青い芸術家

慣れない制服を着る。

妙にパキッとした着心地はお世辞にも良いとは言えない。

さっきから気になる赤いリボンを手鏡で直し続ける。

よし。こんな感じかな。

胸の当たりで動かしていた手を下げる。

手のひらの半分が裾で隠れる。

こんなブカブカな私は、こんなのでも成長を予想して大きめの制服を買ってもらったのだ。

手鏡を閉じる。

もう後ろは見なくていい。

確かな希望を胸に抱き校舎へ向かった。

革靴はどうにも歩きづらかった。


私は美術大学に行きたい。

そのため、高校ではどちらかと言えば部活をしに来ており、勉強や恋愛は重要なものではなかった。


そんな私が初恋を奪われたのは桜降る4月を超え雨降る愚鈍な6月を晴らした夏だった。


蜃気楼の見えるアスファルトの向こう。

白い月明かりと提灯の赤い光。

雲なのか煙なのか分からなくなった火薬の空。

鏡合わせのような青い空と海。


私は夏に恋した。


いつも見ていた日々の情景を、色や匂いで変えていく夏の情熱さを、人の感情を揺さぶる熱の発信源を私は知っている。

夏は私の情熱を奪った。


海は青く

草木は蒼く

夏は赤で

やっぱり私は青かった。


ひたすらに私はこの初恋の相手を絵に残した。

描きあげたそれは正しく理想で、床に落ちた失敗作は正しく現実だった。


理想を求め続けた青い芸術家は程なくして倦怠期に入った。


秋。

芸術の秋。

秋に青というのは往々にして季節に取り残された化け物のような気がして、私の筆は進まなかった。

それでも描き続けるしかないのは分かっていて、パレットは茶色に染まりつつあった。


海は白く

空も白く

草木は蒼を通り越し碧になり

私は枯れ気味だった。


完全に茶色に染まりきった時、ふと空を見あげれば白かった。


雪か空か吐いた息かその全てか。

冬になったら青を描けると信じていた私は冬になって青が描けないことを現実として受け入れた。

現実として受け入れた私は失敗作で、この時明確に失恋したんだと気づいた。

私が好きだったのは夏の青さと青い自分。

現実を受けいれた自分はもう青くない。

青くない。

甘くない。


恋の弔いに、最後の私の理想に、門出に、1枚絵を描いた。

タイトルは「青いリボンの私」だった。


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