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佐伯国臣は町の中を闊歩していた。
それは珍しいことではなかったが、馬鹿でかい肉体のおかげで人目が賑わうことは避けられなかった。と言っても、彼に関わろうとするものは皆目存在しない。そうすることが賢明であるという、生命体としての本能が呼び覚まされるのだろう。いくらかの距離をおいて、忙しない噂を口々に語っているだけだった。賢明であれ本能であれ、決してそれは間違った行動ではない。
国臣は首を巡らした。
遠くにいた二人組みの婦人が彼の視線に気づいたのか、口を抑えながら国臣の前から後退していく。
国臣の片手には酒瓶ケースが握られており、中には酒とつまみが入っている。ケースを返せば即席の椅子になるので、これでどこでも一献できるというわけだ。上体を覆うシャツは、本人ですらいつから着ていたのかも思い出せない品で、何本か糸屑がまとわりついている。胸元には渇いた染みもあり、まるで質の悪い画布のようだった。履いているジーンズも古く、汚れが目立たないものの、ひどく色褪せている。頭髪は乱れており、髭は不揃いな芝のような有様で、左眼は外にそれた斜視だった。
国臣は首を巡らす。
空ははるか高くまで青く、覇気が吸い取られてしまいそうなほどの快晴だった。こんな天気では誰でも気が弛んで軟派な阿呆になってしまう。自分を含め、世の中はそんな奴ばかりだ。どうせこれから会う者も同じなのだろう。
国臣は人を探していた。
口授で場所を聞いていたものの、正確な位置まで把握できていない。所持品は即席宴会道具しかないので、どこかに連絡を取ることもできない。見慣れた町だと思っていたが、存外知らぬ通りも少なくなかった。狭い通りは歩いたことがなく、新たに道を見つけるたびに、国臣は自分が記憶している町の地図を改めていった。もうかなり前から根を下ろした町なのに、発見が多いのだ。木造の民家の隣には建てられたばかりの美容院が並んでいたり、錆びれた線路沿いには高層マンションがあったりと、新古の建造物が混在する、そんな町だった。国臣にとっては時期を逃してから都市開発された田舎のような感慨がある。時代の変遷の流れに置かれる我が身を噛み締めるような思いがあった。
気づけば人通りの少ない道に立っていた。
やや離れたところから、バイクを吹かしている音が聞こえてきた。かなり大きな音で遠方からでも音の発生地点がわかる。
国臣は首をそちらに向ける。
相手から居場所を示してくれるとは好都合だった。
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