妹の結婚式のために走る(走れメロス)

時流話説

第1話メロス、王様に逆らう。妹のために

 メロスは嘆息たんそくした。


「やれやれ、あの王様は駄目だな」


 言って、新聞を酒屋の主人に返すメロス。

 必ず、かの邪知謀略の王を取り除かねばならぬ。

 なおその新聞は紙に墨で書かれたものではなく、板に灰墨で字を書いたものであったーーーこのあと再利用され回し読みされる。


「メロス、政治がわかるのかよ」


 石工せっこうのセリヌンティウスが言った。

 彼はまだ日が落ちていないにもかかわらず、酒に手を出していた。

 陶器に注がれたそれをぐびり、と喉に流し込む。

 そんな彼にメロスは言う。


「いや、政治をわかったとか宣言はしないーーーが、これはひどい。ひどいものはひどい。これでは、ローマは悪くなる一方だ」


 メロスには政治がわからぬ。

 しかしいつの世も政治家の不祥事というものはこれでもかこれでもかというほどに吹聴されるので、メロスも御多分に漏れず、周囲に逆らうのもだるいので、王や臣下たちの悪口を言っていた。

 メロスは邪悪に関しては、人一倍敏感であった。

 まあ敏感になって得をしたこともないのだが。

 むしろ損の方が多い。

 他人の愚痴を聞く頻度が増え、気疲れをする。


「そうかよ。それよりさ、今度お前の妹を紹介しろ、してくれ、その許可をくれ、なぁいいだろう?」


 友人の発言に、メロスは再び嘆息した。

 幼き日からの友人、セリヌンティウスの会話の程度も知れている。

 最近はことあるごとに、両親を無くしたメロスの、唯一となった家族に手を出そうと試みる始末である。

 不愉快だ。

 極めて―――そう、うざいのだ。

 うざいのである。


 それもこれも、全部国のせいだ。

 国王さえ変わればもう少しマシになるのではないか。

 そんな、八つ当たりでしかないことも考えた。






 ―――私の結婚式が来週にあるから、その時は都でふらふらしていないで、家にいるんだよ。


 ――――ああ、わかったわかった。


 ―――結婚式にはちゃんと帰ってきてね


 ややとしの開いた妹とはそんな約束をしていたメロス。

 来週ならまだ日はあるだろう、都に来てからというものの、遊ぶことを覚え始めたメロスは、今日も都をふらふらとしていた。

 村の羊のことは、律儀な牧人が引き受けてくれた。



 都の大路を歩いていると、噂話が聞こえてくる。

 普段なら特に気にしないメロスだが、売り子が号外を配っていた。


「王様は人を殺します」


 自分の妹婿を、また、自身の世継ぎを。

 さらには自身の妹を―――。

 自分に対して悪心を抱いていると決めつけ、磔にする。


 メロスは今度ばかりは、肝が冷えた。

 それまでどこか他人事、一般の民ではないおかみを表現するための挿話そうわに過ぎない。

 そう感じていた。

 しかし。


「なんということかだ。王は妹まで処するというのか」


「はい。王様は、人を信じられず、疑わしいものを次々に処刑するのです」


 都の爺がため息交じりに語るのは、そんな話だった。

 近々、村の律儀な若者と結婚する予定の妹を持つメロスにとっては、他人事とは思えぬ所業だった。


 そんなこんなで、買い物の際に大きな道に差し掛かり、路上集会で演説している王様を見つけたとき、つい大きな声でとがめてしまったのである。



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