる。

ザワザワとした言葉が宿場近くで起きているのを感じとれた。


俺は警戒しながら宿場に近づく。

宿場から出てそれほど時間は経っていないはずだ。

師匠が起きて村人と話しているとはとても思えない。

ざらついた感触が俺の足を止める。

ここを曲がれば宿場は目の前だったが、俺はこの場所からこっそりと気づかれないよう宿場を覗いた。

「おい!静かにするな!もっと騒げ!」

村人の一人が大声を張り上げて、身振りでは静かにしろ!と言っているのに、真逆な発言をしている。

そして、その声は馬鹿でかい。

「失敗なんかしてねえよ!さあ、帰ろうぜ!」

言葉とは裏腹に村人は宿場の扉へ蹴破ろうと足を上げるが、他の村人が引きずりお前はもう離れろと小声で耳打ちしている。

「離すんじゃねえぞ!俺は変質者だ!」

それは大声を張り上げて叫ばなくても、見れば分かることだ。

宿場周りに変なやつが殴り込みに来たのか、それでザワザワしてたんだな。

今解決したのだろうと一歩踏み出した。

しかし、他にも異常な行動をしている村人がいることに気がついたが、宿場に近づく足を止めるのは不自然だと思い歩みを進めた。

よく見ると扉の前でツルツルと滑って転んでいる村人や、ウルシにでもカブれたかのように体を掻きむしり痒がっている村人、大声で泣きわめく村人も居る。

「ひぃ~~、お化けが出た~~」

一人の村人が、宿場前から飛び出して俺の方へ駆け込んでくる。

うまく交わしたつもりだったが、村人が急に方向を変えたため正面衝突して二人共に地面へ尻もちをついた。

俺が宿場に戻ってきているのを目撃していた村人の複数人が、転んでいる俺の周りに集まっていた。


村人A「おい。こいつどうする?」

村人Aはゴマすり棒を右手にパチパチと打ち付け、俺を見下している。

村人B「そうだな。あいつみたいに縛り付けとくか」

鍬を地面に突き刺しより掛かりながら村人Bが答えた。

俺の脳裏の奥で抱えているトラウマがフラッシュバックした。

「嫌だ!」とっさに起き上がり、村人達を跳ね除け後方へ飛び退き距離を取る。

無意識のうちに取り出した俺の手の中には、鬼符がジリジリと熱を帯び始めていた。

手のひらに感じる熱さに気が付き、鬼符を握り潰した。

弟子「何をしようとしている!」

少し冷静になるために呼吸を整えながら村人を睨む。

村人A「お前には関係ない」

村人Aのゴマすり棒を叩くスピードが早くなる。村人達もイライラしているように見える。

村人B「いや、俺もよくわからん」

鍬に寄りかかっていた村人Bが、鍬を肩に担ぎ直し首を傾げる。

村人A「そう言えばそうだな」

村人Aと村人Bが俺から目を離しお互い向き合う。

誰に言われたんだ?のような言い合いが村人達に巻き起こる。

しかし、明らかにこのグループをまとめているのは、この村人Aと村人Bの二人のようだった。

村人B「それはそうと、取り敢えず大人しくしていてくれればいい」

そんな理由で縛られたくない。俺はこの場から逃げようとした。

近くに詰め寄っていた村人に腕を掴まれると、それを足蹴りに取り除き力づくで村人達の群を突破しようと試みた。

村人達を跳ね除けながら宿場前に到着する。



この場所だけ村人達の動きが鈍い、鈍いどころか正常な行動ではなく見えた。

宿場の扉に手を付けようとした時、村人の一人が先に手を伸ばした。

村人は何もしていないのにツルッと滑るように転んだ後、その場でゴロゴロと転がりながら体を掻きむしり「痒い!痒い」と騒ぎ出した。

俺は宿場の扉から離れる。

弟子「師匠、こんな時まで……」

いや、こんな時だからなのだろうか。俺への当て付けなのかわからないが、簡単には触れない。

そうこうしているうちに、村人Aと村人Bが率いるグループに追いつかれた。

村人A「お前、この扉に何したんだよ!」

村人Aがゴマすり棒を目の前に突き出し、俺のオデコを突こうと手を伸ばす。

弟子「いや、俺じゃないけど……」

俺はギリギリのところでゴマすり棒を交わして、村人Aを見つめる。

村人B「じゃあ、他に誰がこんなことしたんだ」

村人Bが後ろから鍬の変わりにロープを持って現れた。

弟子「それは師匠が……」

それで怒っているのか村人達は?

ここは素直に捕まって謝罪したほうがいいのかもしれないか。

でも、あのロープに縛られたくはない。

嫌な冷や汗が頬をつたる。

俺は怯えているのか。

村人A「師匠を呼び出せ」

弟子「いや、今は寝ていると思うので、中々起きないかもしれない」

村人B「ふざけんな!俺たちにこんな呪いを掛けやがって」

村人Bがすっ転んで痒がっている村人を指差し、怒鳴りつける。

弟子「いや、呪いじゃなくって……」

俺は諦めておとなしく村人Bのロープに縛られた。


師匠に向かって村人Aが大声を上げる。

「この弟子がどうなってもいいのか!」

……

反応が無い。

俺は宿場近くの木にロープで縛られ、その周りを5人の村人が囲んでいる。

その他に10人ほどの村人が、宿場の入り口から隠れるように両側に周り身を潜めている。

俺の額からは幾ばくかの冷や汗が流れ、まつげをかすめる。

この状況はどうにも好きではない。

今にも暴れだしそうな気持ちをグッとこらえて、師匠が出てくるのを待っていた。

村人達の他の誰よりも、俺が今、師匠が起きるのを一番望んでいるのだろう。

この状態から逃れるためならば、なんでもやってしまいそうだ。

村人Aがまたも大声を上げて叫ぶ。

「この弟子がどうなってもいいのか!」

宿場の中ですごい勢いで戸の開く音が響く。

怒り狂った師匠が今にも飛び出してきそうな空気が村人の間に流れた。

俺には師匠がかったるそうに宿場の入り口に付けた護符を剥がしている雰囲気が伝わってくる。

やっと目覚めた。

ゆっくりと宿場の扉が開き、師匠が姿を現した。

俺を見ても平然としている。

師匠「もしやと思って護符の罠を貼っておいたけど、どういうことか説明してほしいわ」

師匠は村人に面倒くさそうに説明を求めた。

簡単な回答を欲していた。

村人A「うるさい!これは村の問題だ!お前らは素直に、魔物の仕業だというお墨付きを与えてくれればいいんだ!」

村人Aからとんでもない理屈が飛び出してきた。俺たちを呼んでおいてその言い草か。



師匠「そんな説明できるわけないでしょ。それだと私の護符が魔物を特定出来なかったと報告しろって事じゃない」

いつになく師匠の声が荒々しい、よほど魔物の特定が出来ないことに苛立っているようだ。

村人A「そうだ。それでいい。どうせ魔物など解る腕前でもないのだろう。早く報告しろ。さもなくばこの男をここで殺すぞ」

師匠「そう・・・じゃあ、好きにしたらいいわ。ねえ、そこのあなた。これを殺す前に弟子に渡してくださらない?」

一枚の護符を師匠は村人に渡した。

村人C「お、俺がなんで……」

受け取った村人は釈然としない様子で、師匠が手渡した護符を縛られている俺に貼り付けた。

俺の意識は一瞬にして遠退いた。

まるで別の人格に乗っ取られたかのように、俺は自分をコントロール出来なくなっていた。

今まで溜まっていたフラストレーションがはち切れるかのように、手の中で揉み潰したはずの護符に炎が宿り始める。

俺の手の中から炎が燃え上がると、ロープを焼き切り俺は自由を勝ち取った。

抑えの効かなくなっていた体に導かれるように炎の塊を周辺に居た村人たちに投げつける。

俺が縛られていた木は炎上し、炎は燃え広がる。

近くで様子を伺っていた村人たちは、慌てて消火と火傷を負った村人の救済を始める。

俺は自分の意志でコントロールの効かなくなった体を押さえつけるように地面に膝をつき両手を地面に押し当てた。


抑えの効かなくなった俺の姿を見た師匠が慌てて近づき、俺に貼られている護符を剥がした。

俺はそのままその場所でしばらく気を失っていた。

俺が気を失っている間、しばらく消火活動や火傷した村人達の手当てを師匠が手伝っていたようだ。

師匠「どういうことか説明してください。私たちもこれ以上危害を加えるつもりはありません」

その光景を見ていた依頼主が村人Aと村人Bの間を縫って師匠の前に現れる。

それは丁度、俺が師匠に護符による治療で起こされた時だ。

依頼主「俺が話そう。みんなの中にも、よく分からないまま手伝ってくれた奴らもいるから」

火傷を負った村人達の心配をしながら危害の加わらなかった村人達に後のことを任せ、師匠と依頼主は一時の宿場の中に入っていった。

俺もぼんやりとした頭のままフラフラと二人のあとについて行き、一時の宿場の中に入っていった。

依頼主「この青年が村にやってきたのは、村祭が始まる前。あなた方が特定した日にちで間違いありません。青年は村の活性化のために、モトニモドリ草を持ってきました。サエワタリ草に似ていますが、まがい物の薬です。このモトニモドリ草が実は、サエワタリ草とブレンドすると一種の高揚感を誘発するというのです。それがこの村の経済成長を促進するのではないかという情報を持ってきまして、私も村の経済状況には些か危機感を感じておりまして……」

依頼主は一呼吸置いて、話しを続けた。


依頼主「それがどういうことなのか見せて欲しいとお願いしたところ、最初は頑なに自分じゃなく誰か村人を使って見せたいから、誰でもいいからと言っていたのですが、それが余計に怪しくて、私も負けじと頑なに青年に見せろと言い続けました」

それがこの結果というわけか、でも村人に襲われる理由にはなっていない。

初めからそうだと言ってくれればよかったものを何故こんな手の込んだ事をしたのだろう?

この症状は護符の効能ではなく別のモトドオリ草というサエワタリ草の上位互換になる薬が必要だ。中央機関が統制しているから手に入るには一週間前後はかかるか、それまではこの青年もこのままということだな。

この青年はなんでそんな危ない橋を渡ろうと……

依頼主「青年はこうも言っていました。このブレンド薬を使った後、中央機関へ『これは魔物の仕業です』と伝えればいいと、そんな怪しいものを我々と同じところに住む村人に使わせられません。でも、この青年が事件を起こすことで、もしかしたら村の活性化に繋がるのではないか、ふと私の脳裏に浮かびました。青年に無理やりそれを飲ませ……後はご存知のとおりです。村人にも中央機関にも魔物の仕業と私が伝えました」

そう言えば、あの時の老婆もモトニモドリ草を手に持っていたような気がする。

依頼主は話を続けた。

依頼主「この村はサエワタリ草しか生えない村なので、魔物が居なくなってしまうと村の活性化は捗らず……」


依頼主による村経済の愚痴を散々聞かされた後、この件に対して中央機関に全て報告することで依頼主からの承認を得た。

村人には依頼主から説明してもらうことで、今回の騒動については解決したと言えるのだろう。

また、青年に薬を提供してもらうため、中央機関へ報告書を提出する為に、師匠が席を外す。

通信機器となるお面を被っている姿を見られたくないらしい。

依頼主が宿場から外に出ようとした時、老婆がゆっくりと扉を開けた。

老婆「まったく!なんだいこの有様は!」

依頼主「あっ、ばあちゃん。勝手に入ってくるなよ」

老婆「お前が村長になったから、こんな問題が起きるんじゃないか。もっとしっかりしなさい」

老婆は依頼主を叱咤した。どうやら、知り合いのようだ。

依頼主「そんなこと言ったって、村の経営が大変なんだよ。ばあちゃんには分かんないだろ!ここは村長としてなんとかするから、ばあちゃんは帰って飯の支度でもしといてよ」

知り合いと言うより家族だったということか。

老婆は柱に縛られている青年を見つける。

老婆「なんだい、その言い草は!どうしてこんなことになったんだい!」

老婆は青年の様子を見つめ、手に持っている袋を開けて、青年に嗅がせた。

今まで正気を失っていた青年は意識を取り戻した。

青年「はっ?なんで俺が縛られているんだ!」

老婆「ほら、ぼさっとしてないで、ロープを解いてやりなさい!」

俺と依頼主は慌てて青年のロープを解き始める。



弟子「すみません。色々と事情をお聞きしたいので、一緒に中央機関まで……」

と俺が話し終える間もなく、青年は扉を開けて外に飛び出していった。

後を追おうと外に出るも先程の俺が暴れた後の惨状が目に飛び込んでくる。

俺が外に出ることを一瞬躊躇しているうちに、青年は姿を消した。

俺の背後から依頼主と老婆の言い争う声が聞える。

老婆「それが親に向かって言う言葉かい!お前に全て任せてたら村が荒廃するばかりじゃないか!」

俺はその会話に恐る恐る割って入る。先程の青年を正気に戻らせた物が何か聞くために。

弟子「それはなんですか?どうやって青年の症状を治したんですか?」

老婆「知らないのかい?昔はこれがよく売れたもんよ。モトニモドリ草とサエワタリ草をブレンドして作るのさ」

依頼主「それを作ったからあの青年はあんな状態になっちまったんだぜ」

老婆「正しい作り方があるんだよ。昔にもあんな失敗はよくあったもんさ。みんな忘れちまったがね。煎じて飲んでも美味いんだよ。知らなかったのかい?」

俺と依頼主は顔を見つめ合う。恐らく閃いたことは同じだと気がついた。

これでこの村の経済問題は解決へと向かいそうだ。

報告書を提出した師匠が通信機器のお面を外して戻ってくる。

青年が居ないことに気がついたようだ。

師匠「お弟子さん?これはどういうことなのか。説明してもらえるかしら?」

これは師匠が不機嫌な時に言う言い方だ。

事件の重要参考人が逃亡したのだから無理もない。

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