異次元精霊探索記 ~精霊等と旅するだけだったはずの物語~
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こんな所でまさかの迷子
「はぁ・・・、ノーと言える人間になりたい」
橘京也は生まれて22年間、何度繰り替えしたかわらない口癖とともに、ため息をついた。
そんな京也の気を知ることのない目の前を歩く男女達は、たわいもない世間話でわいわいキャッキャと楽しそうに笑っている。
その光景に、京也は再度ため息をついた。
彼らは、同じ考古学大学で卒業研究に所属した学友だった。とはいっても、前から付き合いがあったわけではなく、4年間でかかわり合いがあったのは卒業研究の間だけ。
バイトに明け暮れるあまり、卒業研究への取り掛かりが遅れた京也は、教授により強制的にチームを組まされ彼らと研究を共にすることとなった。
しかし卒業研究提出期間ぎりぎりまで研究を終えていないような人間達が、強制的に集められて作ったチームでまとまりある行動などできるわけもなく、一向に研究が進まない中、京也はチーム員に頼まれてほぼ一人で研究を行い、つい先日やっと研究という名の地獄から開放されたのだった。
「なんだ元気ないじゃないか」
うつむきながら歩いていた京也に、前を歩いていた一人が声をかけてきた。
もちろん名前など覚えてない。
茶髪ピアスの彼を、京也は脳内で茶髪とそのまま呼んでいた。
「いや、ちょっと疲れが出てね」
「そりゃそうか、昨日までほぼ徹夜だろ? いやーマジ助かったわー」
苦笑いしながら答える京也に、茶髪は肩をバンバン叩きながら笑みを浮かべる。
バイトなどで取り掛かりが遅れたわけではない京也を除く6人は、普段からあまり素行の良い方ではなく、研究中も京也の手伝いはおろか学校にすら姿を現すのは稀だった。
研究が終わった絶妙なタイミングで現れ、提出を共同でおこない、受理されると京也を卒業旅行に誘ってきた。
初めはバイトを口実に断った京也であったが、礼だと言われて断る事ができず、しぶしぶ同行することとなった。
自腹で。
礼と言うからおごりかと思いきや、プラン作成から旅券の手配までなぜか京也が行い、結局彼らは自分達の参加費を支払うだけで旅を楽しんでいる。
要は礼というのは口実で京也にまた面倒事をおしつけたのだ。
「金を払っただけまだマシか・・・」
「ん? なんか言ったか?」
「いやなんでもない、それよりこっからはツアープランも自由行動だらから各自好きに見て廻ろう」
茶髪が京也に声をかけたことにより立ち止まった彼らに京也は自由行動を促す。
京也達が参加した、旅行会社の『歴史と遊園と温泉ツアー』は、団体で施設見学をするものと、一定の自由時間中に好きに町を見学する自由行動の時間が交互にあり、名所をおさえつつ、好きな場所に立ち寄れる自由度の高いプランとなっていた。
京也としては、ずっと彼らと行動を共にするのが面倒だっただけなのだが、彼らには思いのほか好評だった。
「そうだな、んじゃそうするかー。何時までに戻ればいいんだっけ?」
「2時間後までにバスに戻れば大丈夫だな」
「りょーかーい、んじゃあとでなー」
去り際に京也の肩を再度叩き、茶髪は班の中の一人の女性と去っていった。
その他も数人でグループを作り、思い思いの方向へ消えていく。
どうやら京也が研究に明け暮れる間に、チームの中で男女の仲を深めていたらしい。
そういったことには手が早いというのは、まったく関心すると京也は思う。
「やっと開放された・・・。さてこれからどうするかなー」
一人残った京也はこれからどうするかを考えながら、彼らが去った方とは逆に歩きだした。
※※※ ※※※
自由行動となった京也は旅行パンフに古墳が載っていた為、そこへ行く事にした。
別にそれほど行きたいわけではないが、彼らと絶対鉢合わせしないだろうという理由から古墳に向かった。
集合場所から15分程度歩いた町外れにある、ということも京也にとって都合がよかった。
パンフレットに従い町から離れて行き、案内板道理に古墳へ向かう。
向かっていたはずだった。
「それがどうしてこんなことに・・・」
最初は舗装された道路を進んでいたが、途中で砂利道へ変わり道の脇に木々が茂る林道に入った。
そこまではまだ案内板もあり表示に従い進んでいったが、行けども行けども古墳へはたどり着かない。
確かにパンフレットでは林の中心に古墳が描かれていたが、いくらなんでもそろそろ到着していてもおかしくないはずだ。
戻る時間も考えると、これ以上先へ進むのは時間的に難しい。そう考えた京也は、元の道を引き返すことにした。
しかし元の舗装された道路は一向に見えてこなかった。
「まさかこんなところで道に迷うなんてことはないだろ」
ポケットから梨のマークの入ったスマホを取り出し、地図アプリを起動してGPSで位置情報を確認すると、自分の位置を示すアイコンは古墳の周りの林を指していた。
「とりあえず戻るしかないか」
スマホをしまい元の道を戻るが、やはり町並みは見えてこない。
それどころか道らしい道すら無くなってくる。
しばらく歩いてみるが、永遠と変わり栄えしない林道が続くだけで、道路にたどり着く気配はなかった。
「戻ってるよな? これ」
林道に入ってからは一本道であった為、迷う要素がない。
一応再度スマホを確認するが、アイコンは先ほどと同じ場所をさしている。
さらに、先ほどまで立っていた電波受信を示す表示は圏外になっていた。
「いやいや、さすがにおかしいだろ・・・」
通った道は基本一本道。
真昼間に道を歩いていた迷うなど、どうかしている。
旅行先の土地勘もない林道に入ったのは迂闊だとは思うが、さすがにこれは予想外だ。
「もうどのくらい歩いたっけ?」
バイト漬けだった京也は体力がない方ではなかったが、スニーカーで慣れない山道を歩いている為か額には汗がにじむ。
迷っているうちに、集合時間はとうに過ぎてしまった。
連絡しようにもスマホは圏外。仮に圏外でなかったとしても、京也は彼らの番号など知りはしないが、旅行会社の電話番号くらいは控えている。
圏外でなければ、恥を忍んで警察に連絡することもできたが、それも叶わない。
「さすがにこんな所で遭難して救助なんて恥ずかしすぎるんだが」
それ以前に冬ほどではないが3月の日没もわりと早い。
木々に囲まれていることから暗くなるのはさらに早いだろう。
日が落ちれば気温も下がる。
日中は暖かくなったとはいえ、今のTシャツにジャケット、ジーンズの格好で乗り切れるとはとても思えず、手持ちのショルダーバックにも寒さを凌げる物は入っていいない。
「とりあえず進むしかないか・・・」
立っていてもしょうがないので歩いて来た方(と思われる)へ京也は再び歩き出す。
特に変わり映えしない林道の間を歩いていると、ふと違和感を覚える。
「霧?」
まだ薄っすらとではあるが、あたりに白い霧がかかり始めていた。
特に天気が悪くなるといったような予報ではなかったはずだ。高い山では天気が良い時でも霧に包まれることがあるらしいが、ここはおそらくそんな山の中ではない。
不審に思いつつ慎重に足を進めるが霧が晴れる様子はなく、むしろ濃くなっていく。
しかも、その速度は思ったより早くいつの間にかあたりは真っ白、数メートル先も見えなくなり歩くのが困難になっていった。
「どうなってんだ!?」
あまりに突然な視界不良に混乱しつつ歩みを止めてあたりを見渡すが、もちろん真っ白で何も見えない。
脇に生えていた木々すら見えなくなっている。
『ふふふふっ』
本格的に遭難待ったなしの状況に陥り、途方にくれていると、小さく笑い声のようなものが聞こえた。
あたりを見回すが白以外は何も見えな。
「誰かいるのか?」
『誰かいるのかーだってー、居ないと声なんて聞こえるわけないのにねー、馬鹿なのかなー』
響く声は、中性的な声変わりしていない子供のような声で、京也をバカにしている感じの間延びした癇に障るものだ。
『まー馬鹿だからこんなとこに入ってくるんだからー、やっぱり馬鹿なんだろうねー、くすくすっー』
響くというのもおかしな話だが、前や横と言った感じではなく個室の中で、全方向からスピーカーによって発せられているように聞こえた。
しかも、人が何も言わないのを良いことに言いたい放題だ。
『まあー、もともと人間自体低能だししょうがないかー、なんていうんだっけ?ノータリンだっけー』
「好き勝手いいやがって、こそこそしてないで出てこい!」
『いいよー』
「はぁ?」
あまりの言い草にイライラしながら声をかけると、意外とあっさり声が帰ってきて、つい京也は間の抜けた声を出してしまった。
それと同時に突然景色が白から黒へ変わる。
先ほどまで白かった空間は、いくら瞬きして目を凝らしても欠片も存在しない。
その驚きも冷めぬうちに目の前に突然一つの物体が現れた。
『これで見えるかなー』
現れたのは片手を上げた状態で目口を開けた様な顔をした一体の埴輪だった。
埴輪とは人の形等をした素焼きの焼き物である。
大きさはさまざまだが、多くは古墳から出土され葬送儀礼に使用されたと言われるものである。形状も騎士を模した装飾がされているものや、動物を模したものまでさまざま。
そんな数ある埴輪だが、最も見た目シンプルな物は、人の形をしたた坊主頭の円筒型の『踊る人々』と呼ばれるものだろう。
そう、目の前に浮いているこんな感じの。
「もしもしー、見えてるー?馬鹿だど目も悪いのかなー」
あっけに取られて反応出来ない京也の目の前まで近づいて来て、埴輪は焼き物であるはずの腕を振りながら悪態をつく。
先ほどまでと違い、声は埴輪の方から聞こえて来るが口が開閉する様子はない。
「聞こえてるし見えてるから馬鹿にするのも大概にしろ」
「なんだー、それならそうと早く言ってよー」
文句を言いながら京也から離れて行った埴輪は、やれやれといった感じに両手を上げて首を振る。
何を持って首なのかはわからないが、口の下あたりから左右に捻られているのでおそらく首なのだろう。
「で、お前は何?」
目の前の埴輪に怒りを覚えても虚しいだけなので、その感情を抑え会話できるのならと不信感を抑えて聞いてみる。
「人に物を訪ねる時はまず自分から名乗るのがジョーシキじゃないかなー」
「・・・、橘京也。で、お前は何?」
「淡泊だなー、そんなんじゃ女の子にモテナイよー」
怒りと舌打ちを堪え、言われた通りの内容を返答するが、それが面白くなかったのか、埴輪は開いていた目を閉じて不満を顕にする。
「人に物を尋ねられたら答えるのが常識じゃないか?」
「拒否権はあると思うんだー。ってどうしたのー? え、なに、痛い! 痛ーい!!」
怒りに堪えかねた京也は、無言のまま埴輪に近づくとアイアンクローをお見舞いしてやる。
手が触れた瞬間わずかに埴輪との間に光が生じた気がしたが、痛みがあるわけではなかったのでそのまま継続する。
「で、お前は何?」
痛覚があるのかどうかは知らないが、首を左右に振り、届かない手で振り払おうとする埴輪。
「わかったー、答えるから放してー、割れるー、中身でちゃうー!!」
「とっとと答えろ」
今の状態のままだと話もろくに出来ないようなので、仕方なく手を離すと、埴輪は京也から距離を取りながら『声だけ聞こえるようにすればよかったー』っと小声で文句を言う。だが勿論無視する。
「まったく暴力で解決しようとするなんてー、なんて野蛮・・・って、手を広げながらこっち来ないでー、僕は次元の精霊だよー」
「は?」
近づく途中で足を止め、埴輪が言ったことが理解できずに京也は呆けた声を出してしまう。
「ほらー、言っても信じないじゃんー、だから言うの嫌だったんだー」
「いや、精霊ってなんだよ。どう見ても埴輪じゃないか」
「これはー、仮の姿ってやつだよー。君が出てこいっていうからー、知覚できるようにしてあげたのにー。この姿も君のイメージだからー、僕のせいじゃないからねー」
不満げに言う埴輪であったが、そんな風貌の為まったく威圧感が感じられない。
「それにしてもー、君はなんでこんな所に来たのー?」
「なんでって、古墳に行く途中で道に迷ったらしい」
京也は自分はいったい何をしているのだろう・・・と思いながらこれまでの経緯を目の前でぷかぷか浮いている埴輪に説明した。
「ふーん、大変だねー、貧乏くじばっかり引きに行ってる感じだよねー」
「まったく、ノーと言える人間になりたい」
「はははぁー、それで君はこれからどうするのー?」
「どうするって、さっさと帰ってゆっくり寝たい」
ここがどこだかわからないが、こんな何もない空間に埴輪と二人でいてもどうしようもない。
「それは無理じゃないかなー」
「なんでだ?」
「んー、馬鹿にでもわかるようにいうとー、ここは君の住んでた次元じゃないんだよー?」
「俺の住んでた次元じゃない?」
「そーそー、なんていうかー・・・」
間延びした分かり難い説明を要訳すると、ここは通常俺達が住んでいる次元と別の『次元の狭間』とう場所らしい。
通常ここには人間は入ってこれないとのことだが、極まれに次元が歪むことがあり、人間が迷い込むこともあるそうだ。
そういった現象は俺の住んでいた世界で言うところの『神隠し』みたいなもので、元の次元から消えてしまうとのことだった。
「で、百歩譲ってその話を信じたとして、帰れないってのはどういう事だ?」
もちろん常識人の京也がそんな話を信じるわけもないが、実際ここが何処だかわからない以上、どうすることもできない為、話の続きを促す。
「あーまた信じてないー。まーいいやー、簡単に言うとー、いつ開くか解らない歪みを待たないといけないからー、すぐには帰れないってことかなー」
「全く解らないのか?」
「解らないしー、開いたとしてもー、次元はいっぱいあるからねー。君が住んでいた次元に続く歪みかどうかもわからないからー、どうしようもないってことだよー、わかるー?」
つまりはピンポイントに元の次元の歪みを見つけて帰らないといけないってことらしい。元の次元での神隠しの頻度から考えても、とてもじゃないが現実的じゃない。
「他に方法はないのか?」
「あるにはあるよー」
「あるのか?」
ダメ元で聞いたつもりが、予想外の回答が返って驚き、京也は目を見開く。
「僕ならつれて帰れるよー」
「はぁ!?」
「そんな驚くようなことかなー。僕は次元の精霊だよー?」
驚き首をかしげた京也に威張るように腰?に手を当て埴輪はふんぞり返った。
「僕は迷い込んだわけじゃなくてー、君があまりに滑稽だったからー、見に来たたけだからねー。帰れないのに来るわけないじゃないかー、馬鹿だなー」
あまりの言い用に怒りがぶり返すが、ここで機嫌を損ねると帰れなくなる可能性があった為、怒りを押し殺して耐える。
「じゃあ返してくれるか?」
「それが精霊に物を頼む態度なのー?」
「・・・、元の世界に返して頂けませんでしょうか」
拳を握りしめ、わずかに震わせながら頭を下げる。
その様子に満足げに「よろしいー」と頷いた埴輪を元の次元に帰りついたら叩き割ることを決意する。
「で、すぐに帰してくれるのか?」
「さすがにそれは無理だよー、僕一人ならいつでも移動できるけどー、君を返すには元の次元が近い時にしないとー」
「近い? それはいつなんだ?」
「んー、だいたい数百年後じゃないいかなー」
それを聞いた京也は素早く埴輪に近づき、再度埴輪の頭をわし掴みにしてゆっくりと力を加えながら、ひきつった笑顔を浮かべる。
「それまで俺が生きていられるとでも?」
「思わないから! 思わないからー!! 最後まで話を聞いてー!! 手を放してー!!」
「説明してくれるかな?」
さらに力を入れながら問いかける。
曲がったりひねったりするのだから柔らかいのかと思ったが、埴輪は意外に固く凹みもしない。まあ、焼き物なのだから当然なのだろうが。
「痛いー!! だから、僕だけじゃ無理だから時の精霊の力も借りればすぐ帰れるんだけどー、今行方不明だからー、元の世界に返す代わりに、探すの手伝ってほしいんだよー!! ほらギブ&テイクだよー!! ほんと出ちゃうから!! やめてー!!」
何が出るんだよ、と思いながらため息をつきながら暴れる埴輪を開放して、京也は詳しい話を聞くことにした。
元の次元に近づくまで待つのは現実的ではない為、次元が近づく時間まで時の精霊に移動してもらえばよい、とのことだった。
時の精霊というのは『時』つまり時間をつかさどる精霊で時間の移動が出来るらしい。
しかしこれには問題があった。肝心の時の精霊とやらが最近行方不明らしいのだ。
時の精霊は時間しか操作できない為、次元を移動するときは次元の精霊に頼みにくるらしい。とある次元の時間の流れがおかしいとから調査に行くと出たきり、最後に移動した次元から出てくる気配がなそうだ。
じゃあ自分で探しに行けばいいじゃないか思うのだが、移動できないことはないが、次元の管理等があるた為、長期に探しに行くことは埴輪には出来なそうだ。
「そこに俺がちょうど迷いこんできたので、調べに行かせようと」
「そういう事ー」
「なんで初めから素直にそう言えないんだ・・・」
「精霊はもともと悪戯付きなんだよー」
がっくり落とす京也の前でくるくる回る埴輪。確かに昔の伝承で妖精というかフェアリーが悪戯をする童話があった気がするが、こいつは精霊だったはずだ。
「それで、俺はこれからどうしたらいいんだ?」
正直まるっきり信用していないが、今は埴輪以外に戻れる宛てがない。
目の前のファンシーな要素が欠片も見られない埴輪をジト目で睨みつつ、何を言っても無駄だろうと考え、これからのことについて聞いてみることにする。
「僕の代わりにー、時の精霊が行った次元に行ってー、探してきてほしいんだー」
「探すってどうやって?」
「んー、とりあえずー、向こうの次元に居る精霊達に行方を聞いてみてほしいかなー」
「精霊に聞くって、そんなに精霊っていっぱいいるのか?」
京也の想像する精霊は、森の奥深くの泉の上を飛び回っていたり、山奥のお花畑の中を飛び回っているようなイメージで、そこいらにホイホイいるものではない。
「いっぱいっていうかー、数え切れないくらいいるよー、むしろー、数えるのが無理ってくらいかなー」
しかし帰ってきた回答は京也の予想外のものだった。
埴輪のによれば、精霊とは物、現象、概念において存在するらしい。たとえば、よくファンタジーに出てくる風の精霊などは現象に属することになる。風が起きるとう現象の精霊なわけだ。さらにこれが台風となると、台風の精霊になるらしい。
時の精霊、次元の精霊は概念の精霊になるそうだ。つまり時間や次元という概念の精霊というわけだ。この場合、人間が概念として持っていなければ存在が無いのかと言うと、そうではないらしい。人間が概念付けなくても、精霊は存在するとこととだ。
たとえばどんな精霊がいるのかと聞いてみると・・・
「●☆△○◎の精霊とかー」
何と言われたかまったく理解でいきなかった。概念とか以前の問題である。
さらに物ともなれば、その数は計り知れないほどが存在するという。鉄、金と言ったような元素物からカバン、鍋といった人間が作ったものまで、すべてに存在するとのことだ。驚くべきことに京也の居た世界には車の精霊なんてのも居たらいいというから驚きだ。
「それなら俺が着てるこの服にも精霊が居るってことか?」
自分の着ているTシャツの裾をひっぱってみるが、とても精霊がいるようには見えない。
服から出てくる精霊。なんだか黄色いカエルの印刷プリントが飛び出しそうなイメージを持ってしまい、京也はあわてて考えることを止める。
「んー、居ないことはないと思うけどー、自我を持つほどの力はないんじゃないかなー」
「自我がある服ってどんなんだよ」
まさにピョ○吉である。
「ようするにー、生まれてから時間が短いしー、元になった素材もそんなに力を持った精霊が宿ってなかったんじゃないかなー。だから力がないから自我がないー、みないな感じかなー」
つまり長い年月を経過した物や、長い年月が経過した物から作られた物は力が強く、より高度な自我や知性をもつらしい。
京也はそれを付喪神のような物と考えることにした。
「そんなわけでー、精霊は生まれてから長い年月が経つものほど頭がいいからー、そういった精霊に話を聞いてほしんだよー」
『頭がいい』の部分で、穴しか開いていないような顔で器用にドヤ顔しながら埴輪は話を締めくくった。
おそらく発生してから数え切れないような時間が経ってと思われる次元の精霊はすごいとアピールしているようだが、なんだかイラっとするので京也は無視して話を進める。
「で、その時の精霊が行った次元ってのは、いつ頃行けるんだ? まさかそっちも何十年後なんていうんじゃないだろうな?」
「むー・・・、いいやもうすぐ移動できる亀裂が作れるはずだよー」
無視されて不機嫌になりつつ、埴輪はぶっきらぼうにこたえる。
埴輪のくせに無駄に個性豊かなのは、おそらく長く生きすぎたせいではないかと思う京也だったが、これ以上話がややこしくなってもしょうがないので黙っていることにする。
「すぐって・・・、いくらなんでも都合が良すぎないか?」
京也の次元にはすぐ戻れなくて、自分の行ってほしい世界はすぐに行けるといのはさすがに都合が良すぎる気がする。
こうなってくると、元の次元に帰るまで数百年と言うのも疑わしい。
「そんなこと言われてもー、君の次元と今から行ってもらう次元はー、近い所にあるんだからしょうがないよー」
京也が半目で睨んでいると、埴輪は慌てたように付け加える。
「まったく一緒ではないけどー、近い次元なんだよー。だからー、君が迷い込んできたときからー、そんなに立っていなくてもー、移動しやすいんだよー」
「じゃあ俺は似たような次元の世界とやらで、宛てもなく精霊を探さないといけないってことか? 住まいも住民票もない状態なら、すぐ野たれ時ぬか、警察のお世話になって不法滞在者扱いで逮捕なんじゃないか?」
外国がどうかはわからないが、日本で一文無し、宛てもない状態で聖霊を探すというのは不可能に近い。
お金を手に入れる為、仕事をするのにも身分証明がいるだろうし、そんなものが必要ないあやしい裏社会があったとしても、京也にそんな社会で生きていくような技能はない。
とてもじゃないが何処にいるかも分からない精霊探しなど出来るとは思えなかった。
「その辺はー、大丈夫だと思うよー、まだそんな法整備がされているような時代じゃないからー」
「それはそれでやばいんじゃないか?」
次元が違えば文明や進歩も違うらしく、京也がいた次元と近い次元でも、文明レベルはさまざまらしい。
ただ、いきなり恐竜が闊歩しているような次元にほうりだされてもそれはそれで生きていけるとは思えない。
「んー、君の次元の感覚でいうとー、三世紀頃だからなんとかなるんじゃないー?」
西暦300年ごろと言えば日本だと弥生時代後期くらいになるだろうか。
詳しくは覚えていないが、確かに大型都市以外は法整備されていないだろうし、農業等で仕事をすることも不可能でない気がする。
「もし生活出来たとしても、広い世界で精霊一人探すのなんてやっぱり無理だろ?」
その世界がどれくらいの広さなのかわからないが、元の世界と同じくらいと仮定して、世界中を探すなんて不可能だと京也は思う。
それこそ何百年かかるかわからない。
「それも大丈夫ー、時の精霊に近いところに繋がるはずだからー」
「はぁ? なんでそんなことわかるんだ?」
「だってー、次元の歪みってー、精霊の大きな力に引き寄せられて起きるからー、僕が次元の狭間から移動させようとするとー、自然と向こうの世界の大きな力の精霊の近くに繋がるんだー」
力の大きな精霊が力を使い次元に歪みが発生すると、一番近くの同じく大きな力を持った次元の精霊の居る次元の狭間に繋がる。
もちろん次元の狭間に次元の精霊が居ない場合はその他の一番近くの一番力の強い精霊がいる次元に出口が開く。
精霊同士が引かれ合う、ということらしい。
この事を聞いた京也には一つの疑問が生じる。
「俺の次元に歪みができたってことは、日本には力の強い精霊が居るってことか?」
「居るよー、電気の精霊がー」
電気の精霊なんてものが居るのかと呆れると同時に日本に歪みができたことに京也は納得してしまう。
日本の電気使用量は世界で4位前後だ。しかしそれは敷地面積が広い国が上位を占める中での話で、敷地面積で換算場合する場合、日本はさらに上位の電気使用国となるはずだ。
「なるほど、その電気の精霊が力を使ったとばっちりで俺はここに居るってことか」
毎日お世話になっている電気にこんな落とし穴があるとは思いもしなかった京也は深いため息をつく。
「違うよー、僕が力を使ったからー、距離的に時の精霊の次に力が強いー、電気の精霊のところに繋がったんだー」
つまり次元の精霊が故意的に歪みを作った為、近くの世界で一番強い力を持った電気の精霊近くに歪みがてきた、とうことだ。
「・・・てことは何か? 俺がここに居るのはお前のせいってことか?」
「あ・・・」
電気の精霊が力を使って巻き込まれたなら、百歩譲って運が悪かったという話だが、次元の精霊が力を使って巻き込まれたというなら話が変わる。
それはつまり・・・
「お前・・・、もともと誰か連れ込む為に歪み作ったんじゃないだろうな?」
「・・・」
睨みながら低い声で問いかける京也だったが、埴輪は陶器の額に汗を滲ませ、明後日の方向を向いて音の出ていない口笛を吹く。
それはつまり図星ということだと京也は理解する。
「お前・・・、時の精霊を自分で探せないから、近い次元に繋げて探しに行かせようとしやがったな!? ふざけんな!! 今すぐ返せ!!」
こうなってくるとすぐに戻せないという話も作り話の可能性が高くなる。
そんな都合良く元の次元に帰れないことになるわけないと考えた京也は、元の世界に帰る手段が本当に無いかどうか問い詰める為、埴輪を拘束すべく手を伸ばす。
しかし、埴輪はこれまでにない素早い速度で移動し、京也の手を回避した。
もちろん諦める気など毛頭ない京也はさらに埴輪に追撃を加える為に逃げる埴輪を追いかける。
「あー、もうすぐ歪みができる時間だー」
捕まえようと必死に追いかける京也の手をひらひら交わしながら棒読みで埴輪が言うと、真っ黒な世界に薄ら白い靄がかかり始める。
この感じを京也は体験したことがあった。
「な!?」
それはこの次元の狭間に来た時に体験した霧に包まれるような感覚だった。
次元の精霊は逃げる振りをして京也を次元の歪みに誘い込んだのだった。
「ホントに馬鹿だなー、そんなんだからすぐひっかかるー、やーい、やーいー」
辺りが徐々に白くなっていく中、掠れていく埴輪がうれしそうに上下する。
埴輪に手を伸ばしてみるが、一向に近づくことも、届くこともなく、辺りはますます白さを濃くしていく。
「てめー!! 次あったら覚えてろよ!?」
完全に見えなくなる埴輪に捨て台詞を吐きながら、京也は再び濃い霧につつまれていった。
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