土がくる

おにからすだち

第1話

あれは僕が中学生のころの話。


その当時、築30年くらいの古い一軒家に姉と両親それと僕の4人で住んでいた。

両親は共働きで、とくに貧乏でもなく、家族関係に問題があるわけでもなく、ごくごく普通むしろ割と恵まれているんじゃないか、という生活を送っていた。


ある日、いつものように学校へ行き、いつものように学校が終わり、ただいまーといつものように玄関をあけた。


…なにか変なことに気づく。


玄関の、靴を脱いで上がるところに、どさっと土がばらまかれていた。


意図的に置かない限りそんなところに土があるわけないので、なんだこりゃと不思議に思った。少し考えて、母が植木鉢で花を育てていたから、動かす時に土をこぼしたのかなとそれほど気にしなかった。ただ、誰か知らんがこぼしたなら片付けようぜ、と心の中で文句を言う。


おかえりーと姉の声が聞こえてくる。かあさんは?と聞くと、まだ帰ってないとのこと。父はいつも帰りが遅く、今日もまだ帰ってなかった。


リビングでテレビを見ている姉に玄関の土のことを聞こうと口を開いたが、その声が波になるより前に姉から聞いてきた。先手をとられてなんか悔しい。姉はいつもいつも僕より先を進むのだ。


「あの玄関の土、なんなん?おまえがやったんやろ、片付けときや」


…ひどくない?決めつけが過ぎるし、姉というのはどうしてこう高圧的なのだろう、たぶん弟に人権なんてないものと思っているに違いない。


「は、知らんし、ねえちゃんじゃないん?めっちゃじゃりじゃりするんやけど」 


「は、知らんわ、帰ってきたらあの状態やったし」


どうやら姉ではないようだ。当然僕でもない。


ふと違和感が鎌首をもたげてくる。今朝は僕が一番最後に家をでたはずだ。だから姉も僕を疑ったのだろう。さっきは決めつけが過ぎると思ったけど、ごめんね、ちゃんと理由があったんだね。心の中で謝る。


僕が家を出るときはなにもなかった。いつも通りの玄関だった。

…おかしい。ならばいつ、玄関に土は現れたのだろう。日中、誰かが家に入り込んで、土をばらまいたことになる。

そういえばニュースで他人の家の屋根裏に何年かばれずに住み続けて逮捕された人がいたっけ。

怖くなって姉にそのことを言うと、姉もその結論に至っていたようで、少し真剣な表情になって、家中の押し入れを探ろう、となった。セルフ家宅捜索だ。



ここで一番怖いのは開けた瞬間、不審者がそこにいたときだ。なので、当然開けるのは僕の役目になった。ちくしょう。


姉と一緒にとりあえず家中の電気をつけた後、おそるおそる、恐怖で心臓がバクバクいいながら、意を決して、ふすまを開ける。



…ここにはいない。


屋根裏につながりそうな天井も見てみる。



…なんの形跡もない普通の天井だ。


そうして家中の、人が入れそうな所を探してゆく、とうとう最後の部屋。

ああ、すごく嫌だ。ほんとに嫌だ。

出てこい、と叫んでみる。返事はない。


どうしようもないので、できる限り離れて、一気にふすまを開ける。





…なにもない。はー、よかった。

とりあえず安心だ。落ち着いた。そして姉と話し合った結果、まず親に聞いてからだな、となった。




その後帰ってきた母にも父にも聞いてみたが、知らない、とのこと。

今までの状況を説明し、みんなで考えてみたもののよくわからなかった。


結局、古い家だから、天井の隙間から土が落ちてきたか、動物、たとえば猫かネズミかイタチかが運んできたんだろう、という説で無理矢理納得した。


しかし、天井にそんな隙間はないし、家の中で動物を見かけたこともなければ、動物が運べるような土の量ではなかった。




そんなことがあったから敏感になっただけだと思うが、、、


靴を履いたときにじゃりっとした感触、中に砂がよく入っていたり、

アサリの味噌汁でじゃりっとよく砂をかんだりした。それはままあることで、気になるけど気にしないことにした。






ある日、出かけようとして玄関を開けると、目の前に、黒猫の死体が、あった。


うわっ、朝から嫌なものみたなあと思っていると、その猫が少し動いた気がした。近づいて見ると、眼球はあらぬ方向を向き、泥だらけで、やっぱり死んでいた。動いたのは無数にわいている蛆だった。


そのままにしてはおけないので、とりあえず役場に連絡すると、犬の死体なら回収するが、猫の死体は自分でどうにかしてくれと言われた。そりゃないよ、差別だ。まあ自治体によるのだろう。


仕方ないので、ゴミ袋に入れて、近くの大きい川に流すことにした。ゴミ袋に入れようと猫の体を持ち上げたとき、思いの外硬かった。これが死後硬直か。そしてわずかに生暖かいような気がした。かわいそうに。開いたままの目、体じゅうどろどろで、蛆がわき、口には土が詰まっている。…よほど苦しんだのだろうか、錯乱して土を食べたのだろうか。なぜ死んだのかわからないが、川に流すとき手を合わせた。





ある日、夜中に不快な感情とともに目を覚ました。口の中がじゃりじゃりする。不快なそれをはき出し、手で口をぬぐい、電気をつけて確認すると、土だ。

どっからきたのか、土だ。天井を確認する。何もない。動物がいたか、形跡はない。いままでのことを思い出し、その日はもう寝られなかった。寝たらまた口の中に土が入っている気がして。あの猫はなぜ死んだのだろう。そんなことばかり考えていた。





それからしばらくして、進学と親の転勤が重なり、引っ越すことになった。

引っ越した先では不可解なことは何も起きなかった。





そうして時間が経ち、僕は大学生になって、今一人暮らしをしている。

結局あれはいったい何だったのか。いまだにわからない。


そういえばなぜ、この話を思い出したのだろう。考えてみると、そうそう、最近床がじゃりじゃりするのだ。あんまり掃除できてないからなあ。

まだ猫は見てない。

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